君との出会い②
僕の予想通り、休み時間になると彼女の席には男女問わずクラスメイトが押し寄せ、質問攻めにしていた。彼女がその対応に追われる中、僕は頬杖をつき外の景色を眺めていた。最初は物珍しさからみんな集まるだけで、少ししたら飽きて、またこれまで通りの日常に戻っていくだろう。そう思い、窓から臨む山々を見ていた。
生ぬるい風は、少しプールの匂いがした。
この時はまだ、彼女の本質について知る由もなかった。
当たり前だ。
この頃の僕は人に興味がなかったし、必要以上に関わりを持とうとしなかったんだから。それが、あれよあれよと言うままに彼女に振り回され、僕の日常が崩れていくとは夢にも思わなかった。モノクロの日常は壊され、彩られた日々に変わっていく様は、どこか歯がゆくてくすぐったかったが、不思議と嫌ではなかった。
彼女のイタズラにも、僕は振り回された。
彼女はイタズラをこよなく愛し、そして僕らはそんな彼女を好きになった。
中にはされたくてうずうずしている奴もいる。そんな奴は将来ましな大人になれないだろう。そして彼女も、イタズラしてください。さぁ、どうぞ! と、待ち構えている奴には決して手を出さなかった。僕が、両者同意の上だからいいじゃないか、と聞くと、彼女は、ありえない! と大袈裟にため息をついて見せた。
「相手を驚かせたくてやっているの、私。それがないなんて、まるでハズレのない宝くじみたいなものよ」
スリルがないわ、と言った。
買えば必ず当たる宝くじも中々捨てがたいと思う僕は、彼女に言わせてみればゆとり教育の産物らしい。
スリルがないわ。
そう言われた気がする。
こうして僕らはクラスメイトとして出会い、クラスメイトとして一年間を過ごした。
彼女は不思議と人を惹きつける何かを持っており、彼女のことを嫌いという人は見たことがなかった。カフェの常連の賢二さんや明日香さんもそうだ。店に入るなり、葵ちゃんいる?
と、居酒屋にでも来たかのような第一声を放つ。みんな彼女に会いたくてコーヒー一杯で二時間粘るのだ。いつだったか、彼女のイタズラがひどい、と賢二さんに相談をしたとき、こう言われたことがあった。
それは、僕の三色ボールペンのインクがすべて赤に変えられていた時の話。筆箱の中には、きれいな字で、教科書に重要じゃない記載などない。さあ、忘れないように赤くマークを引きたまえ! と書かれた手紙が入っていた。僕にだってたまには青く線を引きたい日だってあるのに、と思いながらも、悔しかったので三本すべて使い切ってやると決意し、それ以降僕の教科書には赤い線がたくさん走ることになった。
「いいわね、青春、恋よ、甘酸っぱいわ」
「青春でもないし、甘酸っぱくもありません。ましてや恋だなんて」
「でも、そういうイタズラをされて嫌じゃなんでしょう?」
「嫌ではないですけど……。でも困りますよ、実際されてみると」
うまく反論できずに口ごもると、賢二さんは頬に手をあてニヤニヤしながら言った。
「嫌じゃないって時点で、葵ちゃんのイタズラに君が恋しているように思えるんだけどね。いいじゃない。好きな人と過ごす甘酸っぱい青春」
僕が反論する前に、賢二さんは僕の口に人差し指をあて、言った。
「好きな人と同じ時間軸で思いを共有する。そんな幸せなこと、当たり前と思っちゃ駄目よ。私は好きな人と手を握ることだけじゃなく、同じ思いを共有することさえもできないんだから」
と、冷め切ったコーヒーを口にしながら、たばこの煙と一緒にぼそりと吐き出した。
僕は自覚していなかったけど、どうやら気付かないうちに彼女に恋をしていたようだった。それに気付き、あたふたするのはもう少し後になってからだったのだけれど。
賢二さん曰く、彼女のイタズラに恋をしている僕も、将来はましな大人になれないだろう。