とあるラーメン屋のバイトの話
「ええと……ああ、ここだここだ」
昼時にも訪れた入り組んだ住宅街。
数時間ほど前にも辿った道を記憶を頼りに進んでいくと、古びたアパートが見えてくる。
年季の入ってそうな建物だ、窓にビニールを貼っているところを見ると冬場は特に冷え込むんだろう。
今にも抜けそうな階段を使って二階に上がる。
一段一段踏み締める度に「ギイィ」と鳴るのが、なんとも恐怖心を刺激する。
「ふう……」
二階の突き当たり、一番奥の玄関前には白いビニール袋が置かれている。
僕はこれを取りに来たんだ。
足早に近付いてビニール袋を拾い上げると、中身を確認する。
ラーメンのどんぶりが三つ、綺麗に洗われて中に重ねて入っていた。
僕は近くにあるラーメン屋で働いている。
ここに来たのは、昼に注文があった出前のどんぶりの回収だ。
僕が働いているラーメン屋は結構な人気店で、毎日色々なところから出前の注文が入る。常連もいれば、噂を聞きつけて注文をしてくる人もとても多い。
今日訪れたここは、新規のお客さんだった。気に入ってくれれば、また注文の電話が鳴ることもあるだろう。
でも、このアパートはなんだかちょっと不気味で怖いな。できればもうあまり来たいとは思わなかった。
「……ん?」
どんぶりの確認をしていると、一番下になっているどんぶりの中に何かが入っていた。
何だろうと出してみて、僕の目は思わず丸くなる。
『とてもおいしかったです、ありがとうございます』
それは何の変哲もないただのメモ用紙だったけど、そこに書かれていた簡素なメッセージに僕は恥ずかしくなった。
不恰好なひらがなで綴られたメッセージは、きっと小さい子供が書いたものなんだろう。
ああ、前言撤回だ。
僕はまたこのアパートに――いや、このアパートのこの部屋の人にまたラーメンの出前を届けに来たい。