02
「どうぞ」
「お、お邪魔します!」
美女の家にしてはこじんまりとした一軒家だったが女性の家という事で、かなり緊張していた。
入ってみれば外国の田舎のおばあちゃんが住んでいそうな家だった。
それくらいシンプルで、女の人が好きそうな装飾品はなく、切ってそのままと言えるような丸太のテーブルに丸太の椅子が4つ。
引っ越してきたばかりなのか、ものが乱雑に置かれていた。
「引っ越してきたばかりでね、散らかっているが気にしないでくれ。…さて、僕が見た事を話そうか」
(聞いてくれるか友よ、この美女はまさかのボクっ娘だったぞ…!)
と、日本にいた小学校からの親友に心の中で語りかける。
「まず、そうだね。ここ周辺には物好きな商人が1ヶ月に一度くるくらいで、人間はいない。迷い込むにしても、僕が張っている結界が侵入を阻むはずだし、何より魔の森に囲まれているから、なんの装備もしてない人間がこれるわけがないんだ。それなのに君はいた。愛しい人の気配がして慌てて外に出てみれば小さな光から君が出てきたんだ。君はいったい何者なんだい?僕の知らない言葉を知っているようだし…」
俺の顔をみるその人は真剣そのもので、これは真摯に返さねばと姿勢を正す。
「俺の名前は—————です。日本って島国に住んでた日本人で、歳は30になったばっかり。いつも通りに仕事をしていまし」
「まて!名前が聞き取れないぞ。魔法か?」
「え、いや、俺の名前は––––––––––です!!」
「ふむ、呪いか契約か…。名前を言っているのにもかかわらず、僕には何も聞こえない。…文字はかけるか?君のその日本という国で使われているもので構わないよ」
そう言って指パッチンをすると丸太のテーブルにインクに羽根ペンと紙が出てきた。
びっくりして呆けてしまっていたが、ふと思い浮かべる。
何年も使っていた当たり前の文字が、全くと言っていいほど出てこないのだ。どんな形だったのか今ではかけらも思い出せない。言葉としてはでてくるのに、形がわからない。こんな事ってあるのか?なんで、わからないんだ?俺は俺の名前は…思い出せない。先ほど言っていたはずなのに、思い出せない。
「な、なんで、俺は…俺はっ!!まってくれ!?なんで、でてこないんだ!母さん父さん弟が2人!!親友が、い、て…、名前は!!…な、名前が、わ、わから、ない…」
最後は声にならないように口を押さえて震える。顔面蒼白になり口をはくはくさせる俺をみた美女はできるだけゆったりとした動きで立ち上がり俺の横に来る。
「大丈夫だ、落ち着け。大丈夫だ。何も考えなくていい、とりあえず深呼吸してごらん?」
美女がゆったりした動きで背中を撫でる。長い間人の手の温もりと自分の浅い呼吸だけが聞こえ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。現金なもので美女に優しく背を撫でられたおかげで、震えも吐き気もおさまり、言われた通りに深呼吸すると、話してわかってもらおうという非現実な事は頭から抜け落ちた。
もう面倒だから魔法的なあれで、記憶をのぞいてほしい。
そして、こんな非現実な事が起きてるんだ。社畜人生とはおさらばして、オタクなら一度は夢見る異世界転移を楽しみたい。
「すーはー、すーはー…。あ、ありがとうございます。あの、先ほど指パッチンで物がでてきました。もしかして魔法ってやつですか?それなら、その、記憶を見る魔法とかありませんか…?もし、できるなら、証明して欲しいんです。俺が、生きてきた人生を。本当に存在してるんだって。それに口で説明しても信じてもらえないような話なんです」
「うーん、そのような魔法も確かに存在するが…、いいのか?中途半端に要所だけ覗く事はできない。君の人生そのものを見なくてはならない、秘密にしたいことも恥ずかしいと思っていることも全て。見ず知らずの僕に。それでもいいと?」
「構いません。じゃないと、信用してもらえないでしょう?自慢じゃないけど、悪い事をした事はないし、仕事だけな人生でしたし。あぁ、こんなに今の状況で切り替えられたのも、漫画の存在あってこそですしね。それこそ見てもらった方が早いと思います」
「なるほど、ならば互いの負担が少ない方法を使おう。魔道具を使用させてもらう。30年分の記憶を確かめるわけだから3日は眠ってもらう。君から魔力も感じるが、呪術がかかっているかもしれないからね。僕だけの魔力で起動しよう。…3日も眠る事になる。先にご飯でも食べようか」
そう言って、美女は席を立ち近くの台所へ向かう。作業を任せてしまうのは申し訳ないが、ここはおまかせしてしまおう。
「ちなみに、負担が多いとどうなるんですか?」
「記憶をのぞく魔法というのは普通、犯罪者などに使う。つまり使用される側に配慮が一切ないため、魔法回路が傷つく可能性が高い。傷つけば、魔法は使えなくなるし、最悪の場合廃人だ」
「そ、そうなんですね。配慮していただきありがとうございます。…その、なんとお呼びすればいいですか?」
「カイナだ。カナと呼んでくれ。呼び捨てで構わないよ。君は、どうしようか。とりあえずナナシとでもよぼうか?」
(名前か…、これは封印されし黒歴史が騒ぐな…。名無しか…。それならノーネームでネムって呼んでもらうのはカッコよくないか!? 我ながらいい案では!?)
「ノーネーム。ノーネームが本名で略してネムと呼んでください!!」
カナからしてみれば、自称30歳のおっさんがキラキラした瞳で訴えてくる姿に若干引きつつも了承したようだ。
「では、ネム。簡単なものだが栄養価は高いから、これをお食べ。食べ終わったらさっそく取り掛かろう。僕は、魔道具の準備をしてくるよ」
「わかりました、よろしくお願いします」
お腹が空いていたらしく、ガッつくように食べ始めた。パンは予想通りフランスパン系で、顎の筋肉がつりそうになったのでスープにつけて食べる。
この黄金色のスープはとても優しい味で、なんでか涙が出そうになった。
食べながら今後の事を考える。はやく色々なことを知りたかった。
そのためにはカナに信用されなくては。だがしかし、この世界の常識を知らない俺をここに置いてくれるだろうか?
一人暮らしをしていたからある程度の家事はできるが…。とにかく頼み込んでみよう。それに、こんな美味しいご飯を食べさせてくれたんだ。恩返しをしなくてはと意気込む。
「食べ終わったか?こちらも準備ができた。食器はそのままでいい。部屋へ案内しよう」
案内された部屋にあるベットに横になるとブレスレットを二つ渡された。
「その魔道具の使い方は、ブレスレットにある透明な石に血をたらして装着する。少し痛むぞ」
そう言われ指に針を刺されるとぷっくりと血が出てくる。それにブレスレットを押し付けるとブレスレットは光になり俺の腕をくるむと元のブレスレットの形になった。
「へぇぇ!!魔法ってすごいんですね!!」
「落ち着け。とりあえず、これでよし。作動に問題もないな。よし、では眠りの魔法をかける。3日後に会おう」
「えっ!はやっ!ちょっまっ………」
興奮気味だったのが嘘のようにまどろみ瞼が閉じていった。手に暖かさを感じながら俺は意識を手放した。
「…寝たか。リズ…愛しい人…。これは、君の導きなのかい?」
拙い文章お読みいただきありがとうございました。