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そのことに気付くきっかけは実はアパートに引っ越して来たまさにその日にあって、僕は部屋の中で業者が荷物を運び込んで来るのをじっと見ていたのだが、見るよりも先に彼らが階段をドスドス上がって来る音と振動でそれに気付いてしまった。特に振動がひどくて、二人の大男が部屋で忙しないのもものともせずに僕の身体に迫って来たのだ。
でもさすがにそれは引っ越し業者だからで、普通の人の振動ならそんなに揺れないだろうと思っていたのだが、引っ越してきて最初の休日の朝にロフトで寝ていると、徐々にアパートが左右に揺れ出したので地震かなと思ったら、その揺れと連動して足音が聞こえ始めた直後に心臓へダメージを与える程の激しい呼び鈴が鳴り響いた。それはつまり、アマゾンの配達員が僕の荷物を届けに来ただけだった。
呼び鈴の破壊的な音量も驚きだが、普通の人が共通廊下を歩くだけでアパートが揺れるのも驚くべきことだ。そのあとでよく意識を外へ向けてみると、慣れた二階の住人でも歩くだけでアパートを小さく左右に揺らしていた。睡眠中や起きているときは気付かないだろうが、布団で眠りを待っているときにはたぶん気付く揺れ方だ。ロフトにいればもっと気付きやすいだろう。
だから僕は夜遅くに帰って来ると、慎重に慎重を重ねて階段や共通廊下を進むのだけれど、アパートを揺らさずに歩くのは本当に難しい。ちょっとでも速度を上げようとすれば途端に踏み出した足がフッと床に沈み込み、アパートからミシミシと音が聞こえてしまうのだ。
でもそのまま強引に進むとスキップみたいに身体が上下運動するのでちょっと楽しい気も一瞬するのだが、すぐに我に返って恐ろしいことに気付くだろう。なぜなら共通廊下には内側から外側へ向けていくつかヒビが走っていて、歩くたびにアパートが揺れるだけでなく、共通廊下自体も独立して揺れてしまうからだ。
なので僕はたまに共通廊下を歩くとき、おそらく視覚的な効果も相まってだと思うのだが、映画みたい?に共通廊下だけがメキメキガッシャーンと崩れ落ちるのを想像してしまう。実際落ちても二階だから死にはしないが。それで僕は、あのスキップみたいな浮遊感は、たぶんアパート全体から来る振動と共通廊下が独立に揺れる振動が組み合わさって生まれたんじゃないか、などと思いながら静かに部屋に入った。
耐震工事でもしてくれればよかったのに、最近アパートは見た目を気にして外壁をペンキで塗り直したので、築三十年とは全く思えない外観なのだけれど、実は僕の部屋は塗り直し後の外観と同じくらい内観が綺麗だ。僕が入居する前にちょうどリフォームがあったようで、床はピカピカのフローリングだし、壁なんて黄ばんでないのはもちろんのこと、壁の一面は、モダンな種々の木目柄の模様がそれぞれ長方形に切り取られ、それらが縦に敷き詰められたようなデザインになっていて、それが天井部分までずーっと続いている。
天井には共通廊下と平行な三本の梁がむき出しになっているのが見えて、壁の縦模様のデザインが一番手前の梁の直前まで来ているのだが、なんと縦模様のデザインが横になったものが一番手前と二番目の梁の間にも施されている。天井は中央が高くなっているので、縦模様のデザインの壁から二番目の梁までは斜めに天井が伸びていて、僕の机の位置から壁沿いに天井を見上げると、縦だった模様が梁を挟んで横になり、それが斜め上に伸びてまた梁にぶつかる景色が見えて、なかなか爽快だと思う。
僕の部屋が二階の角にあるからだと思うのだが、天井はそれだけじゃなくもっと歪な感じになっている。三番目の梁は縦のデザインの壁とは反対側にある、玄関側の壁から斜め上に伸びる天井の途中でむき出しになっていて、天井の斜めっている角度はどちらの壁からでもほぼ同じだと思うのだが、始点の位置が玄関側の壁の方が一メートルくらい上にあるので、天井の中央ではその一メートル分だけズレてしまっている。じゃあそのズレた部分はどうなっているのかというと、そこはなんと換気用の窓になっていて、何を隠そう僕がいつも寝ているロフトから目と鼻の先にある場所なのだ。
ロフトは玄関側の壁から突き出ているので、玄関を入るとすぐ頭上がロフトの底になっている。部屋の中央まで進むとロフトへ上る梯子がロフトの端の梁に掛かっていて、今は僕の机が置いてある側、つまり北側に設置されているのだが、端の梁の南側にははっきりと梯子の固定台の取り付け跡が残っているのが見えるので、たぶん梯子はこれまでずーっと南側に掛かっていたのだろう。
畳ほどの変化ではないが取り付け跡は周りよりやや薄くなった茶色で、固定台との接続部分が真ん丸だからそこだけスポットライトが二つ当たったみたいになっている。もしくは太陽と月のように見えなくもない。一つの丸は取り付け用のネジを外すときに横に引っ掻いてしまったようで、僕の机からだと真ん丸に梁の内側のさらに色の薄い部分が重なって見るので、ちょうど雲のかかった月みたいだ。
それにロフトからの落下を防止する木の柵が梯子の固定台と同じように梁に固定されていて、向きは逆だが梁の北側から南側へ移動したので、前の固定場所のところが同じように薄茶色だ。部屋の内装は綺麗でもそのロフトの端の梁を見れば築三十年の歴史がよく滲み出ていて、かつての住人たちは南側から梯子を上り、その南側にできた柵の空きスペースを通ってロフトに上がったのが容易に想像できた。ただ内装が綺麗なので当時の雰囲気が全然ないのが残念だ。




