表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第一幕 少女

夏ですね。

この話は、あらすじにも書いてあるように、全部で4,5話で完結します。

冷たい飲み物でも飲みながら、ゆっくり見ていってください。


「今日は楽しかったね!」


 鮮やかに輝く夕日をバックに、抱きしめたくなるような可愛い笑顔で、彼女はそう言った。


「そうだな」


 俺はそんな彼女に微笑みを返して、そう答えた。


 その時の俺は本当に幸せで、ほんの一か月もたたないうちに、この幸せな感情が別のものになるとは、想像もしなかった。



 

 

 俺の名前は如月海斗。

 ピカピカの高校一年生で、サッカー部に入っている。

 成績は普通。顔は自己評価ではあるが、悪くはない。部活のおかげで運動神経もそこそこ良い。

 どれもあまり自慢できるものではないが、そんな俺にも自慢できることがある。

 そう。

 俺には彼女がいるのだ。 めちゃくちゃ可愛い。

 

 出会いは部活だった。

 夏休み。

 俺たちサッカー部はギンギンに照らしつける日光を浴びながら、汗をだらだらと流していた。

 うちの高校のサッカー部はそこそこの強豪で、練習もそれなりにキツイ。

 真夏だというのに、平気でダッシュ100本とかもある。

 俺は体力には自信があるほうだったが、その時は少し体調がすぐれなかった。

 ダッシュ69本目に入ったところで、足に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちるように熱々のグラウンドに倒れた。

 それからはみんなの声だけが聞こえ、視界はもうろうとしてよく見えなかった。

 どれだけの時間がたったかわからないが、目が覚めた時俺は、グラウンドの隅にある大きな木の陰に寝転がっていた。

 練習で使うマットが敷いてあり、頭にはビニールに入った氷が載せてある。

「俺、倒れたのか・・・・」

 その時の俺はパニックで、この時やっと自分の置かれた状況に気が付いた。

 重い上半身を起こし、グラウンドを見る。

 まだほかの部員は走っている。

「てことは、まだそんなに時間は経ってないのか」

 どうせなら起きたときには部活が終わっていれば、なんて考える甘い自分がいた。

「そうだよ」

 独り言を言う俺の隣から、静かで、透き通るようなきれいな声が聞こえてきた。

 思わず身体がビクッと震えてしまった。

「そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」

 ゆっくり隣を見ると、俺と人ひとり分ほど離れた距離に、一人の少女が体育座りをしてこっちを見ていた。

 胸のあたりまである長くて艶のある黒髪に、真夏とは思えないほど白い肌。

 そんな少女が小さくなって座っている様子に見とれてしまい、どうやら俺はずっと見つめてしまっていたらしい。

「そんなに見つめられたら、恥ずかしいな」

 口ではそう言いつつも、恥じらいを見せる様子のない少女。

 ミーンミーン。

 ジリジリジリ。

 うるさいセミの鳴き声も、少女の美しい声と重なれば、心地の良い音色に聞こえる。

「あの、君がこれを?」

 俺は氷の入った袋をつまみ上げて少女に聞いた。

「違うよ?」

 グラウンドの方を見て微笑む少女は、あっさりとそういった。

「・・・・・・」

 少しの期待を抱いていた自分が恥ずかしくなり、再びマットに寝ころんだ。

 二人の間に、沈黙だけが流れていく。

 その沈黙さえも、なぜか心地よく感じた。

「君は、どうしてここにいるの?」

 顔の上に氷を置いて寝ながら、俺は少女に尋ねた。

「君と同じだよ」

「え?」

 同じ、という部分がなぜかうれしかった。

「まあ、君ほどかっこ悪くはないけどね。ここまで自分で歩いてきたし」

 ふふ、と笑いながら少女は答えた。

 彼女はおそらくからかって言っているのだろうが、その笑顔に意識を奪われ、話の内容なんて頭に入っていなかった。

 袋の隙間から彼女を見ているの、ふと、俺の方を向いた。

 唐突に目が合い恥ずかしくなった俺は、いまさら目をそらすのも不自然だし、でも、ずっと見てたと思われるのも恥ずかしい、なんて考えながら、しばらく彼女と見つめあっていた。

 遠くで声を出しながら練習しているサッカー部。

 ここから見ると、陽炎と人が混ざり合い、みんながゆらゆらと揺らいで見える。

 その隣のコートでは、ネットの柵で覆われたテニスコートが4面あり、女子テニス部が練習している。

 ふと、隣に座る少女の姿が目に入った。

「もしかして君、テニス部?」

「そうだよ」

 少しの間をおいて、彼女はそう答えた。

 白いポロシャツに短パンを着ていて、彼女の白い肌ととても似合っている。

 再び、沈黙だけが過ぎてゆく。

 ・・・・・・・。

 その沈黙を切り裂くように、少女は立ち上がった。

「私、そろそろ行かなきゃ」

 軽そうな身体をすっと持ち上げ、お尻についた砂を払う。

「ああ、うん」

 こんな時、なんて声を掛けたらいいのかわからない俺は、言葉にもならないような音を発していた。

 数歩あるいて木陰から出たところで、少女が振り返って言った。

「また、会えるといいね」

 心地よい風が汗をかいた肌にあたり冷たく、セミの声が鳴り続ける。

 そんな夏の風物詩も、少女が話すたびにピタッと時間が止まったかのように鳴り止み、まるで世界に二人だけのように感じられる。

「おーい、海斗! 部活終わるぞ、戻ってこーい!」

 遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。

 起き上がり、マットと溶けきった氷袋をもつ。

「俺もいかないと」

 そう別れを告げようと、立ち上がって少女のいるほうを見た。

 しかしそこにあったのは、カンカンに照り付ける日光と、セミの鳴き声だけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ