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第三幕 再開

 期末テストも終わり、俺は高校2回目の夏休みを迎えようとしていた。

「じゃあみんな、夏休みだからって羽目を外し過ぎないように。それと8月に一回、登校日があるの忘れるなよ。じゃあこれで一学期終了! 号令!」

 ガタイのいいうちの担任が声を上げると、学級委員長が立ち上がり号令をした。

 クラスのみんなは一学期最後の挨拶を終え、各々動き出した。

 夏休みの予定を打ち合わせする女子や、大きなバッグをもって急いで部室に向かう野球部。

 そんな光景を見ると、一気に夏休みが始まったかのように感じられた。

「海斗~、今日は部活ないんだろ? 一緒に帰ろうぜ~」

 前の方から京介が鞄を振り回しながらやってきた。

「おう」

 そう短く返事をして、俺たちは教室を出た。


「あっち~な~まったく」

 午前中に学校が終わり下校する俺たちは、長い坂道を下っていた。

 二車線分の道路は、平日にもかかわらず車が全く通らず、点々と路上駐車する車だけがある。

 歩道と車道の間に並ぶ木々は力強く生い茂り、時折吹く風が、木葉をサラサラと揺らしている。

 京介は制服をパタパタとなびかせ、首にはタオルをかけている。

「久しぶりにゲーセンでも行くか?」

 汗をふきながら京介が言った。

「パス、あそこエアコンついてねーじゃん。あちいよ」

「そっか~、そうだな」

 俺らの住む町は、控えめに言ってド田舎だ。

 大型ショッピングモールもなければカフェもない。

 あるのは小さなスーパーと、喫茶店くらいだ。

「じゃあ、ファミレスでもいくか? どうせ夏休み部活だろ、ちょっとはゆっくりしろよ」

「まあ、ファミレスなら・・・」

 そっけない返事をした俺だったが、内心、結構うれしかった。

 学校から俺の家までは、バスで20分、そこから自転車で30分とかなり遠い。

 できれば日ざしが強い日中に帰りたくないのだ。

「じゃあ行きますか」

 京介は汗で背中にピッタリ引っ付いたシャツをはがしながらそういった。

 まだ夏もこれから本番というのに、町のあちこちでセミの鳴き声が聞こえ、太陽は容赦なく照らしつけていた。


 俺と京介は、学校から10分ほど歩いた距離にあるファミレスに来た。

 平日ということもあり、店内には俺たち二人のほかに、もう2グループほど学生がいるだけだ。

 ドリンクバーとポテトを注文し、スマホを見ながら京介が口を開いた。

「今年の夏休み、なんか遊ぶ予定とかあんの?」

「ないな。そもそも休みが3日しかない」

「ふ~ん、部活って大変だな」

「うちの顧問がおかしいだけだ」

 コーラをストローでちびちび飲みながら言った。

「一回は女子と祭りとか行ってみてーよな~」

 ため息混じりにそういった京介は、グラスに入っていたメロンソーダを一気に飲み干した。

「なあ海斗、お前、クラスのアイドルと祭り行けるなら、だれにする?」

 急にニヤニヤしながら聞いてくる京介。

「そうだな~」

「俺は断然、沙織ちゃんだな!」

「自分が聞いといて先に答えるのかよ」

 人差し指をピンと立てて、自信満々に答える京介は、

「俺、飲み物とってくるから、それまでに決めとけよ」

 と言って、小走りでドリンクバーに行った。

 何とも身勝手な、と思ったが俺も女子に興味がないわけではない。

 高校二年生になって、少しは高校生らしい恋愛もしてみたいと思うこともあったのだ。

 俺はグラスを片手に、窓の外を何気なく眺めていた。

 店内の涼しさを実感している今では、外の暑さは想像もできず、道路の先に見える陽炎を見ると店から出られる気がしない。

 時折聞こえてくる女子高生の笑い声。

 みんな夏休みで、これから楽しい日々が始まるのだろう。

 そんなふうに黄昏ながら、結露したグラスをつかみ、最後の一口のコーラを飲みほした。

 瞬間、俺が見ていた陽炎の中に、人影らしきものが写った。

「ん? 何だあれ?」

 しばらく見つめていたが、それが何なのかは一瞬で分かった。

 視力があまりよくない俺は、教室の前から三列目でもたまに黒板に書かれた字を見間違えるほどだ。

 しかし、視線の先にいるのが何なのかは、確信を持てた。

 あれは見間違えるはずもない。

「あの時の女の子だ!」

 グラスを持ったまま立ち上がる俺は、ここが店内だということを忘れて声を上げていた。

 白いワンピースに麦わら帽子をかぶっている少女は、こちらを見ていた。

 聞こえるはずのないセミの鳴き声が、頭の中で鳴り響いている。

 さっきまで聞こえていた女子高生の笑い声も、店内に流れるBGMも聞こえなくなり、ただ、少女と俺だけが、同じ空間に立っているように感じた。

 今なら会える。

 もう一度、あの少女と話ができる。

 早くなる鼓動が、俺の身体に動けと言っているようだった。

 グラスを手放し、一目散に走りだそうとした時だった。

 ドンッ!

「痛ってーーー!!」

「海斗・・・何やってんだ・・・?」

 目の前の窓ガラスに頭をぶつけた俺は、その場にうずくまった。

 京介はグラスを片手に、俺を見つめている。

 いつもならここでからかってくるはずの京介が何も言わないのは、なんだか恥ずかしかった。

 俺はぶつけた頭を押さえながら、座りなおす。

 京介が、まるで奇妙な生物でも見るかのような表情で、俺を見ている。

「か、海斗、ほんとに何やってたんだ?」

 突然、思い出したかのように窓の外を見るが、

「あれ、いない・・・」

 少女はいなくなっていた。

「おーい、俺の声聞こえてるか?」

「あ、悪い、どうした?」

「どうしたじゃねえよ、何してんださっきから」

「いや、なんでもないんだ、ほんとに」

 確かに見えたその少女はほんの一瞬でいなくなってしまった。

「で、だれにするか決めたか?」

「誰って?」

「アイドルだよ! だれと祭りに行きたいかって話してたろ?」

「あ、ああ、そうだな」

 その後、俺と京介は2時間ほどファミレスでくだらない話を続け、貴重な3日の休みのうち1日を使って遊ぶ約束をし、帰ることにした。

 人違いか、はたまた少女との再会を望むがゆえに見えた幻覚か・・・

 わからないが俺はその時から、何となくまた、あの少女に出会える気がしていた。




 夏もいよいよ本番になり、再び地獄のような練習の日々が続いた。

 今年は例年よりも暑くなると、ニュースでも報道されるほどで、40度に近い気温になることもあった。

 その影響か普段、「暑いのとしんどいのは勘違いみたいなもんだ!」と妄言を吐く顧問も、今年は練習量を減らし、水分補給や熱中症対策に全力投球している。

「ラスト10本!・・・声出していこう!・・・」

 キャプテンが叫ぶ掛け声も、練習が終わるにつれて呼吸混じりになっている。

 その日俺たちは、10年ぶりの猛暑日と言われた日の練習を、何とか生きたまま終え、部室に向かっていた。

「今日は倒れなかったな、海斗」

「ほんとだな」

「倒れたらまた俺が運んでやったのに」

 だらだらと汗をかきながら、先輩たちが言った。

「はい、何とか、ちょっとやばかったスけど」

 俺が倒れたあの日以来、きつい練習が入るとこうやってからかわれるのは恒例になりつつある。

「今年はあの顧問ですら弱ってるもんな」

「ほんと、今年の暑さは異常だな」

 軽い雑談をしながら美質に戻っていく先輩たち。

 俺は水道に行き、頭から水をかぶり、日陰に座り込んだ。

 暑さのせいか、頭の水分が蒸発しているような感覚がする。

 ふと、俺は自分の座っている左を見た。

 視線のずっと先には、まだ女子テニス部が練習している。

「また倒れたら会えたりして」

 一人で笑いながらそんなことを言っている自分が、なんだか恥ずかしかった。


「んじゃ連休明けもがんばろ~」

「おう、またな。つっても三日後だけどな」

「はは、いやなこと言うなよ」

「じゃあな!」

「お~う」

 校門で部員と別れを告げ、家までの長い道のりを歩み始めた。

 もう7時前だというのに、日は一向に沈む気配はなく、住宅や田んぼを照らし続けている。

 しつこい暑さにいらいらしながらも、バス停に向かった。

 バス停につくと、ベンチには杖を持ったおばあちゃんが一人、座っていた。

 隣に座るのも気が引けたので、十分後にバスが来るのを確認して、ベンチの隣に立った。

 10分もたたないうちに来たバスに乗り込み、窓の外を眺めながら、揺れに身を任せていた。

 車内の利いたエアコンと、心地の良い揺れ。

 俺はそのまま眠ってしまった。


「おーい、終点だよ」

 意識の遠くで、誰かが俺を呼ぶ声。

「起きないの?」

(起きる? ああ、おれ、寝てしまったのか)

 声の主が俺の肩のツンツンと触っている感覚がする。

「こんなところで寝てたら、風邪ひくよ?」

 かすかに当たる風と、聞こえてくる虫の鳴き声。

 どうやら外にいるらしい。

 ゆっくりと目を開け、ぼんやりとした視界のまま辺りを見回す。

「やっと起きた」

 俺はバスの中にいたはずなんだが、どうやら終点まで寝てしまって、そのままバス停に降ろされたのか?

 見覚えのない景色は、あたり一面田んぼだった。

「一人で帰れる?」

「あっ、すみません。たぶん大丈夫です。迷惑かけてもうしわけ・・・」

 先ほどから俺に声を掛けていた人に謝罪しようと振り向いた時だった。

「・・・・えっ」

 俺の頭は完全に思考停止していた。

 そしてその声の主が女性だとわかり、ずっと見つめていた。

「そんなに見つめられたら、照れるな」

 聞き覚えのあるセリフ。

 見覚えのある黒髪。

 心から待ち望んでいた落ち着いた声。

「よ、久しぶりだね」

 そういって少女は、俺の前に立って笑みを浮かべていた。





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