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四話:訪れる貞操の危機

 洞窟へ侵略開始したクリスは視界に映る者を片っ端からジグソーで串刺しにした。

 奇襲とはいえ、避けられる奴が一人としていない。大したことのない連中だと嘲笑った。


 この程度ならばジグソーによる索敵も必要ないとクリスは判断した。あれは広範囲を常にジグソーで読み取るという都合上、情報量が多すぎて頭が痛くなる上に魔力の消費も激しい。


「むっ」


 クリスは嫌な予感がして、曲がり角の前で足を止める。不自然に静かになった気がした。

 ジグソーで先を探って見れば、数十人くらいの武装した人が固まっていることがわかった。

 

 待ち伏せか、雑魚どもの考えそうなことだとクリスは思った。

 獅子が兎に囲まれたところで何も恐れることはないというのに。

 宇宙だって、大きな星を中心にして小さな星が回るのだ!


 クリスはとても楽しそうに笑った。それはまさに獅子が牙をむいた姿だった。


鏖殺(ミナゴロシ)だ!」


 ジグソーで待ち伏せ地点の天井、地面、左右から一斉に土杭を発生させる。

 そして響くのは地獄の叫び。それを聞いたクリスはザマアないぜと笑った。

 これで一掃できたかもしれない。

 ただ、首領がこれで片付いてしまっているのは困る。流石に自身が認識していないものまでハンタープレートも認識してくれなさそうだからだ。


「うっ」


 曲がり角の先は血の海になっていた。

 血と混ざり合った臓物の臭いで鼻が曲がりそうだ。

 

 この中で目当ての死体を探すのは骨が折れる、というかやりたくない。

 クリスはこの場所を一旦後回しにして、洞窟を虱潰しに歩くことに決めた。

 そう思って歩いていると一つの人影が視界に入る――と、同時にジグソーで串刺しにした。

 それにしても一人だけ離れていたのは不自然だ。

 もしかしたら目当ての奴かもしれない。そうだとしたらとても嬉しい。

 

「んー?」

 

 クリスはウキウキとしながら死体の顔を確認する。

 人間。男。三十代半ば。短い黒髪。顔に月を象った刺青。獲物は毒物が付着したナイフ。


 こいつで確定だ。ギルドで知った情報からしても間違いない。何よりこのナイフがあだ名である毒牙だろう。

 毒物を生成する異能でも持っていたのかもしれないが、今となってはどうでも良いことだった。

 死体はナイフを振るわないのだから。


「これで300万だ! あとはお宝でも漁っ――て?」


 クリスは首に熱を感じた。頭がくらりとする、全身から力が抜ける。

 体内の魔力が乱れて、ジグソーがすぐに発動しない。

 これは――毒だ。斬られた。なぜ。

 今――頭領ならば殺したはずなのに。


「はっ、油断したな嬢ちゃん。それにしてもここまで殺られるとは思ってなかったぜ」


 全身から力を奪われ、仰向けに倒れたクリスを見下すのは見知った顔だった。

 先ほどに全身を貫かれて殺したはずの男。死体が喋っている。

 いや、腐臭は消えていない。つまりは――もう一人いたのだ。


「双子……?」

「いーや、違うね。言うならば分身の術だ。実体のある幻影とでも言おうか」

「……喋っていいのか?」

「いーんだよ、どうってことはないからなァ」


 盗賊団の頭領は自慢するように、誇るように語った。


 なるほど――これは強力な能力だとクリスは理解した。

 まず知らなければ殺したところで気を抜いてしまうし、そうでなくとも単純に倍の力になる。

 まぁ、ジグソーでしっかりと索敵していれば防げた事態ではあるが……。


「はっ、女は売っぱらった後だしよ。これからいなくなった部下の補充もしなきゃならねえ。ならよ、まずしなきゃならんことはなんだと思う?」

「…………」

「答えろよテメェッ!」

「ぐっ……」


 クリスは横腹を蹴り飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がった。

 幸いと骨は折れていない。が、クリスの中で煮え滾るマグマのように怒りが湧いた。

 このクズ野郎、絶対に生かしておかない。


「安心しな、顔は綺麗にしといてやるからよ。散々使って飽きたら売る時のためにな」

「死ね……うっ……」

「いつまでその強気が続くかな」


 再度、腹を踏みつけられ、芋虫のように丸くなったところを無理矢理に仰向けにされる。

 続けて振るわれるのは白刃。胸元が寒くなる。服が斬られてクリスのなだらかな双丘が露わになった。

 苦労して作り上げた美少女ボディを見られたことで、クリスの怒りが更に高まる。


「けっ、ガキだな」

「…………」


 完熟せず、それといって青すぎもせず。ちょうど中間に属するこの膨らみかけの胸の良さがわからないとは言葉もなかった。心の底からこの男をクリスは軽蔑した。

 そして、怒りと別の感情が胸中にうず巻き始める。

 焦りだ。このままではせっかくの美少女ボディが"取り返しのつかないこと"になってしまう。

 それもそう遠くない未来に。


「まぁ、それでも全くないよりゃマシか……」

「……っ」


 気色の悪い感覚が胸部を奔った。

 同時にピチャピチャとした濡れたような音が響き、それが止むまでの間にクリスは必死に吐き気を我慢していた。

 我慢の要となっていたのは強烈な怒りだ。怒りを糧に屈辱を耐える。

 そうしてしばらくすると盗賊団の頭領は満足したのか唇を腕で拭って、自身の下履きへと手をかける。


「記憶に残るようにそのまま突っ込んでやるよ。なぁ、どうせ殆ど経験もねえんだろ?」

「や、やめろ!」

「遅かったな」


 嘲笑するような言葉と共に、クリスのズボンと下着があっさりとナイフで切り裂かれる。

 恐怖と動揺から反射的に脚を閉じれば、一瞬でこじ開けられた。

 クリスしか未だに見たことも触れたこともない場所が露わになる。


 少し先の未来を想像したことでクリスの全身から嫌な汗が吹き出した。

 ――マズイマズイマズイ。流石にこんな汚っさんがこの美少女の初めては嫌だ。そもそも男にやられるのが嫌だ。

 オレが男でも許すのは女装の似合う美少年のみ。それ以外の男は等しく許さない!

 クリスは生涯で初めての絶体絶命に陥っていた。


「こっちまでガキかよ。チッ、これじゃ萎えちまう。おい、口開け。歯を立てたら抜くからな」

「……っ」


 クリスは必死に顔を背けた。

 汚物が顔に近付けられる。異臭がする。視界に入れたくもない。

 だが、既にもう目と鼻の先に近づいている。頭を抑えられた。必死に口を閉じているがその抵抗も数秒すら保たないだろう。

 ――はやく早くはやく早くはやく!


「間に合ったッ!」


 クリスの視界が返り血で真っ赤に染まる。もちろんクリスのものではない。

 男の全身に突き刺さった土の杭が、男を穴の空いた血袋へと変えたのだ。


「ぐ、おおおっ!」


 男にわずかながら残った力で振るわれるのは毒のナイフ。

 その決死の刃は寸分違わずにクリスの動脈へ命中した。


 だが、それまでだ。

 皮膚に触れた瞬間に刃が砂のように崩壊していく。

 クリスは当然にその程度のことは対策していた。

 また、他に分身体が存在しないことも確認済みだ。


「な、なぜ……毒で魔法は……」

「確かに、お前の毒でオレの魔力は乱れてまともに制御できなかったさ」


 クリスは鬱憤晴らしに男に刺さった杭を少しずつ太くしながら会話を続ける。


「だがね、制御できなかったとしてもオレが一から作り上げた肉体が対象なら別だ。少しずつならどうにかできる…。そして、体内の毒を無害なものに作り変え、正常に魔法が機能するようにした。まぁ、とは言ってもギリギリのタイミングになってしまったが……ん?」


 気付けば男が動かなくなっている。しかも太くしていた杭が男の体を引き裂きバラバラにしていた。

 つまらん奴だとクリスは唾を吐きかけた。人の話を最後まで聞かずに死んでしまうとは。


「ふぅ……」


 しかし、これでやっと一息つくことができる。

 それにしてもビビった。気付けばクリスの股からブーツに掛けて血ではない液体で濡れているほどだった。

 

 まさか、たった一ヶ月も経たないうちにこの美少女ボディが汚されそうになるとはクリスは思ってもいなかったのだ。

 予想外の危険度だ。だが、自身が今までに美少女を守護るためにアホどもを始末していたのは正しかったと再確認できた。

 これからも未だ出会わぬ美少女達のために地道に活動していくことを心に決めた。


 さて、時は金なり。

 いつまでも休むわけにはいかない。

 クリスはいつのまにか濡れていた目元を拭って、斬られた服を繋げて、汚れた身体を綺麗にして立ち上がる。


「……よし。今度こそ300万をゲットだ。お宝はどこかなっと」


 ゴミのことはもうどうでもいい。賞金以外のことは忘れることにクリスは決めた。

 だいたいこういうものはすぐに持ち出せる場所に置いてあるものだ。

 よって、この洞窟の奥にあるだろう緊急避難の隠し通路の近くにあるはずだ。


「よしよし」


 クリスの思った通りだった。鋼鉄の扉により堅牢に守られた場所。

 ジグソーにより一瞬でバラバラにして突破した先には多くの"魔法具"や"高純度魔結晶"やルクス硬貨が保管されていた。


 金銀や宝石には大した価値はない。魔法や異能があれば簡単に作り出せるからだ。

 クリスのジグソーがその代表である。ダイヤモンドなどは特に楽勝だ。


 よって、価値があるのは簡単には作り出せない希少価値のある物になる。

 それが例えば魔法具だ。高度な魔法陣が組み込まれた物は職人と手作りであり、複製は困難で実用性も高い。


 また、高純度魔結晶という主に魔石鉱山から発掘される固形化した魔力の塊も高価だ。魔法具の燃料にしたり、大量に魔力を消費する魔法で使用したりする。


 クリスは根こそぎ宝物庫にある物を鞄に詰めた。

 空間拡張魔法の掛けられた鞄は重さも感じず、中の広さも圧倒的に大きくとても便利だ。

 問題は凄腕の魔法使いしか作れないためにとても希少で高価だということだけだ。

 この盗賊団も持っていないようだった。


「これだけあれば、もしかしたら金も足りるかもしれんな」


 どれほどになるかは俗世から長らく離れていたクリスにはわからない。

 だが、硬貨だけでも100万以上はあったから期待はできるはずである。

 それに、処女を奪われそうになるほどの危険を犯したのだからそれくらいの見返りは得てもいいはずだとクリスは思った。

 

 そうしてクリスはウキウキとした気分で町を目指した。

『異能力図鑑:No2』


【能力名称】ムーンチャイルド

【能力内容】月の出ている時間帯に限り自分の分身を作り出す能力。

分身は使用者の身体能力、技術、魔力量、行動傾向、健康状態、装備を引き継ぎ、半自動で行動する。

分身は任意で破壊することができ、任意破壊の場合は分身の見聞きした情報を得ることができる。

分身の生成には月の満ち欠けによって最大で一時間を必要とする。

現在の使用者の熟練度では最大に一体しか作り出すことができない。

【評価値】

《ダメージ:F》《レンジ:A》《スピード:D》《スタミナ:B》《レア:B》

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