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ミチルの釘はとも子さんには無視されて、というより安心が大いに勝ったのでたぶん関心に触れなかったのだろう。すると次第にいつものグイグイなとも子さんに戻っていって、いつの間にか絵本の出版に関する話しを始めていた。
「私は自然に関わるボランティア活動を色々やっているんですけど、この間、渋谷を花でいっぱいにしようっていう活動を主催したら、そこに出版社の人が来てくれてたんです。すごくないですか?出版社の人がわざわざ来てくれたんですよ。私はもう舞い上がっちゃって、活動もそっちのけになっちゃったんですけど、そのあとにカフェでお茶したとき、『絵本を出版しませんか?』ってついに声がかかったんです!」
しかし直後にガクッとなった。「でも出版するにあたって、出版費用の一部を私が負担しなければいけないんですって。しかも数百万っていうお金なんで、今の私にはちょっと払えないんです。せっかく話しをいただいたのに。はあ。だから、いっそのこと宝くじでも買って、一発当てちゃった方が良いですかね?」
といきなりキラーパスが来たので、僕がどうしようかと考えようとした瞬間にミチルからそうじゃない、と突っ込みが入って、続けざまにこれまで静かにしていたとも子さんの守護霊もおっとっとっとつまずいたみたいで、僕は思わず笑いそうになった。
「本気で言ってます?」「冗談ですよ、もちろん。でも、そのくらいなら借金してもいいかなって思うんですよね。たとえ自費出版でも、自分の作品を世に出すことってすごく価値があると思うんです。それで成功した人もいるみたいだし、影響力はきっと大きいですよ。何の実績もない人には、そういう道もありかなって」
とも子さんは一重まぶたの垂れ目をキリッと見開いて僕に迫って来たので、慎重にあっちの世界に聞いてみると悪くない答えが返って来たのだが、とも子さんの守護霊は今はそうするべきじゃない、という強い印象を残した。普段はとも子さんのやりたいようにやらせて、とも子さんの成長を長い目で見守るタイプなので僕には意外だったのだが、とも子さんにはその守護霊の言葉こそ伝えるべきだと不意に思って、
「あの、今はそうするべきではないかもしれないです。とも子さんの守護霊さんが言ってるんですけど、この苦しい時期というのは、しっかりと根を張る時期なんですね。つまり、派手な行動は控えて、地道に力を付けていくことが大事なんですよ。とも子さんは元々行動力があるし、それは素晴らしいことなんですけど、それを本当に活かすにはやっぱりグッと踏ん張る力が必要で、その力はこの苦しい時期にこそ伸びるって守護霊さんは言ってます。逆にこの時期を逃すと、その力を付けるのが難しくなるみたいですね。まあでも、自費出版するのは全然ダメってわけではないので、そこはとも子さん次第です」
と伝えると、とも子さんはしばらく考えたあと、何だか吹っ切れた感じで、「分かりました、そこまで言うなら」とまるで守護霊に向けるように言った。
僕の守護霊はどっしり構えた貫禄のあるおじいちゃんで、とも子さんの守護霊とは別のタイプだがちゃんと見守っていてくれる。なので僕は失敗を恐れずにどんどんチャレンジできるし、ピンチのときには僕を守ってくれて、この前などは「もし頭を下げなければならなくなっても、おれが一緒に頭を下げてやるから、思いっきりやってこい」と言ってくれたので本当に心強かった。
でも守護霊がそんなふうに頼もしくなくても、守護霊が近くにいてくれる、と思えるだけで人は腹の底から力が湧いてくるような気がする。家族とか恋人とか友人とか神様がその代わりになるとは思うのだが、僕は守護霊の安定感や親身な感じもすごく良いと思うし、実際に守護霊に守られている人は沢山いるのだ。とも子さんがなぜその判断を下したのか僕には分からないが、たぶん守護霊の言ったメリットデメリットだけではなく、守護霊の存在自体がその判断を後押ししたんじゃないかと思う。
とも子さんはある程度のところまで好転すると、そこからは自力で立ち上がっていける人なので、そのあとは何を話してもとも子さんのオーラは力強さを増していき、占いも終盤に差し掛かったころには来たときとはまるで別人のようになっていた。
いくらミチルから気を引き締めるようなことを言われても、それをすぐに前向きに捉え直して活力に変えていくので、その様子を見ているとどうしてあんなに負のオーラを溜め込んでしまったのか想像もできないのだが、きっと何かを始めるというのはそういうことなのだろう。
僕も占いを始めたころは寄って来るお客さんが変な人ばかりで、よく酷いことを言われたり、いちゃもんを付けられて金返せ!って言われたりしていて、そのときにはミチルや守護霊が助けになってくれたので、もし彼らがいなかったらと思うと未だに背筋のひんやりする感じがする。僕がとも子さんに対して力が入ってしまうのは、オーラの変動が大きくて占いのしがいがあるというだけでなく、そういったところからも来ているに違いない。