声(音)
君の恋をした。
音って素晴らしい。
美しい音っていうのはただそれだけで簡単に人を引き付ける。
たとえそれがどれだけ小さい音でも、誰の声であろうと美しい音という魅力には誰も勝てないのだ。
「君の声が好きだ」
真空の世界がお互いの間に広がる。
僕は彼女の声に恋をした。
天使の声。いや、淫魔の声。
聞くだけで僕の心という服を脱がそうとしてくるブレス。
だから僕は付き合いたかった。
彼女を独占したかった。彼女の声を、息をすべてを……僕のものにしたかった。
「僕は君と付き合いたい」
振り返ってみればなんてふてぶてしい告白文なんだ。
未来の僕がため息をつく。
舌が出る。
「おいしそう」
彼女は確かに笑った。
そして言った。
おいしそうと。
意味は分からなかった。
「いいよ。生意気なあんたと付き合ってあげる。私を満足させてね」
だがそんなことどうでもよかった。彼女が次に吐いた言葉に僕の全神経が集中していた。
最早僕はその言葉しか聞こえなかった。覚えていなかった。
告白は成功。僕は理想の彼女を手に入れたのだった。
「愛してるわよ」
顔を真っ赤にした彼女の声。
理想を吹き飛ばすには十分すぎる威力を秘めた、淫魔の声。天使の囁き。
僕の心をいとも容易く破いてきた。
毎日が幸せだった。付き合うというのはこんなにも幸せなことだったのか。
僕は確かに満足感を味わっていた。
「それじゃあそろそろかしらね」
え。
唐突に伸びた尻尾。
それが僕の心臓を簡単に貫いた。
痛みは自然となかった。
ただ快楽だけが僕の全身を駆け巡った。
音が、音が全身を駆け巡った。
淫靡な音。
麻薬の匂い。
葉っぱの鼓舞。
卵巣の刺激。
精巣の破裂。
音が、ピアノの乱打。
乱打乱打。
ただ君を愛し続けていた。
君は正しく淫魔だった。
ふと目を覚ますと君はいなかった。
学校にもネットにも僕の目の前にも君はいなかった。
誰も君を覚えていなかった。
残っていたのは君の匂いと音。
ある日の休み。
僕の目の前にいたのは、天使のあの子だった。
隣にいたのは
僕ではなく、
違う男だった。
腐乱臭。
降ろされた神子。
膣壁の脈動。
隕石の子。
吐き出された僕の子。
彼女は正しく淫魔だった。
悪魔だった。
もうすでに僕の心は彼女に閉じ込められていた。
広い鳥籠。
絶望の雷鳴。
すでにベッドから飛んだ。小鳥の君。
枕に落とされた餌。
ビチャリ。
音。
僕は目を覚ました。
音というものは素晴らしい。どれだけ些細なものでも、それは人を魅了する。
歌う機械。
淫靡な声。
僕は君と付き合っていた。
恋の音。