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「ミラクル★フォーチュン」ではルナはすでに売れっ子の占い師で、最近ではメディアにちらほら顔を出しているので僕は正直妬みも感じるのだけれど、ほのぼのキャラとそれに似合わぬ鋭いメッセージはやっぱり売れるべくして売れていると思う。幼顔でルックスも良い。僕も一度ルナに占ってもらったことがあるのだが、まるであっちの世界の人がルナに乗り移ったように僕は感じて、自分の占いを客観的に見たことはないから正確には分からないが、おそらく霊感の次元が僕とは違っているだろう。
その分メッセージに力があるというか、同じことを言っても相手に伝わる量はルナが圧倒的に多い気がして、これは坂本さんともちょっと違う感じだ。でも意外と言ったら失礼だが、メッセージを受け取っているときはいつものほのぼのキャラや僕といるときのお笑いキャラは全くなく、ひたすら伝えることだけに集中していたので、何となくルナらしくない気もした。ルナならあっちの世界の師匠とかも自分のペースに巻き込んで陽気にさせてしまいそうだ。
掃除を終えたらそれで運気が上がったのか、久しぶりにお客さんが続々とやって来た。占いをしばらくやっていて気付いたのだが、僕のところにやって来るのは半分以上が同年代の男性で、女性客の多い占いではその割合はだいぶ偏っており、その日とも子さん以降にやって来たのもほとんどが年下の男性だった。
僕は嬉しくなって、まるで部活の後輩の相談に乗るみたいに占いをしていったのだけれど、日も傾きかけたころにやって来たのは、なぜか前の会社の同期で仲の良かった山川だった。僕は前の会社にいたときから占いを始めていたのだが、ごく少数の人にしかそれを知らせておらず、もちろん山川は知っていたのだけれど全然占いに興味なさそうだったから、まさかここにやって来るとは思わなかった。
「六十七番のお客様」と僕が人でいっぱいの待合室に呼びに行くと、むくっと立ち上がったでかい男にどこか見覚えがあって、薄暗い中で目を凝らしてみるとそれが山川だった。よお、と言って手を挙げたので僕も昔のノリでおお、と言ってしまうのをギリギリで堪えて、他人行儀に僕のブースへ連れて行ったのだが、たぶん山川は占いに来たことがないのでその間の僅かな時間に、「お前こんなところで働いてんのか?アスカ、リョータ、来夢、え、これ何て読むの?」などと遠慮のない声量で話し始めたから肘打ちして、「うるせー」と小声で言ってやった。
「お前な、来るなら来るって言えよ」ブースに入るなり山川に言ったが、「ミラクル★フォーチュン」に興味深々といった様子で「ここでみんな占い師に相談してんの?」と僕の話しはスルーされた。
「ああ、そうだよ」
「いっぱい部屋あったけど、あれ全部?」
「そうだよ。エレベータ―降りて占い師の人たち見ただろ?あれみんなこのフロアで占いしてんだよ」
「まじか。じゃああのルナちゃんも?この間テレビに出てたぞ」といきなりルナの話題になり、少しざわついたが平静を装って「ああ、すぐそこにいるよ」と返した。
「何、知り合いなの?」
「てか、お前何しに来たんだよ?」
「いいから教えろって」
「よく知ってるよ」
「まじ?紹介してよ」
「うるせーよ」
すると山川はたぶんテレビくらいの知識で「お前有名人と知り合いじゃねーか」と言ったから、一応「他にも有名人いっぱいいるから、覚えて帰れよ」などと知ってほしいことを色々教えているうちに山川のオーラがちょっと濁って来たので、早速「で、お前本当は何しに来たんだよ?何か気になることでもあんの?」と確信に迫ってみた。するといきなり声が下りて来て、それはほぼ確信に近かったから「今思ってることは、たぶんやらない方が良いぞ」と言ってやったら、今まで見たことない驚きと不安の混ざった顔で僕を見たのでその深刻さを理解した。
「分かるのか?」
「ああ。でも、具体的にはまだ」それで話しを聞いたら、つまるところ転職しようかどうか悩んでいる、ということだったのだけれど、山川にとってそんな深刻なことを会社を辞めた僕なんかに相談しに来てくれたのが素直に嬉しかった。
仲が良かったといっても、山川とは他の人よりも頻繁にカラオケや飲みに行ったりする程度で、話すことも別にそこまで深いことはなく、普通に男同士が話すようなくだらないことばかりだった。三十になったからあれはもう五年くらい前になるが、僕が女性ボーカルの曲を地声で歌うのにはまっているときがあって、特に好きだったスーパーフライの『マニフェスト』を誰かに聞いてもらいたくて山川をカラオケに誘った。
山川も女性ボーカルの曲を歌っていたが、逃げてファルセットなんかで歌っていたので、僕は「男は地声だ」などと言って『マニフェスト』を地声で歌ったらなぜか山川に気に入られて、別に上手いとか似てるとかいうのは全くないのだがそれからしばらくの間、僕は山川とカラオケに行くたびに『マニフェスト』を何度か歌わされ、一時間も経たないうちに喉を潰されてしまった。
「もう一回、もう一家」とせがまれて歌うのだが、歌うたびに「マニフェース、マニフェースト!」のところで山川は腹を抱えて笑うので、別に悪い気はせず僕も調子に乗って歌うので喉が長くもつはずがない。でもあの高音を叫べたときの快感と山川の笑いが癖になって、どうしても喉を潰すまで歌ってしまうから結局喉を潰すのは僕に原因があるのだろう。
その他には、会社の人たちと飲みに行くときがあって、山川は僕のことを『マニフェスト』でいじって来たり、僕とときどき会社の共有スペースに置かれた卓球台で卓球をすることがあって、そのときに何度やっても僕が山川にぎりぎりで勝てないことに対して、「こいつセンスねーんだよ」などと謂れのないことを言ってきたりする。山川との絡みはその程度だ。