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「ミラクル★フォーチュン」は大通りに面してはいるがやや見つけにくい雑居ビルの五階に入っていて、その名前に見合うような派手な占い師紹介用のポスターがビルの入口にドカッと置かれているので、よく分からないが何か派手なものがあると通行人は遠くからでも思うだろうなと思って僕はいつもビルに入る。
逆にそれが良い目印になって通行人がどんどん引き寄せられ、全然占いに興味のなかった人でもその一部は占いに来てくれるんじゃないか、などとは一度も思ったことはないのだけれど、その派手なポスターでも自分の顔がそこに載っているというのはやはり嬉しいものだ。占い屋に自分のブースを持つことが当面の目標だったし、こうして諸先輩方と肩を並べて占いができるようになったのだから嬉しくないはずはない。
僕は初めてそのポスターに自分の顔が載っているのを見たとき、恥ずかしかったが勢いでつい母に僕のところを写真で撮って送ってしまい、「! すごいね(*^^*)」との返事を受け取って余計恥ずかしくなったのだけれど、最近では自分の顔を目にすると何だか不安が込み上げて来るようになった。でも僕はビルの入口を通過しながら、未だにこれを見て浮かれているよりはマシだなと思ってちょっとだけ前向きな気持ちになれたので、派手なポスターでも役に立つ時はあるみたいだ。
「ミラクル★フォーチュン」の中はどうなっているかというと、エレベーターを降りてすぐ目の前の壁にはポスターの拡大版が横二列になって並んでいて、心なしどころか明らかにポスターより派手に、しかもそれぞれの顔が額に入れられ、さらにはライトアップまでされて舞台さながらに煌々と輝いている。
まあこういった演出は運気を呼び寄せる法則に従って行われているので、僕たちもそれを理解したうえで受け止めないといけないのだが、その紹介スペースを左へ抜けると、すぐ右手には紹介用の額がかかっている壁の裏側へ広がるように待合室が設けられている。
黒のソファーがその壁と対面の壁際に設置された待合室は、紹介スペースと打って変わって落ち着いた、というか落ち着き過ぎた場所で、照明も暗いので中央のガラステーブルに置かれた雑誌はよく見えないんじゃないかといつも思ってしまう。
その分占いの前というデリケートな時間を、周囲に邪魔されずに過ごすことができるので僕は割と気に入っているのだけれど、待合室に入って一番に目に付く、奥の壁側に置かれた大型テレビがいつも映画のワンシーンを無声で繰り返し流していて、それがたまに実写版『美女と野獣』の派手なミュージカル部分などであったりして多少目がチカチカするので、部屋の趣向はあまりブレないようにした方が良いような気はする。
エレベーターを降りて待合室に入ると、僕は大型テレビの対面にある受付に「タケル入りまーす」と言って自分のブースへ向かったのだが、そのとき視線の片隅で待合室のソファーに座っているとも子さんを捉えた気がした。というよりとも子さんが来ていることをその時点で確信し、また来たかと残念なような嬉しいような気持ちでブースに入った。
とも子さんは僕がここで占いをするようになってから最初に僕のリピーターになってくれた人で、それはそれでもちろん有り難いことなんだけれど、とも子さんは簡単に言うとすごく極端な性格なので、大抵ここに来るときは僕が受け止めきれるか分からない程の負のオーラをまとっているのだ。ところが僕と相性が良いからなのか、占いが終わって帰るころにはもう清々しいほどのきりっとした感じになっているので、つまり一番占いのしがいがある人だ。
とも子さんを待たせないように、僕はやや急いで占いの準備を始めた。といってもブースの中にはほとんど物は置かれておらず、準備といえば紙やペンを用意したり、汚いところを軽く掃除したり、藁でできた小さなかごに飴を補充する程度なのですぐ終わるのだが、唯一やる自分の状態のための準備に少し時間がかかるときがある。
それはあっちの世界の声がちゃんと聞き取れるかのチェックで、心の中で占い始めます、とミチルに向かって呟くのだが、自分の状態がイマイチだとミチルの返事が上手く聞き取れないのだ。ここでの準備が一日の占い具合を決めたりもするので手を抜かずにやらないといけないのだけれど、その日はすんなり聞き取れたので良かった。最近はこの準備時間が減っていて、たぶん宮ノ浦公園でのトレーニングが効いている気がする。
受け付けから連絡をもらうと、僕は待合室までお客さんを迎えに行った。待合室に入った瞬間、とも子さんを視認するより前に負のオーラがどすっとみぞおち辺りにのしかかって、見ると待合室にはとも子さんしかいなかったが、一応確認のために予約番号を述べるとやっぱり僕の相手はとも子さんだった。
「こんにちは」の挨拶に立ち上がっていきなり「あの、何度もすみません」と謝罪を述べたとも子さんは、普段は仕事のできそうなキャリアウーマンに見えるのだが、ここに来るときはありったけの不安をかき集めて、それを余すことなく全身で表現したような感じになっている。
人前では自分の弱いところは全然見せないので、もうとも子さんの「負」が内側に溜まりに溜まって、自分ではどうしようもなくなって初めてここにやって来るのだろうが、こちらとしても相当の覚悟を持って挑まないといけない。
それだけ僕のことを信頼してくれているということでもあるし、第一そんなに溜めこんだものを吐き出せる相手というのはなかなかいないので、とも子さんには全力で応えないといけないのだ。もちろん他の人に対しても全力でやるのだけれど、とも子さんに対しては倍くらいお金をもらってもいいんじゃないかとたまに思ってしまって、ミチルの声が遠退くときがあるから注意が必要だ。