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別に宮ノ浦公園が物足りないわけでは全くないのだが、その日は午後からとも子さんがガイドをする井の頭恩賜公園の自然観察会に参加することになっていた。以前からとも子さんが占いに来るたびに会の誘いがあって、いつもはとりあえず「機会があれば行きます」とお茶を濁していたのだが、前回の誘いではたまたま次の開催日と僕の休みが一致して、特に断る理由もなかったので参加することにした。それに宮ノ浦公園で長い時間を過ごしてきたので、他の公園でもという好奇心があったのかもしれない。行ったことがなくて有名な井の頭恩賜公園だったのもそれに影響していたような気がする。
ただとも子さんがそのあと、「ぜひお友達もご一緒に」としつこく言ってきたのには驚いたが、僕はせっかくだからと思い直し、色々あれこれ考えるうちにルナと山川に行き着いた。でもなぜ二人一緒にかと言うと、山川は僕のところへ来てから占いにはまったのか知らないが、とにかくそのあと割とすぐにルナのところへも行って、あろうことか僕と前の会社で同期だったことも言ってしまったのだ。
それで話しが盛り上がったみたいで、そのときに何を話したかなんて聞きたくもないから聞いてないけれど、いずれにしろルナと山川はもう知り合いみたいなもので、あまり占い師の密度を増やしてもしょうがないから二人一緒に誘うことにした。それで誘ってみたらなんと二人とも参加するそうで、妙な思い付きは意外と実現してしまうものなんだろう。
でもいざ準備をして家を出てみると、もし散策ツアーで知り合いがとも子さんしかいなければ心細かっただろうなと薄々感じている自分に気付いて、正直二人が駄目なら一人で参加するつもりだったので、やっぱり二人が参加できたのは僕にとってもすごくありがたかったなと思う。
特にルナは仕事で忙しいだろうに、僕が誘ったらわざわざスケジュールを調整して時間を作ってくれて、まあ山川も参加してくれたのはありがたいがたぶんルナが来なければ参加しなかった雰囲気もあるので何とも言えないが、とにかくルナが参加して、山川も参加してくれてよかった。これが妙な思い付きの真の賜物に違いない。
その日は風が強くて寒かったが、たまにピタッと空気が動かなくなるときには日差しが熱いくらいの冬晴れで、またちょうどお昼を回って外出するには良い時間だったので、吉祥寺駅前から井の頭恩賜公園の七井橋へ続く七井橋通りはすでに人で溢れていた。そのうちの大半は公園へ向かう人だから公園への大きな流れができていて、最初僕は吉祥寺駅の公園口を出ても公園への行き方がすぐに分からなかったが、その流れの始点に気付き、多少不安でも一緒に進んで行ったら前方に公園らしいものが見えて来たのでようやく安心した。
確かに道なりはとも子さんの言った通り公園口を出てほぼ真っ直ぐで、直接的に遮るものは丸井の前の信号ぐらいだった。しかし七井橋通りにはつい足を止めたくなるようなお店ばかりが並んでいて、それはたぶん吉祥寺が住みたい街ランキングで一位の常連であることと無関係ではないだろうと思いつつ僕は何度となくお店、特に雑貨店に心惹かれたのだけれど、集合時間が近かったので泣く泣く公園へ向かった。
七井橋通りは方位で言えばだいたい南北方向に伸びているので、午後の日差しは公園から七井橋通りの方へ真っ直ぐ差し込んで来る。そのためか公園が近づいて来ると、逆光の具合で公園の高い木々がぼーっとして見えるとともに、木々の向こう側にある井の頭池の反射した日差しがその逆光を突き抜け、木々の隙間からキラキラ輝いて見えた。そのとき僕は自然にスマートフォンをポケットから取り出していて、逆光を程よく避けるようにカメラで写真を撮ってみると、その反射と逆光の具合が写真にも何となく現れて、キラキラとぼーっとが良い感じだった。最新のテクノロジーの為せる業なのだろうか。
僕は手で日差しを遮って池の水面を見つつ階段を下りていたのですぐに気付かなかったが、階段の下でみんなを待っていたとも子さんが先に僕を見つけてくれた。「タケルさーん!」そう言って駆け寄って来たとも子さんは、鮮やかに紅葉したイロハモミジのような赤のダウンジャケットに紺のジーンズを合わせており、冬枯れの公園ではまるでとも子さんが紅葉しているみたいだった。それにオーラも表情も活き活きしていて、「ミラクル★フォーチュン」に来るとも子さんとは全くの別人だったが、これが本来の姿であり、僕はそれを見て何だか嬉しくなった。
「あ、どうも」
「今日はありがとうございます、来ていただいて。ちょっと風が強くなっちゃいましたけど、良い天気になってよかったです。さ、こっちに来てください。みんな集まってますから」
集合場所にはすでに二十人程が集まっていて、僕はほとんどこういう会に参加しないので不慣れだったが、集まった参加者の多くは常連さんのようで恰好がまさに自然観察の恰好だった。それに双眼鏡を首から下げている人も沢山いて準備万端で、僕は誘われるままにふらっと来ただけだから普段着の黒地のコートとカジュアルなチノパンで来てしまって、たぶん傍から見たら僕だけ浮いてるんじゃないかと思う。
双眼鏡も当然持ってないが、みんなの双眼鏡を見ていたら僕もそれで覗いて自然を見たくなってきて、とも子さんに何気なく「みなさん双眼鏡持ってるんですね」と言ってみたら、「借りれますよ」との返事に僕はつい「え、本当ですか?」と興奮してしまった。それによく考えたら双眼鏡は随分長いこと触った記憶がないし、覗くとなると一体いつぶりになるのだろうか。自然を近くで見れるのはもちろんだが、僕は双眼鏡を覗くこと自体にも興奮しているのかもしれない。




