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五話:奴隷もまた曲者

「まずはこちらが賞金になります」


 ドサリとカウンターの上に置かれた大きな袋とその重量感に近くに居たストライダー達は感嘆の声を上げた。

 300万ルクスは熟練のストライダーでも簡単に稼げる額ではないのだ。


 しかし、クリスは表情を崩さなかった。

 この後には更なるボーナスが待っているからだ。


「戦利品につきましては魔結晶が120万ルクス。魔法道具が査定額740万となっております」

「ふふ」


 受付嬢が発した金額にクリスの表情は嬉しそうに崩れた。予想よりも良い金額だった。

 回収した硬貨と合わせれば目標金額に到達する。

 ワインが湧き出す魔法道具もあったのだ。それが高かったのかもしれないとクリスは思った。単なる水を出す魔法道具ならありふれているが、味がつくだけでも一気に希少になる、


「ですが、よろしいのですか? 競売に掛ければもっと高額で売れるのは間違いないと思いますが」

「構わない、すぐに金が欲しいから」

「わかりました」


 そのような理由があるのならば気遣い不要。

 受付嬢は頷くと、よっこいしょという掛け声と共にドサリと大きな袋をカウンターへ乗せた。

 先程よりも更に大きな感嘆の声が響き渡る。

 これだけの金があれば慎ましく生活すれば生涯働く必要はないのだ。


 だが、クリスにこの金をそんな用途で使うつもりは全くなかった。

 クリスの人生は穏やかな草原ではなく、荒れ狂う嵐の丘だ。


「なぁ、嬢ちゃん。どうやったらそこまでの金を手にすることができるんだ?」


 早速、闇市場に出かけようとしたクリフを一人のみすぼらしい服装の男のストライダーが呼び止めた。

 いつもなら当然の如く無視するが、今日のクリフは機嫌が良かった。

 クルリと回って振り向くと言った。


「この可愛さ、それに才能」


 満面の笑顔でクリスは言い切ると建物から立ち去った。

 そして質問した男は次の日に故郷へ帰り農業を始めたという。

 






 クリスは浮かれきっていた。

 テンションが上がりすぎて徹夜で町まで帰ってきたというのに微塵も眠さを感じていない。

 最高にハイという奴だ。荒くれ者に絡まれても苦しまずに殺してやるくらいには機嫌が良かった。


 昼間なために人手が少ない闇市を一目散に歩く。

 辿り着いたのは当然の如く奴隷屋、ためらいなく中へと足を踏み入れた。


「おぉ、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「約束の……っと、金だ」

 

 迎えた奴隷商に挨拶をすることもなく、クリスは鞄からいくつもの貨幣が詰まった袋を取り出した。

 まさかすべて現金払いとは――机が歪むほどの重量に男は唖然としながらもすぐに笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。……では、商品を用意しますので」


 魔法道具により全ての袋の中身を確認した後に男は店の裏へと回った。

 しばらくすると狐耳の少女を連れて帰ってきた。少女は以前のような一糸まとわぬ姿ではなく、ミニスカートの奇抜な着物を着ていた。

 そしてその表情はどこかホッとしたものだった。クリスが約束を取り付けた後に何か脅されていたのかもしれない。


「調べますか?」

「いや、いい」


 奴隷商の言葉にクリスは首を振った。

 彼を信用していないわけではない。既にジグソーによって調べ終えていたからだ。

 少女の肉体は至って健康。少しばかり空腹なようだがそれだけだ。

 どうやら奴隷商はしっかり約束を守っていたらしい。


「では、奴隷紋の移譲をします」

「あぁ」


 奴隷紋とは一種の契約魔法である。

 主人と設定された者が奴隷と設定された者に命令をする。精神感応魔法が応用されており、奴隷側がその命令を破ったと認識すれば罰が降る。

 あくまで奴隷側の認識に依存するために抜け道はあるが、深層意識まで作用するためによほどの特殊な訓練を受けた者でなければ突破することは不可能だ。


 そして契約魔法であるために双方の同意がなければこの魔法は結ぶことはできない。

 しかしそれは大きな問題にはならない。奴隷側は痛みや死を同意との天秤にかけられ、強制的に頷かされることになるからだ。


「よろしければ、お手を」

「うむ」


 奴隷商は手の甲に浮かぶ幾何学模様の痣のような印をクリスへと向けた。

 少しばかり真剣にその印を見たあとに、クリスは手の甲を重ねた。小さな発光。次の瞬間にはクリスの手の甲に印が現れていた。

 何度か印に触れたあとにクリスは満面の笑みになる。


「さぁ、行くぞ! こんな薄汚い場所にいつまでもいれば醜くなる。話はうまいものでも食いながらだ!」

「……っ、行くのじゃ!」


 クリスにしては珍しい邪気のない笑みに釣られたのか、狐耳の少女も笑みを浮かべて元気に言葉を返した。

 

 勢いよく掴まれた手に少しだけ狐耳の少女は体を震わせながらも、しっかりと握り返して歩き始めた。



 †



 活気付いた町をを切り裂くように歩いた二人はクリスが愛用している最も町で高価な宿に辿り着いた。

 丁寧に磨き上げられた魔木による建造部は学の無い者にも美しく感じられ、内装も高級感と清潔感に溢れていた。


「しばらくしたら料理を全メニュー頼む。あぁ、サラダとかはいらないけどな」

「承りました」


 宿の受付にいる美女へとクリスは注文をした。ちなみにクリスは野菜が嫌いだった、ユキも似たような好みなのか特に不満そうにはしていない。

 

 この五階建ての宿の一階には高級レストランが入っているのだ。サービスとして部屋へ料理を運ぶことも行われていた。

 せっかくなのだから二人きりで食事を楽しみたかった。


「まずは風呂だな、食事の前に綺麗になるべきだ」

「同感なのじゃ!」


 クリスの純粋な欲望からの提案は受け入れられた。

 部屋にはバスルームが用意されていた。

 シャワーだけではなく香木の湯船まで設置されている本格的なもの。

 脱衣室で二人揃って衣服を脱ぎ始める。同性なのだ、狐耳の少女は特にためらいもなく脱いでいた。

 一方、クリスはヤク中のように手が震えて顔は茹だったタコのように赤かった。


「こ、これが……」


 これが生の女の子。自身の身体も美少女ボディではあるけど、人のはやっぱり違うとクリスは思った。

 養殖物と天然物くらいの違いがあると思った。

 クリスは完全に舞い上がっていた。百年以上も童貞を貫き通してきた男には自由に触れて、見ることができるという状況は刺激が強すぎたのだ。


「どうしたのじゃ? 恥ずかしいなら妾は後でも良いのじゃ」

「いいいい、いやいい。ダイジョブ、イッショハイル」

「ぜ、全然大丈夫そうではないのじゃ……」


 ここで引くわけにはいかなかった。

 美少女と二人で風呂に入れるチャンスを逃すようなクリスではない。


 覚悟を完了したクリスは一瞬にして全ての服を脱いだ。

 まさに一瞬である。服が肉体を通り抜けて落ちたように見えた。その早業に夢でも見たのかと狐耳の少女は目をこするほどだった。


「思ったよりも大きいのじゃ」

「ここは町一番の宿だからね」


 二人は浴室へと入った。

 そこは二人で使用するには少し手狭だが、一人で使う分には十分に広い空間だった。

 湯船も足を伸ばせるほどには大きい。そしてその絶妙な狭さがクリスの興奮と期待を高め続けていた。

 この狭さなら思わずタッチしても事故で済む、というより肌と肌が触れ合うことは仕方のないことだからだ。クリスはそう思っていた。


「湯船の前に……洗ってあげるのじゃ。ご主人様だし」

「…………オネガイ」

「うむ、毛づくろいは得意だから期待してもよい」


 クリスはあまりの興奮に鼻血を垂らしながら椅子に座った。まだ湯船に入っていないというのに既にのぼせているようだった。


 クリスがドキドキとしながら待っていると、丁寧に頭へお湯が掛けられる。次いで、ハーブの混ぜられた石鹸で泡立った小さな手が頭皮へ触れた。

 人において心臓と等しく重要な箇所である頭部。人に触れさせたことなど記憶のある限りでは一回もない。

 狐耳の少女は奴隷であるがクリスは一切の命令をしていないのだ。その気になれば、両の手から魔法を放ち、一瞬で命を奪うこともできるだろう。


 その命を握られているという危機感、更に柔らかく小さな手に優しく触れられる快感。それらがごちゃ混ぜになってクリスの思考停止させていた。


「どうじゃ。うまいものじゃろ?」

「ウン」

「うむ、そうじゃろうそうじゃろう。子狐たちをいつも世話しておったからの、慣れたものなのじゃ」

「ウン」

「…………」

「んっ! な、なにを」


 不意に少女の手がクリスの胸を撫でたのだった。自慢話をまともに聞かなかったことにご立腹なのだった。

 ご主人様であろうと関係はない。むしろご主人様だからこそ先手を打っておく必要があると少女は思っていた。

 何よりこのご主人様は初心だと少女は察していた。


「身体も洗ってあげるのじゃー」

「か、からだも……」

「隅々までじゃ。もちろん嫌なら止める」

「……イヤジャナイ」


 当然ながらクリスに断るという選択肢はなかった。まさか夢の中にいるのだろうか、そのようなことを思っていた。

 あって即座に触れ合えるとは完全に予想外だった。


「うむ、たっぷり毛づくろいしてあげるのじゃ」


 弱った者を狙うのは必勝の戦略であり、獣としての本能である。

 混乱の極みに達したご主人様を逃すことなどせずに、少女は意地悪く笑いながら両手を動かした。

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