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七話:御主人様本気強者

「くふふふふふふふ」


 すーすーと寝息を立てるクリスを背に、笑っているのはユキだった。

 愉快で愉快でたまらなかったのだ。

 全てが思い通りにいっている。ここまで上手くいって大丈夫なのかと疑ってしまうほどだ。


「わらわの可愛さは罪なのじゃ……同性まで魅了してしまうとはのう……」


 自身の尻尾を抱きながらとても嬉しそうにユキは呟いた。


「わらわにもっとメロメロにさせて、立場を逆転させてやるのじゃ……」


 阿呆なように見えて割と強かなのがユキという少女だった。

 立場を逆転させて、召使いのようにクリスを働かせてこき使う姿を想像してユキはニヤリと笑った。

 たしかにクリスは命の恩人であり感謝はしているが、それはまた別の話。世界一のイケメンを手中に収めるという自身の夢を叶えるためならば利用することはためらわない。

 何より、大好きな相手に使われるのなら相手も幸せなはずだとユキは考えていた。


「明日からが楽しみなのじゃ……」


 愉快な空想を思い浮かべながらユキは幸せそうに眠りについた。








「ちょっと稼ぎに行こう」


 今までユキが滅多に食べたことのないほどの豪華な朝食をとっている時、不意にクリスが言った。

 イマイチ意味がわからなかった。

 朝から香辛料の効いた肉が提供されるような朝食を用意できる上に、家なら余裕で買うことのできる価格の自身を買ったのだから金など余っているはず。

 なのに稼ぎに行くとはどういうことなのだろうか?


「ユキを買う金で手持ちが尽きた。100万くらいならすぐ稼げるだろ」

「ご主人様はストライダーなのじゃ?」

「うん、新米だけどな」


 ユキは理解した。クリスは魔法や異能の研究で稼いでいるタイプではなく、戦いによって稼いでいるタイプなのだ。

 この言葉遣いを除けば可愛らしい大人しめの少女にしか見えないご主人様は武闘派ということになる。意外ではあるが、良い意外だった。

 

 二人で美少女が旅をしていれば襲われやすいというのはユキにもわかる。

 まだ"一尾"とはいえ、それなりに戦闘力に自信はある。

 言うならば中の中。かなりの実力者に狙われればひとたまりもない。

 クリスの実力はユキが見る限り同程度の中の中。

 だが、二人合わされば上の下くらいには勝てるだろう。

 それくらいの力があれば、旅の道はかなり安全だと言える。

 

「わらわの実力も見せてあげるのじゃ」

「それは楽しみだな」

「驚いて腰を抜かしても知らんぞ!」


 少しばかりバカにしたような様子で笑ったクリスにムッとしながら言った。

 明らかに侮られている、子供が舞い上がっているという感じに思われている。

 これでも故郷では天才と呼ばれて褒め称えられていたのだ。

 ここは可愛いだけの女の子ではないということを見せてやらないといけないとユキは思った。

 

 そうしてクリスとユキは宿から出て、ストライダー組合へと向かう。

 クリスが一人で何やら受付嬢と話すと一枚の紙を受け取りすぐに帰ってきた。


 次に向かったのは宿の馬小屋の一角。そこに置かれた真紅のバイクに二人で乗り込む。

 

 ユキが"クルマ"に乗ったのは初めてだった。

 クルマというのはとてつもなく高い。発掘された遺物を直すことでしか製造できないために乗り物自体も高いが、維持費も馬鹿みたいに高い。豪商か貴族の類でしか所持できない代物だ。

 

「すごいのじゃー!はやいのじゃー!」

「舌噛むぞ!」


 バイクは馬の三倍以上も速かった。

 ビュンビュンと風が肌を撫でて目を開けるのすら辛い。

 だが、ユキはとても楽しかった。爽快感がすごい。

 振り落とされないようにクリスにピタリと張り付くと、更にスピードが加速した。

 馬車とかなら尻が痛くなるものだが、不思議とこのバイクはならない。シートがフカフカなのもあるが、妙に揺れないのだ。

 街道といっても小さな石がゴロゴロとしているのに踏みつけても殆ど身体が揺れない。

 とても快適な代物だった。

 

「なんでガタガタしないのじゃー?」

「ハンジュウリョクサスペンションによって状態が一定になるように調整されてるから」

「へー。よくわかったのじゃ」


 正直なところ、ユキは全くもってクリスが何を言っているのか理解できていなかった。

 そういうことを考えるのは苦手だ。考えるよりも感じろがユキの理念だ。だから何だか知らんがすごい道具だということで納得した。


 そうしてしばらくバイクで走り続けると、十メートル以上の大きな木が生い茂る森の前に辿り着いた。


「ここなのじゃ?」

「うん、この奥にいるらしいウッドマンを倒すのさ」


 ウッドマン。魔力を取り込み、意志を持ち自らの足で歩くようになった魔木である。

 強さはピンキリであり、大きな森の主となるほどのウッドマンは生半可なドラゴンならば打ち倒すほどの存在だ。


「どれくらいの大きさなのじゃ?」

「二十メートルくらいだって。ユキの前での初めての戦闘だからさ、そこそこのを選んだよ」

「ぐふっ」


 間違いなくそこそこではない。

 ユキの実力を1とするなら10くらいの相手だ。ウッドマンの苦手とする火を用いても勝てる気がしない。

 1+1を3にはできるかもしれない。だが、1+1を11にできる気は全くしない。

 敵を見る前にユキはとても帰りたくなっていた。


「ご、ご主人様は強いのじゃ?」

「まあ、普通の人よりは強いと思うけど。そんなには強くないね」


 クリスの自己申告はユキの見立て通りのようだった。


「む、むりはいけないと思うのじゃ」

「大丈夫だって、ほら行くぞ」

「うー……わかったのじゃ」


 相手はご主人様、無理に止めることはできない。

 しかし、危なくなったらすぐご主人様を連れて逃げることにユキは決めた。


 そうして嫌々ながらクリスに手を引かれて森の中へと足を踏み入れるユキ。

 ビクビクとしながら数分ほど歩いた時、地が揺れた。

 

「おっ」

「き、きたのじゃー!」


 地震ではない。巨大な物体が地面に落とされたことで起きたもの。

 先ほどまでの話を考えればその正体はウッドマンに違いない。

 今は帳のように空を覆う木々で見えないが、その帳がなければその巨体を視認できるだろう。


「だ、だいたい、なんでウッドマンが襲ってくるのじゃ!?」


 ウッドマンという存在は森の管理者であり、密猟者や木々の無理な伐採を行わない者には友好的な種族なのだ。


「木病らしい。病でおかしくなったせいで敵対者の判断がつかずに森に立ち入る者を襲いまくってるそうだ」

「うぅ、なんでそんなのを受けたのじゃぁ……」

「ちょうど良い相手かと思ってさ」


 クリスが軽くを肩をすくめると、不意に太陽がユキを照らした。

 何故だかわからないが、空を覆っていた木々が消滅している。そしてぽっかりと空いた穴の先には枯れかけた木のような人型の化け物の上半身が見えた。


「ほら、ユキの力も見せてくれよ」

「うぅ……し、しかたない! やってやるのじゃ!」


 ヤケクソになったユキは覚悟を決めて、体内の魔力を練り上げる。

 妖狐であるユキに異能はない、よって使うのは魔法。そして魔法に対する適性は人間であるクリスよりも遥かに高い。

 練り上げた魔力を意思と共に放出することで魔法が発動した。

 

「呪詛・大狐火」


 ユキが手を向けた先はウッドマンの頭部。

 詠唱が終わると同時に、不思議な濃い青色の炎が頭部を完全に覆い尽くした。

 その炎の規模はクリスの魔法の腕では決して出せないものである。

 

「おぉー、やるじゃないか。やっぱり魔法の本職は違うな」

「いや、ダ、ダメなのじゃぁ……」


 魔法に疎いクリスにはわかっていないようだが、ユキにはすぐにわかった。

 炎に包まれてはいるが、焼けてはいない。ウッドマンの魔力による防壁を撫でているだけだ。火力不足である。

 いくら火に弱いと言っても火が届かなければ何の意味もない。

 数秒ほど経ったあとに炎が消えると、そこには枝一本焦げていないウッドマンがいた。


「ありゃ、本当だな。"ジグソー"」


 失敗したという風に頭を掻きながらクリスは何気なく呟いた。

 その瞬間だった。

 地面から五本の漆黒の尖塔が突き出し、鈍い音を響かせてウッドマンの全身を貫通したのだ。

 ユキは言葉が出なかった。

 塔の一つの大きさはウッドマンの全長ほどもある。

 それほどの塔を一つでも作ることができるほどの魔法を自身は到底使えない。

 しかもそれを一度に五本も瞬時に作り出しているのだ。

 しかし、驚くべきことはこれで終わらなかった。

 

「流石はウッドマン、しぶといな。炭素の槍でも死なないか」


 ウッドマンは肉体の造りが人間とは全く違う。

 臓器という臓器は存在せず、血液も存在しない。

 故に槍が胴体を貫通するという人間ならば死に至るはずの傷を負っても絶命しない。

 

「ユキが見ているしな。一発大技行くぞ!」


 さっきのが大技ではないのか――っとユキが思うのと同時だった。

  

「"泰山天落猿潰し"」

 

 太陽が眩しいほどに照らしていた空が暗くなった。

 気になって、上を見上げてみれば、そこにあるのは土塊――いや、それはもう小さな山だった。

 

 その山は世界の法則に引かれて地面へと落ちていく。

 真下に在るのは尖塔に貫かれて身動きの取れないウッドマンである。

 そして地がひっくり返るかと思うほどの衝撃と砂埃が二人を襲った。

 

 森の中央に生まれた新たな山の中に動くものはいなかった。

 圧倒的な質量に潰されたウッドマンは哀れにもその生涯を閉じたのだ。

 

「オレの実力も中々だろ。惚れたかい?」

 

 振り返ったクリスは透き通るように笑いながら言った。

 それは完璧に整った顔と相まって、そういう趣味ではないユキさえもドキリと胸が高鳴るほどに美しかった。

 

「ま、まあまあじゃな!」

「それは良かった」


 ユキは素直に返答できなかった。

 その理由は悔しさだ。あまりにも自分は弱いという悔しさ。

 大人な態度のクリスに更にその悔しさは高まる。

 

(わらわだって……今はこの程度じゃが……!)

 

 ユキは九尾の一族であるが、自身の尾の数はまだ一本。

 まだまだ発展途上であり、クリスを超すための潜在能力は十分にある。 

 それに故郷の里では神童だと褒め称えられていたのだ。


 やられっぱなしは許せない。

 いつかクリスをギャフンと言わせてやるとユキは誓った。

 臆病で能天気のユキだが、強くなるために最も大事な向上心はしっかりと持っていたのだ。


「じゃ、帰って美味いものでも食べよう。オレは採れたてのちょこを飲みたい」

「ご主人様は甘いのが好きなのじゃ?」

「苦いの以外は好きだよ」

「わらわと一緒なのじゃ!」


 そうして二人は手を繋いで町へと帰った。

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