第六話
「それでは我は先に戻るとしよう。あのお方にも報告せねばならんのでな」
そう言い残し走り出すビャクヤを見送った一行は、二頭の馬の様な動物が引く
馬車へと乗り込む。御者はシキだが、鬼が馬車の手綱を握る姿はなかなかに
シュールだ。
優はそんな事を考えていたが、セリスにいたっては「あー、だりー」などと
言いながら眠りについてしまった。
リアーナと二人きりになり気まずい沈黙の空間が出来上がる。
優がどうやってこの沈黙を壊そうかと思案している間に
その空間はリアーナによって破られる、というよりは、優に気を使わせまいという
リアーナの優しさなのか。
「改めてご挨拶させて頂きます。私はリアーナ、城で巫女を勤めさせて頂いて
おります。お迎えにあがるのが遅れてしまい申訳有りませんでした」
「いや、別に無事だったから良いんだけど……というか、リアーナさん?
城とか巫女とか言われても良く分からないんだけど。そもそも最初から説明して
くれません?分からない事だらけで」
「そうですね……まずはここがどこなのかという事からご説明させて頂きます。
ここはガリウスと呼ばれる世界。5つの大陸が存在すると言われる世界で、私たちがいるのは
メルキア大陸の南に位置するエステリア王国です」
「ガリウス?エステリア?……なんとなく地球と違うとは思ったけど、まさか本当に
異世界に呼ばれましたー、なんて事じゃないよな……」
「さすが優様、召還された事をご存知とは」
「おいおいおいおい、本気か?いや、呼ばれる意味も分からないけど
普通こういうのはフィクションだろ?ゲームか漫画の話だってば」
「ゲームや漫画の世界ではありません。ガリウスは確かに存在しています。
異世界があると証明出来ない様に、無いとも証明出来ません」
この状況を受け入れるのにはかなり抵抗があるが、リアーナのまっすぐな瞳を見ると、
嘘や冗談の類いだとはとても思えなかった。
「まあ、違う世界だって事を理解したとしてもだ。俺がここに呼ばれた意味が
全く分からないんだけど」
「それは……おそらくあのお方に伺えば解決出来るかと」
あのお方、という単語に優は反応する。
「あのお方?そういえばビャクヤもそんな事言ってたな。誰なんだ?
そいつが俺を呼んだってのか?」
「はい。あのお方の真意は計りかねますが、何故呼ばれたかは分かっております」
「本当か?なら会わせてもらえる?とりあえずこの世界から元の世界に帰らないと」
呼んだ人間がいるなら帰る方法も知っているはず。そう思った優は
暗闇の中に希望の光を見つけ出した気がした。
「…………」
「ん?どうした?いきなり黙って」
「あ、いえ。大丈夫です。……とりあえずあのお方にはもうすぐ会えますよ」
何かひっかかる優だったが、リアーナの「もうすぐ会える」という言葉を聞き、
安堵する。最初はここで食べられて人生を終えるのかと思っていたが、
日常に戻れるのなら良い思い出だ。
クラスメイトに「ファンタジーな世界に行ってきた」などと話したら
間違いなく可愛そうな子、という扱いを受けるので今回の事はずっと胸の内に
秘めておこうとは思うが。
「優様、見えてきました。あれがエステリアの王都、シルヴァです」
そう告げられて馬車の窓から外を見た優の目に映ったのは
まさしく中世ヨーロッパ辺りに建てられた様な城と城下町だった。