第十話
それは今から20年前の事。
エステリアは、5年前に即位し後に賢王と呼ばれるアイデルの統治の下、
穏やかな日常に包まれていた。
代々エステリアの王と契約し、この地を守る精霊ファリエラは
アイデルと共に国境近くの森に来ていた。
そこは精霊にとって安息の場所。木々が生い茂り、大地からの力が
精霊を癒してくれる場所だった。
「面倒かけるな?アイデルよ。たまにここに来なければ、妾は姿を保つ事も難しいのでな」
「構わないよ。ファリエラはエステリアの守人であり、僕の友人だ。それにこれも王の務め
だしね」
「なるほど、アイデルは仕事で仕方なく妾に付き添うてくれているのじゃな?」
「捻くれてるなあ」
「ちと、からかいたくなっただけじゃ。気にするな」
無邪気に笑うファリエラに、アイデルは苦笑する。
その時、軽口を叩き合っていた二人は空気の乱れを感じ取った。
「アイデル」
「ああ。何かがいるね……見に行こう」
「油断するでないぞ、妾と違っておぬしは生身。それに今日は衛兵も多くは
連れてきていないのであろ?」
「ま、旗色が悪い様だったらファリエラに守ってもらうさ。その間にさっさと逃げる」
とても一国の王とは思えない発言だが、それもファリエラを信頼している証だった。
その言葉にファリエラも少しばかり気分を良くする。
警戒しながら進む二人はやがて人影を見つける。
それは人間の女だった。しかも倒れており、かなり衰弱している様だった。
「ファリエラ!」
「ふむ……まあ、焦るな。これなら妾は干渉出来そうじゃ」
アイデルの言いたい事に先回りしたファリエラが、女に向かい手をかざす。
フリアラの両手を淡い光が包み込み、その光はゆっくりと女の体に入っていく。
しばらくして、目を覚ました女だったが開口一番、
「おなか……すいた……」
などと言ってのけた。
これにはアイデルも苦笑し、女に優しく話しかける。
「大丈夫?こんな物しか無いけど、良かったら食べて?」
その言葉を聞いた女は、先ほどまで倒れていたとは思えないスピードで
跳ね起きた。
「食べ物っ!?どこっ!?」
驚くアイデルの手元にあった携帯食料と水筒を見た女は、まるでひったくる様に
食料を奪い取り、ものすごい早さで平らげた。
水筒に入った水を喉を鳴らして飲み干した後、女はアイデルとファリエラに
目を向け、まるで「いたの?」と言わんばかりの表情に変わる。
「あー……、えと……誰?」
「初めまして。僕はアイデル、こっちはファリエラ……って言っても見えないか」
「そりゃあ、当たり前じゃろう。それよりもアイデル、少し位は警戒心と言う物を
持たんといかんぞ?今回はこんな阿呆そうな女だったからまだ良いものの、
行き倒れを演じた間者だったりしたらどうするつもりだったのじゃ?」
「おい」
「うーん……まあ、その時はその時で。この人には悪い雰囲気は無かったし」
「それが駄目じゃと言っておるのに……全くこの王ときたら……。それで?
この女はどうするのじゃ?まあ、害が無ければ近くの町にでも放っておけば良かろ?」
「おいってば」
「うん、でもこんな所で行き倒れってのも珍しいと思わない?地元の人間ですら
入らない様な森なのに」
「ふん、大方ここの精霊の力につられてやってきた馬鹿じゃろうて。大地の力を吸収した
獣の中にはかなりの値がつく物もあるそうじゃからの。まったく、女のくせに。金に目が
くらんだアホ女じゃ、バーカバーカ」
「アホアホ言うなー!!ってか、無視すんなー!!」
「……………………」
「……………………」
いきなり叫んだ女に目を丸くする二人。
「な、なによ。何とか言いなさいよ。そっちから喧嘩売って来たんでしょ?
いいわよ、買ってやるわ。お腹も膨れた事だしね」
膨らましてくれたのは目の前にいるアイデルだったのが。
なおも驚く二人を目の前に女は言葉を重ねる。
「ほらほら、かかってきなさいよー!特にそっちのチビッコ!バカだのアホだの……
こうなったらお姉さんがお尻ペンペンしてやるんだからねー」
ファイティングポーズをとり、シャドーボクシングで威嚇する。
「しゅっしゅっ」と口で言ってるのはご愛嬌。
「ファリエラ……」
「うむ……」
「なによー、やんないならこっちからいくわよー!」
「ちょ!ちょっと待って!」
「うっさい。まぢできれるごびょうまえー」
「なに言ってるかわかんないよ!?それにもう切れてない!?」
慌てるアイデルに対して、良く分からない台詞で勝手に盛り上がる女。
そんな二人を眺め、ファリエラが問いかける。
「まさかとは思うが……女、妾が見えるのと申すか?」
「は?当たり前じゃない。何言ってんのよオコチャマ。ってか、あんたに
文句があんのよ、こっちは」
この事実にアイデルが更に驚く。
「会話まで!?ねえ、君!ファリエラの言葉が分かるの!?」
「あー、もう!なんだってのよ!あんたらは!馬鹿にしてんの?ね、そうでしょ?
よーし、いっくぞー!くらえ!優美ちゃんの必殺技、あーんぱーんち!」
なんて事はない。パクリな上に、ただの右ストレートだったが、不意打ちの拳は
アイデルの顔面に景気よくめりこむ。
これが後に「精霊の巫女」としてエステリアに名を轟かせる事になった女性、
優美とアイデル、そしてファリエラの出会いだった。