六話:女狐にメロメロ
「おいしいのじゃー」
「それは良かった」
もぐもぐとテーブルいっぱいに並べられた料理をむさぼるように食べる少女。その顔は満面の笑みで彩られていた。
一方、クリスは浮かない表情である。風呂で少女の肉体を洗い損ねたからだ!
少女の手が這いずり回る感触に頭がパンク。気付いた時にはのぼせており、ベッドの上で少女に介抱される始末である。
絶好の機会を逃したことは悔やみに悔やみきれなかった。
「ねえ、君の名前は?」
「ん、んぐ。言ったような気がするのじゃが……まあよい。わらわは恋雪じゃ、ユキと呼んでいいのじゃ」
「可愛い名前だね」
恋雪改め、ユキは自身のふさふさの尻尾を振りながら言った。黄金の尻尾はその先だけが白い。確かにコユキだ。
「うむ、ご主人様はなんというのじゃ?」
「クリスだよ」
「ふむ……そういえば、お付きの者がいないのはどうしてなのじゃ?」
キョロキョロと周りを見ながらユキは言った。
クリスはキョトンとして、発言の意図に数瞬してから気づいた。
ユキはクリスのことを貴族か何かだと思っているのだ。見た目は麗しい少女。大金など持っているはずはなく、家の金だと思うのが当然だろう。
「私は……まあいいか。オレは貴族って奴じゃあないよ」
「……それなら、なんでご主人様みたいにちみっこいのがお金持ちなのじゃ?」
ご主人様と呼びながらも礼儀が一切ないユキに苦笑しながらクリスは答えた。
もしこの発言をしたのがユキではなくチンピラだったなら、次の瞬間に命はなかった。
「長年に異能を鍛えたからね。卓越した技術が何か一つあれば不可能なことではないよ」
「い、いま、いくつなのじゃ?」
どう見ても幼いクリスの姿に、興味津々といった様子で、食いつくようにユキは聞いた。
「100年以上は地下にこもってたし……150は超えてると思う。出てきたのは最近」
「と、年上だったのじゃ……」
がっくしといった様子でユキは机に項垂れていた。お姉さん風を吹かしたかったのだ。
「ユキは?」
「今年で20なのじゃ」
「思ったよりも年上だ。獣人って奴は成長も遅いのか?」
ユキは12歳から14歳くらいだと思っていた。既に成人とは驚きだ。
獣人とは獣の特性を持った人である。
人間のように異能は持たないが、代わりに強靭な肉体や感覚を持っている。寿命も人間よりも長く、平均的に二百年は生きる。
「そもそもわらわは獣人ではないのじゃ」
「うん?」
ユキの姿は狐の耳に尻尾。どうみても獣人である。
もしかしてコスプレなのだろうかとクリスは思ったが、風呂場でも外れてはいなかったことを考えると仮装の線は薄い。
「獣人というのは、あくまでベースが人でそこに獣の因子が混ざった者じゃ。わらわは最初から獣で、今も獣じゃから言うならば妖獣なのじゃ」
「妖獣……魔物ってことか」
「そうともいう」
魔物と言えば人類の討伐対象である。
そうだと言うのに、ユキは隠すつもりも全くないようで、明け透けに答えた。
一方、クリスはその答えに特に反応することはない。どうでも良いことだった。獣人であろうと天人であろうと地人であろうと魔人であろうと魔物であろうと関係ない。可愛ければ何でも良しだ。
「ふーん」
「つまり、人のように時の流れで成長するとは限らないのじゃ。寿命もないに等しいしの」
「永遠の少女ってわけか、いいね」
「そうなのじゃ。わらわの一族で最も有名な者は数千年以上も前から生きておるぞ!」
クリスは運命的な出会いだと確信した。
ユキは不老に近い存在で、クリスも体を乗り換えれば寿命などないに等しい。つまり二人は同じ時間を生きているのだ。
「では、改めて。わらわを買ってくれてありがとなのじゃー!」
「わっ、どうした!?」
急にユキが泣きながら抱きついてきたのだ。
拒む理由はない。慌てたふりをしながらもさりげなくクリスは彼女の美少女香を楽しんでいた。
「うぅ。買いに来てくれるか心配だったのじゃー。あの人間のクズが……もしご主人様が買いに来なかったらわらわが女王行きだって脅すのじゃー」
「なんだそりゃ」
怯えながら語るユキの言葉を、クリスはいまいち理解できていなかった。
「女王行きになったら終わりなのじゃー。人間のクズだけじゃなく、他の奴隷達も言ってたのじゃ! 前に女王へ売られた奴隷がメチャクチャになって帰ってきたと!」
「メチャクチャって具体的には?」
「身体のパーツが足りなかった上に、――――が徹底的に破壊されていたのじゃ」
「…………うぇ」
嫌悪感を露わにして語ったユキと同じ表情にクリスなった。
クリスとて可愛い女の子をいじめてみたいという欲求はある。だが、それは困らせて涙目にする程度のものだ。
マジに痛い奴はNGだ。かわいそうなのは抜けない。
「だから本当に本当に良かったのじゃ! それにご主人様は優しいし、美味しいの食べさせてくれるし」
「そうかそうか」
クリスはとても機嫌が良かった。これは間違いなくユキが自分に惚れている兆候だと考えたからだ。
絶体絶命のピンチを救ってくれた恩人、惚れない理由がない。
「ところで、ユキは何であんなのに捕まってたんだ」
「お腹をすかせて歩いているところに肉を焼いている集団を見つけたのじゃ」
「それで?」
「近寄ってお肉をもらったら眠くなって、気付いたら、大人しく奴隷になるか犯されて死ぬか選べと言われたのじゃ」
クリスは思った。ユキはアホだと。底抜けのアホだと。
どんな田舎娘だろうと相手が大勢なら警戒をするし、安易に食料をもらったりはしない。
どれだけ飢えていたとしてもだ。
「そもそも、何で飢えてたのさ」
「わらわの里では人の雄をたぶらかして一人前という風習があっての。旅に出たところ一日で食料が尽きたのじゃ」
「へぇー、大変だったな」
「実に大変だったのじゃ」
やっぱりアホだなとクリスは再度確信した。
この調子だと一人で外に出れば、十分もせずにまた奴隷として捕まりそうだった。
「とりあえず"命令"しておく。許可を無しに一人で出歩かないこと、知らない人に付いていかないこと。分かった?」
「わかったのじゃ。それくらい子供ではないのだから、わらわは大丈夫だというのに」
「…………」
不満そうにブーブーと言うユキ。
クリスにしては珍しいノーコメントだった。
「わらわはのことは話したのじゃ。ご主人様のことを聞きたい」
「別にいいけど、例えば?」
「むー、まずはわらわを買った理由じゃな」
ムムムと悩んだあとにユキは言った。
「可愛かったから」
「……っ! そ、そうじゃな。わらわは可愛いからな! 愚問であった! でも、ご主人様も中々じゃぞ!」
「ありがと」
即答したクリスに、ユキは赤面しながらも偉そうにふふんと笑った。
嬉しいのだろうというのは誰にでもわかる。背後では黄金の尻尾が膨らんでわっさわっさと揺れていたからだ。
「あとは……そうじゃ! ご主人様はずっとこの町におるのか?」
「いないよ。世界中を見て回るつもりだし」
当然、世界の美少女とよろしい関係になることが目的だ。
「それは好都合なのじゃ!」
「どうして」
「わらわも世界中を旅して"イケメン"を捕まえたいのじゃ! モチロン、命の恩人みたいなものじゃからご主人様が気に入ったら譲っても良いぞ」
「……そうか、それはいいな」
笑顔で答えたクリスの瞳は、地獄の最下層であるコキュートスよりも冷え切っていた。
胸中は嫉妬、憎悪、憤怒、困惑が混ざり合って煮えたぎっている。
当然にクリスはこの目的を遂行させるつもりはない。なんとしても自身に振り向かせるつもりだ。
何より若い時に苦汁を飲まされてきたイケメンを探しているというのが気に食わなかった。千歩譲って美少年(女顔系に限る)ならば、許したかもしれない。
そうして五秒ほど考えた結果、ユキが気に入った相手はこっそり始末することにクリスは決めた。
一方、そんなことを知らないユキはクリスが賛同してくれたと満面の笑みだった。
「わらわはラッキーなのじゃ! こんなに優しく気の合う人がご主人様になるとは!」
「自由になりたくはないのか?」
「うむ、どうせまた一人で旅をしていたら捕まるのじゃ。それならば、このままが良い。もう捕まっておるからこれ以上捕まらないからのう!」
あっはっはとユキは脳天気に笑った。
だが、その内容はあまり笑えないものだった。
そして、何とも言えない表情で固まっているクリスを見て、眠いのだと思ったらしいユキが立ち上がった。
「ご主人様も昼寝するのじゃ。わらわもちょっと疲れた、檻の中だとよく眠れないし」
「昨日からオレもずっと起きてるし、そうするか」
ユキを手に入れるという一心で起きていたが、いざ手に入ってみると安心したのか眠気が出てきたのは確かだった。
それに美少女ボディは以前の肉体より体力がない。貞操の危機の後にバイクで走り続けたのは中々に堪えた。
大半をユキが食べ尽くした料理を宿の使用人を呼ぶことで片付けさせる。
そうして他にも寝る支度を整えてからクリスはベッドに寝転がった。
「わらわはどこで寝れば良いのじゃ」
部屋にはベッドが一つしかなかった。
それも当然、ユキが来る前に取った部屋だからだ。そしてユキが居たとしてもこの部屋を取っていただろう。理由は明白である。
「好きなところで寝ていいよ。別に、ベッドでも」
「ありがとなのじゃー!」
ぼすんっと飛び込むようにしてユキはベッドに乗り込んだ。
計画通り。背中を向けながらクリスはニヤリと笑った。夢にまで見た光景、美少女が横で寝ている!
「……っ!」
寝顔でも堪能しようと、クリスはユキがいる方に顔を向けて、固まった。
なぜならユキは下着すら身につけていなかったからだ。一糸まとわぬ姿で横になっていた。
残念ながら、背中を向けられているために背中や尻、自慢の尾しか見えないがクリスには過ぎた刺激だった。
「……………………」
興奮で顔を真っ赤に染めながらクリスは悩んだ。
後ろから抱きつきたい。柔肌の感触を確かめたい。尻尾に顔を埋めて見たい。
欲求が胸の中を嵐のように渦巻いた。
大丈夫、風呂でもスキンシップしてきたし、これくらいなら許される。
クリスは半ば無理やりに自分を納得させると、手を伸ばした。
尻尾はフワフワだった。そのまま手を進めて、脇の下に手を入れて、一気に抱き寄せる。
スベスベ、いい匂い、とても柔らかい、あったかい。
まさに極楽だった。この日この瞬間のために生きてきたのだとクリスの目から涙が溢れるほどだった。
「ご主人様も脱いだ方があったかい。体を温めるのは人肌が一番なのじゃ」
「………………うん」
長い沈黙のあとにクリスはコソコソと肌着を脱いだ。
そして一度、大きく息を吸ってからさっきと同じようにユキを抱きしめる。
「………………ぐふっ」
全身の穴という穴から血が出そうだった。
肌と肌が重ね合わさったことで味わった感触は濃密で、腹や胸を撫でて来る尻尾は心地よかった。
そして、胸に手を伸ばそうとしながらも直前に行く先をお腹へと変更した臆病者は、その感触を楽しみながらもすぐに眠りに落ちた。