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君と僕がいた夏  作者: 掃晴娘。
トモダチ
9/37

トモダチ①

 翌朝、いつもの時間に教室に入ると、彼女はすでに席についていた。

 昨日、彼女は僕がバイトに入った後、マスターから簡単な業務内容やレジの打ち方等教わり、一時間もしないうちに先に帰った。なので、文句を言う暇がなかった。早朝なら他のクラスメイトに見られることなく話しが出来ると思い、いつもより少し早めに家を出た。

「あら、今日も早いのね。おはよう」

「おはようじゃないよ。昨日の話、どういうつもり?」

「なんのこと?」

「僕と君が友達って話」

 ああ、そのことね、と彼女は言った。

「瀬名さんと友達になった覚えはないんだけど」

「転校してきて君の後ろに座った時から友達よ」

「どんな基準なの、それ」

「私言ったじゃない。よろしくね藤川君、って。それで君も、こちらこそ、って言ったわ。それで、もう友達よ」

 それに、と彼女が言った。

「私、友達にしかイタズラ仕掛けないの」

 これでお分かり? とため息をつかれた。

「そもそも友達って、両者合意の上でなるものじゃないの?」

「君は合意してないの?」

 彼女が首をかしげる。

「当然だよ。どうして転校二日目に蛙のおもちゃを仕掛けるような人と、友達になりたいと思うんだよ」

「あら。でも村中さんとはイタズラがきっかけで友達になれたのよ」

 僕の隣に座っている子は、どうやら村中さんというらしい。

「そもそも、どうして君は友達を作ろうとしないの?」

 すごく壁を作っているように見えるわ、と彼女が言った。

「大した理由なんてないよ。ただ」

「ただ?」

「僕の日常を壊してほしくないだけなんだ」

「どういうこと?」

「友達って、会話したり、遊んだり、時には喧嘩だってするでしょ? それが煩わしいんだ。僕は、代り映えのない穏やかで静かな日常を過ごしたいだけなんだよ」

 だから、これまで友達を作ろうとしなかったし、恐らくこれからも作ろうとはしないだろう。その時々で何かしらの弊害はあるだろうが、何とかやり過ごしてきた。友達が出来れば、それなりに楽しいかもしれない。モノクロの日常が変わるかもしれない。けれど、生きることに遠慮がちで執着のない僕は、今さら頑張って世界を変えようとは思わなかった。

「それって」

 彼女が口を開く。

「とても、寂しいことだと思うわ」

「寂しい?」

「そうよ。君は何だか、すすんで孤独を選んでいるような気がするわ」

「別に孤独だと感じたことはないよ」

「一人が長いとね、そういう感覚が麻痺してくるのよ。寂しさに気付かないふりをして、そうこうしているうちに、声をあげることも出来なくなって、引き返せなくなってしまう」

 私もそういう経験あるの、と彼女が言った。

 意外だった。彼女の回りには常に誰かがいて楽しそうに話しをしていたから、孤独とは無縁だと思っていた。過去に何かあったのだろう。訊きたい気持ちを抑え、それで? と続きを促した。

「引き返せなくなったら、本当の孤独になるわ。代り映えのない日常が延々と続いてしまう」

「僕は別にそれでもいいんだけど」

 そう言うと、彼女は諭すように言った。

「駄目よ。人は誰かと繋がって初めて産声をあげるの」

「じゃあ、僕はまだ生まれていないわけだ」

「そうよ、だからこうして私が産婆さんになってるんじゃない」

 だからね、と彼女が言った。

「君には早く生まれてもらわないと、私が可哀そうだわ」

「どうして?」

「一方通行の友情なんて、可愛そう以外の何者でもないじゃない」

 確かに、彼女の頭上で、青い矢印が僕の方を向いていた。

「君の日常は壊さないよう善処するわ」

 改めて、と彼女は言った。

「私と友達になってください」

 差し出された手を見ながら、僕は言った。

「僕なんかと友達になったところで、面白くも何ともないと思うけど、それでもいいの?」

 彼女は言った。

「それは私が決めるわ」

 大丈夫よ、と泣いた子供をあやすような優しい笑みを浮かべ言った。

 その笑みを見ると、何となく差し出された手を取ってもいい気がした。根拠も何もなかったけど、直感的に大丈夫な気がした。今まで人と関わることを拒み、関心を持たなかった僕が彼女を楽しいと思わせることが出来るだろうか。いや、それは彼女が決めると言った。では、委ねてみてもいいかもしれない。そう思うと、白く小さな手を、そっと握った。

「こちらこそ、よろしく」

「ええ」

 ずいぶんと遠回りしたわね、と彼女は笑った。

 僕の青い矢印が彼女に向いた瞬間だった。


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