喫茶ピノキオ③
「ここがピノキオなのね。いいわね、写真で見るよりおしゃれ」
彼女は社会科見学にでも来た小学生のようにはしゃぎ、嬉々としていた。
「お客さんもいるんだから、店内では静かにしてね」
もちろんよ、と彼女が胸を張る。
カランカランというベルの音と共に、彼女を連れ店内に入る。
店内には二人しか客はおらず、マスターは新聞を読み、穏やかに過ごしていた。
「やあ、お疲れ様」
店長は挨拶をすると、おや? といった感じで僕の背後に視線をやった。
「そちらの子は? お客さんかな? それとも彼女?」
ニヤリと笑われた。
「違いますよ。昨日話していたバイトの件なんですけど、やりたいって人がいたので、急ですが連れてきました」
そう訂正すると、マスターは慌てたように新聞を乱暴に畳み、カウンターから出てきた。
「おお、そうか! 来てくれて嬉しいよ。藤川君も紹介してくれてありがとう」
マスターが彼女に握手を求め、彼女も笑顔で手を取った。
「初めまして、瀬名葵と言います。今日は藤川君の紹介で来ました。事前の連絡もなく、すっみません」
昼休みの理不尽な誘導尋問や強引さはどこへやら、彼女は礼儀正しく、愛想がよかった。
「いや、バイトの件もだけど、よかったよ。藤川君にこんな可愛い友達がいたなんて」
隅に置けないな、とマスターに腕を小突かれた。
友達ではないと言おうと口を開くと、それよりも一瞬早く彼女が言った。
「はい、私と藤川君は友達なんです」
思わず耳を疑い、彼女を見る。
「そうなの?」
「そうよ」
「いつから?」
「転校してきた時からよ」
「そうなの?」
「君しつこいわね」
ちぐはぐなやり取りにマスターは小首をかしげるも、気にしなかったようで、笑顔で言った。
「じゃあ面接を、といきたいところだけど……」
少し思案した後、言った。
「まあ、藤川君の紹介なら大丈夫でしょう」
採用! と親指を立てた。
「マスター! ちょっと待ってくださいよ。どんな子かも分からないのに採用はないでしょう」
「でも藤川君の友達なんだろう? じゃあ問題ないよ」
「どうしてですか」
「しっかり者の藤川君の紹介なら、きっと葵ちゃんもしっかり者だと思ってね。あと、こんなに可愛い子がウェイトレスをしてくれるなら、うちの店も繁盛すること間違いない」
「ありがとうございます。私しっかりお仕事します」
「そうか。じゃ早速だけど、週何日入れるかな?」
「最初は不安なので、藤川君と同じ日に入ってもいいですか?」
「そうだね、仕事は実際やりながら覚えるのがいいね。オーケー。じゃ、最初は週三日から始めてもらおうかな」
「よろしくお願いします!」
戸惑う僕を置き去りにして、あれよあれよという間に話は進み、彼女の採用だけでなく勤務日までもが決まってしまった。
「藤川君」
彼女が言った。
「これからよろしくね」
僕は適当に相槌を打ち、失意の中でロッカールームへ入った。