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三十分という短い間にとも子さんは見事に復活したようで、「本当にありがとうございました!」と元気に帰っていった。とも子さんを送り返すときにはいつも、占いをやっていて良かったな、みたいなことを本当にしみじみ感じてしまうのだが、僕はまだ駆け出しの占い師なのでそこまでお客さんが来てくれるわけではなく、そういった気持ちでやる気が漲って来ても多くの時間は一人で悶々と過ごすことになる。
その日もとも子さんを送ったあとはぱったりとお客さんが来なくなり、仕方なく空き時間を一人で過ごすのだけれど、占いのことを考えると虚しくなるので普段は小説を読んだりしている。僕が会社員だったころ通勤専用で読む小説があり、毎日の読む時間は少ないが毎日読むので、気付いたらだいぶ読み進めたなと思うことがあったのだけれど、占いの長い空き時間に読む小説はどんどん読めてしまうから、通勤のときみたいな感覚は全くない。
それこそただ普通に家で小説を読んでいるみたいなもので、むしろそれくらいしかやることがないから空き時間の方が早く読めてしまうんじゃないだろうか。そう思うと何だか虚しくなってきたので、僕はたまには別のことをしようとして、藁のかごに入っている飴を一つ口に含むと、普段はしないところまでブースを綺麗にしてあげようと思った。
ブースには中央に赤のビロードを敷いた机があって、掃除道具はないので僕は机の外へ垂れているそのビロードを捲り、机の下をいつも持っているボディーシートで念入りに拭こうとしたのだが、元々このフロアは薄暗いし、ブースごとに設置されたライトは柔らかい光の照明なのでものを照らし出すには不適切だったので、机の下に潜るともうボディーシートの入れ物に書かれた字が見えない程に暗かった。唯一足元にはわずかに光が差し込んでいたが、赤のビロードは机の上から触るとフカフカと厚手な感じで、こうして垂れ下がってみるとほとんど光を通さないので、完全に机の下に入り込んで正座みたいに座ると、目の前はほぼ真っ暗だった。
僕の足元にこんなに暗い場所があるとは全く気付きもしなかったので驚いたが、実家では冬になるといつも炬燵が出て来て、小学生くらいのときにはよくふざけて頭からその中へ入って遊んでいたのだけれど、すぐに熱くなってくるので炬燵の電源を切ってやると、その余熱が最適でとても気持ち良かったのだがそのときの暗い感じをふと思い出した。
炬燵の真っ赤に光る発熱体がスーッと消えてその直後は何も見えなくなるのでちょっと怖かったが、すぐに炬燵机の格子状に引かれた木枠と発熱体の保護用のあみあみがうっすらと目の前に見えてホッとしたのを僕は覚えていて、机とビロードの内側で次第に目が慣れて来る感じはまさにそれだった。僕は懐かしさに浸りつつ机の裏側をじっと見ていると、うねうねしたまだら模様みたいなのが浮かび上がって来て何だか気持ち悪かった。
ブースの床は紺の薄手のカーペットだがボディーシートでもその上に張り付いた髪の毛やほこりはちゃんと拭き取れて、逆にその湿り気でカーペットに付いた黄ばみも取れるから一石二鳥な掃除道具なんじゃないかと思って掃除をしていると、徐々に集中してきて机の四本の足の下も全て持ち上げて拭き取ってしまった。
それで同じ場所にずっと足を置いておくのはカーペットが痛むと思ってその位置をずらしていると、お尻をブースの入口へ向けているのに気付かず、さらにブースの入口を仕切るカーテンが少し空いているのにも気付かなかったので、ブースの前を通りかかった占い師のルナに僕のお尻を見られた。「タケル何してるの?」「いや、ちょっと掃除を」「お尻出てたよ。ぷぷっ」「分かったからもう行けって」とルナを追い払った。
ルナは僕より一つ下だが占い師のキャリアはもっと長くて、同じ霊感を使った占いをするので僕はいつもお世話になっている。でもそんなふうにかなり親しくしているのには理由があって、ルナは僕と同じく坂本コミュニティーに所属しているのだ。それに前世を見てみるとどうやら遥か昔から一緒にいることが多いようで、まさに腐れ縁と呼ぶにふさわしいのだけれど、今世のルナとの絡みは特別強いような気がする。
これまでは知り合い程度から仲の良い友達くらいまでの関係だったのに、今世ではまさかの同業者になってしまい、しかも同じ師匠に師事することになるなんて神様は何を考えているのだろうか。でもそうは言っても、僕はルナにはまだまだ及ばないし学ぶことも沢山あるので文句は言えまい。
坂本さんはこの間、僕とルナがコミュニティーの集まりで漫才みたいなやり取りをしているのを楽しそうに見ていて、「君たち、漫才占いしたらいいよ」などと言い出したので、僕は最初それが冗談だと思ったのだが、聞いてみると僕たちは前世から占いやユーモアに興味を持って生きていたので、漫才占いは坂本さんによると、「私には見えたよ、君たちの明るい未来が」とのことだった。
それを聞いたルナは一瞬本気で考え始めたので、僕はつい「おいおいちょっと待て、今世じゃ無理だ」と霊感的にたしなめてしまったので、ひょっとしたら来世ではやらないといけないかもしれない。とすると、神様が僕とルナを近づけたのはこのためかもしれない、などと思ってしまうのは占い師の悪い癖で、何でもかんでも結び付けて考えるのはあまり好ましくないのだけれど、やっぱりミチルに聞いても脈あり、的な答えが返って来るから、たぶん次の次くらいの人生では試すことになるだろう。