その4
※こちらは天界音楽様主催の『二人だけの閉じた世界』企画参加作品となります。
全部でその4まであります。今回が最終話となります。
「へぇ、亜里沙ってけっこう難しい本も読むんだな」
永遠に続くかのような愛の語りは、唐突に終わりを告げました。知らない男の人の声に、しおり君も文子も完全に固まってしまったのです。
「あ、それは……」
亜里沙の声を、二人は完全に忘れていました。しかし、それもそのはずです。二人はあずかり知らないことでしたが、もう何年も時が経っていたのです。そしてこれも二人はまったく知らないことでしたが、男の人は亜里沙の何人目かの彼氏で、亜里沙はすでに大学生になっていました。彼氏と同棲することになり、今日は部屋を片付けに来たのです。そして押し入れにほうりこまれていた、しおり君と文子を発見したというわけです。
「『夢食いの怪物』か、これ映画にもなってたろ。演じてた女優がかわいくってさ、おれも見に行ったけど、泣けるしかわいいしですげぇいい映画だったよ」
彼氏の言葉を聞いて、亜里沙がムッとしかめっつらをしました。文子が思わず『ヒッ』と声をあげます。亜里沙のひとみに、ページを破り捨てたときの、あの冷たく燃えたぎる炎が宿っていたのです。
「なにがかわいい女優よ。わたしとその子、どっちがかわいいの?」
「おいおい、そんなすねるなよ。亜里沙のほうがかわいいに決まってるだろ。だけど別にいいじゃねぇか、こんなのは浮気のうちに入らないだろ?」
「ブランド物のバッグで許してあげるわ」
「めちゃくちゃだな、おい」
あきれたように肩をすくめて、彼氏はパラパラと文子をめくっていきます。しかしそれを亜里沙が無理矢理奪い取ったのです。
「うわっ、なんだよ、せっかく読んでたのに」
「読んでないじゃんか、ただパラパラやってただけでしょ。それより返してよ、それ、廃品回収に出すんだから」
「えっ、もったいねぇなあ。ちょっとホコリかぶってるけど、ネットで売りに出すなりすればいいだろ。けっこう高く売れるんじゃねぇのか?」
「売れないわよ。だって破れてるもん、その本」
そっけない亜里沙の言葉に、文子のすすり泣きが聞こえてきました。しおり君の銅のからだが、焦げんばかりの怒りに熱を帯びていきました。
「なんで破れてるんだよ?」
「別にいいでしょ、そんなの。ストーリーが気に入らなかっただけよ」
「そうかぁ? けっこうおもしろかったけどな、おれは」
「映画だからそういえるのよ。活字で読むとちんぷんかんぷんだったもん。とにかくこれ、廃品回収に出すから。……あ」
頭に結びつけられていたひもが引っぱられるのを感じて、しおり君は思わず『文子ちゃん!』と叫んでいましたが、そんな叫びはもちろん亜里沙たちに聞こえるはずもありませんでした。何年振りかに見る亜里沙の顔を、しおり君も真正面からにらみかえしました。
「へぇ、ずいぶん凝った栞だな。金属の栞なんて初めて見たぜ。なぁ、本は廃品回収に出してもいいけど、この栞はおれがもらってもいいだろ?」
『やめろ、ぼくにさわるな! クソッ、放せ、文子ちゃんのところに戻せよ!』
ありったけの力をこめてどなるしおり君でしたが、もちろんそれも亜里沙たちには届きませんでした。ひもを指でクルクルまわされて、しおり君は目がまわります。
「別にいいわよ。どうせ捨てるつもりだったんだし、好きにして。その代わりホントにバッグ買ってもらうからね」
「はいはい、わかってるよ」
生返事をする彼氏を見て、しおり君は必死になって文子のことを呼びました。
『文子ちゃん! 文子ちゃん! いやだよ、離れたくないよ! こんなお別れ、絶対にいやだ! ぼくは文子ちゃんといっしょじゃなきゃいやなんだ! ねぇ、放してよ、放せ、放せぇっ!』
『しおり君、ダメ! 暴れないで、そのままでいて!』
文子の言葉に、しおり君は耳を疑いました。
『なんだって? どうしてだよ、文子ちゃんは、ぼくといっしょだといやだっていうの?』
『違うわ、わたしだっていっしょにいたい! でも、わたしといっしょにいると、廃品回収に出されて、二人とも死んじゃうもの! ……でも、しおり君は、その男の人と行けば、死ななくてすむわ。それに、わたし以外の、他の本をいっぱい読むことができるもの。しおり君、いつかいってたじゃない。いろんなお話を読んでみたいって。その夢がかなうんだもん、だからわたし、悲しくなんてないわ……』
最後は消えてしまうほどに小さな声で、文子は言葉を結びました。しおり君の目に、無数のお話が飛びこんできました。このままこの男の人といっしょに行けば、きっとたくさんの本を読むことができるでしょう。それに死なずにすむのです。さらには文子も、きっと罪悪感を感じなくてすむでしょう。そう、文子のいう通り、このままならいくらでも未来が開かれているのです。しおり君に、男の人の指がふれました。そして――
「アチッ!」
思わず男の人はしおり君を落としてしまいました。痛みに顔をしかめて、指先を見ると、やけどしたかのように水ぶくれになっています。男の人は気味が悪そうにしおり君を凝視しました。
「なんだ、今の? めっちゃ熱かったぞ」
「はぁ? そんなわけないじゃん」
「うそじゃないって。ほら、この指見てみろよ」
「あ、ホントだ。どうしたのよこれ?」
「わからねぇけど……。でも、いいや。おれやっぱいらねぇ。気味悪いもん」
男の人はしおり君の頭のひもをつかんで、文子のページにはさみこみました。文子がしおり君を包みこみました。
『どうして……? ねぇ、どうしてわたしのもとに戻ってきたのよ! このままじゃしおり君まで、死んじゃうんだよ! なのに、どうして……』
すすり泣く文子に、しおり君はじんわりとぬくもりを伝えました。そのぬくもりをかき抱くように、文子はしおり君を包みました。
『わたし、しおり君にはずっと生きていてほしかった。しおり君が生きてるって思えたら、わたしは一人ぼっちになってもいいって思ってた。だって、しおり君はわたしの一番大切な人だもん。だから、しおり君がどこかで生きていてくれるのを想像するだけで、わたしは生きていけたのに、それなのになんでわたしなんかのために』
『きっとトラオム王子も、今のぼくと同じ気持ちだったんだと思うよ』
『……え?』
思わず聞き返す文子に、しおり君は優しく続けました。
『ようやくぼく、わかったんだ。きっとトラオム王子は、夢食いの竜を退治したらなにが起こるか、ちゃんとわかっていたんだと思う。それにロイエが本当は自分のことを愛していなくて、もう一度大切なものを失うことにおびえていたことも、ちゃんとわかっていたんだと思う。……それでも、トラオム王子は夢食いの竜を退治したんだ。なぜなら、トラオム王子は真にロイエを愛していたからだよ。自分がどうなっても、この国がどうなっても、それでも愛を貫きたい、そう思っていたからだよ』
『だけど……』
『死んでしまったってかまわない。そのときに、君に包まれているなら、ぼくはそれでいい。他の物語なんていらない。君の物語があればそれでいい。……ねぇ、文子ちゃん、語ろうよ。ぼくと君の物語を。ぼくたちが死んでしまうそのときまで。きっと今なら、ぼくも最高のラストを語れると思うんだ』
『しおり君……いいの?』
『うん。いっしょに語ろう。最期のときまで』
『……ありがとう』
『夢食いの怪物』のラストシーンは、ロイエが幼なじみと結婚し、夢を見るところで終わっています。夢の中に、裏切られて殺されたトラオム王子の魂が、新たな夢食いの怪物となってロイエと幼なじみを見すえているすがたを認めて、ロイエが青ざめるところで終わるのです。けれどもしおり君と文子のお話は、そのような終わりかたではないのでしょう。語る時間はほとんど残されていないかもしれませんが、それでも二人は、二人だけの、世界に一つだけのラストシーンを見つけることでしょう。それがもしかなったのなら、作者であるわたしはもう一度筆を執るかもしれません。二人のラストシーンを記すために。二人の愛の形を記すために。
最後までお読みくださいましてありがとうございます(^^♪
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また、この場を借りて素晴らしい企画を運営してくださった、天界音楽様に感謝の意を表明いたします。本当にありがとうございます(^^♪




