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二話:運命の出会いには大金が必要

「うーーーーん」


 金は溜まった。

 昨夜だけで30万ルクスという平均的な町民の年収に相当する額を稼いでいる。

 だが、違うのだ。

 クリスが期待していたのは金が集まることだけではない。

 美少女も集まってくる予定だった!

 だというのに、客はムサイ男ばかり。

 美少年ならまだしも、どいつもこいつも薄汚れて汗臭い奴ら。

 

 どうなっているのだろうとクリスは悩んだ。

 美少女の元には美少女が集まるはずなのに……。

 もしかして、美少女の元に美少女が集うというのは幻想なのか?

 いや、そんなことはない。美少女達はきっと集まってイチャイチャしているのだ!

 まだ、目立ち始めて1日目。声をかけそびれた可能性はある。

 もうしばらく頑張ってみようとクリスは思い直した。





「ああああああああぁぁぁ!」


 そして一週間後、夜の町でイライラを爆発させているクリスがいた。

 来ないぞ、どうなってやがる!

 それどころか商売するなら税金払えと町の衛兵に売り上げの三割を持っていかれた!

 イライラが止まらない。これだけやっているのだから声が掛かっても良いはずだ。

 だというのに来るのはどうでもいい男ばかり。


「ムカつくムカつくムカつく!」

「お前がクリスだな?」

「あ?」


 クリスが道端の石を蹴り飛ばしたところで不意に男の声がした。

 見上げれば顔に刺青を入れたアホそうな男が二人。

 クリスはあまりのバカらしさに心の底からため息を吐いた。これから起きることなど容易に想像できる。


「俺たちと遊ぼうぜ」

「ちょっとこっち来いや」


 腕を強引に掴まれ、引きずるように路地裏へと連れ込まれた。

 時間は夜、彼らにとっては鴨が葱を背負ってるようなものだろう。

 獲物の異能は物を直すという攻撃性に欠けるもので、連日の稼ぎで懐は暖かく、何より美少女なのだから。

 クリスは抵抗しなかった。そのほうが彼らにとっても、自身にとっても都合が良いからだ。


「へへ、おとなしくしてれば命までは……あえ?」


 クリスの腕を掴んでいた男が間の抜けた声を出した。

 男の視線は自身の右腕に向かっている。しかしそこには美少女に触れているはずの右手がなかった。


「探してるのはこれか?」

「お、おれの右手が!」


 クリスは見せびらかすように片手で持った男の右腕を振り回した。

 ジグソーによって男の右腕と胴体を分離させ、再構成を行わなかったのだ。魔力の少ないチンピラ相手ならばこんなことは容易く行える。


「てめぇ、なにしやが――――」

「暴れるんじゃない」


 動こうとした二人の男に向けて左右の壁と地面から鋭い石杭が射出される。全身を死なない程度に貫かれた彼らは身動き一つ取れずに呻いた。


「とは言っても、動けないだろう。手を出す相手を間違えたな」


 塗装された道や、左右の建の一部がクレーターのように凹んでいる。

 これらの石材を分解して石の杭として再構成することで奴らを拘束したのだ。

 それと同時に、路地裏への道は壁を作り出すことで封鎖している。

 邪魔者が入られても興ざめだ。

 今のクリスは無性にイライラしていた。

 

「ゆ、ゆるして……」

「なに? オレがもしそのように懇願したらお前たちは聞いたのか? 違うよなぁ? 今までにも何人もの女の子を泣かせてきたんじゃあないのか?」

「そ、それは……」

「だから、これもその報いだ」


 腕を分解した男にクリスは触れた。

 すると、触れた部分から男の肉体がグズグズに崩れ始める。

 ジグソーによる極小単位の分解、そして"組み直し"が始まる前にクリスは能力を中断したのだ。組み直さなければそのままで元に戻ることはない。


「ヒィヤァァァァ!タズゲテ!タズゲテグレ……ァァァ……」


 絶叫を上げながら肉体を崩壊させていく男。

 最終的にただの水とタンパク質とその他の物質になった。

 その様子を震えながら見ていたもう一人の男はアホのように涙とヨダレを流し、失禁をしていた。


「さてさてさて」

「ヒィッ」


 クリスの声が響くと男が正気を取り戻したのか口を開いた。

 

「た、助けてくれ! 金だってやる、アンタの僕として何でも……」

「ダメだね、お前らみたいなバカが女の子を食い散らかすせいでオレにまで回ってこないんだ。絶対に許さん」

「もうこんなことはしない、だから!」

「信用ならん。誰がお前らようなクズを信用するか」


 クリスは男の顔面を殴りつけると同時にジグソーを発動する。この能力は生物に使用する場合は触れなければいけないのが難点だ。

 そうしてこの場に残ったのは肉塊にすらなっていない物質の山が二つ。

 それらを地面に埋めると同時に石の棘をもとに戻し、路地裏への道も元通りにする。

 これで後には何も残らない。


「全然スッキリしないな」


 むしろイライラが溜まってきた。

 無駄なことに時間を使わされた感がすごいのだ。

 

 クリスはパーっと何かをすることに決めた。

 税金ドロボーに金を取られたとはいえ、懐はまだ温かい。

 ちょうどこの時間ならば闇市が開いているというのもある。


「よっと」


 即席で作り上げたフードを被り、素顔を隠した。

 クリスのような美少女が闇市にいれば、逆に怪しすぎて誰も絡んでは来ないだろうが、念のためだった。今日はもう馬鹿の相手はしたくない。


 闇市。町の中でも川から遠い貧困層が住む地域に存在する違法な市場である。だが、その存在は半ば黙認されており、度を過ぎた犯罪行為が行われない限り衛兵が乗り込んでくることはない。

 下手に取り締まることで闇市の住民達が拡散することよりも、集めておいたほうが管理しやすいからだ。

 闇市側もそれをわかっているのか凶悪な犯罪者が出た時には操作に協力するなどしている。


「さてさてさて」


 露店には色々なロクでもないものが多く並んでいた。


 ヒュプノス草。摂取した物を幸福な夢の中へと連れて行くが、稀に良くひどい悪夢を見せる。

 トラフきのこ。そのかぐわしい香りを嗅ぐと発情するキノコ。気になるあの子と一発やりたい時に使う。クニャクニャした感触で甘い味がする。

 ステランの肉。乱獲により絶滅の危機にあるために販売が禁止されている魔物の肉。脂がのっていてとても美味しい。

 人間ではないが人族だろう生き物の頭蓋骨。後頭部にヒビが入っているところを見るに明らかに自然死ではない。

 いかにも盗品な魔法道具。興味がないしいらない。

 狐耳の生えた全裸の少女。かわいい、きっと攫われてきたのだろう。

 犬耳の生えた全裸の男。いらない、視界にすら入れたくない。


 ろくなものがないとクリスはため息をついた。草食って幻の美少女を見たところでむなしくなるだけだし、発情させる相手もいない。

 肉は悪くないが、クリスは料理ができない。


「ん、まて」


 ろくなものがあった気がすることにクリスは気付いた。

 犬耳……じゃない、狐耳の美少女!


 クリスは奴隷を持ちたくはない。奴隷が相手なら無理やり童貞を卒業することは可能だ。

 だが、それは違うのだ。

 クリスは合意のもとに愛をもってやりたい。されど、醜男が奴隷を買ったところで下心が丸見えだし、相手が好感を抱くこともないだろう。


 しかし、美少女ならどうだ。

 純粋に慈悲の心から買ったと思われて好感を抱かれる可能性は十分にある、というか間違いない。

 お姉様……どうか、私と……というような展開になるかもしれない。

 これはきたぞ、っとクリスは思った。そうと決まれば善は急げ、早速向かうことにした。

 

 闇市の中にある店はどれも外観が古臭かったり汚らしい。

 その中でも店頭に鉄格子の檻を置くという類まれなセンスをした店が奴隷商店だった。


「あの、それは?」

「おっと、お客様かい。ちょうど良いところにきたねぇ」


 クリスの声を聞いた肥え太った店主は媚びへつらうように笑みを浮かべて言った。

 クリスを歪んだ性癖の良いとこのお嬢様だとでも思っているのだろう。生活に余裕がある者を相手するのは踏み倒されるリスクも、いちゃもんをつけられることもないために都合がいいのだ。


「この娘は攫ってきたばかりの上物ですぜ。もちろん何も手を出しちゃおりません。新品の健康体ですよ」

「触っても?」

「もちろんですが、お手柔らかに」

「わかっている」


 檻に閉じ込められているのは狐耳と尻尾を生やした少女。

 腰まで伸びた髪は金糸のようで、その恐怖に淀む双眸は透き通る蒼玉。

 わずかに胸が膨らむだけの幼い身体に透き通るような白い肌。

 腰から生えた尻尾はフサフサで髪と同じ金色だが、先だけが白い。


 思わずクリスは鉄格子の隙間に手を伸ばした。


「おっと、手がすべった」


 手から伝わるのはムニッとしたやわらかく温かい感触。

 その感触に感動したクリスは数秒の間、思考が停止した。

 

「むっ」


 一方、触られた少女はクリスのことを訝しむように見ていた。

 ……一気に警戒されてしまっていた。

 あくまで事故を装ったクリスの作戦は完全に失敗していた。


 しかし目的は果たした。

 ジグソーの副産物的効果による対象の状態の読み取りによれば、少女は至って健康体だ。触れながら発動したことで精度が増しているから偽装は不可能。

 どうやらこの商人は嘘をついていないらしい。とは言っても、ここまでの上物ならば偽装をしたり傷つけたりするのは馬鹿のすることだ。

 黙っていても高値で売れるのだから余計なことはする必要がない。


「ちょっと喋らせてみて」

「わかりやした。おい、自己紹介しろ」


 男に睨まれながら命令された少女はピクリと跳ねながら言った。


「わ、わらわは恋雪(コユキ)なのじゃ。ご主人様にいっぱいご奉仕――――」

「彼女の値段は?」


 最後まで少女の言葉を聞くまでもない。

 クリスの理想がそこにいた。


「え、あぁ。1000万ルクスです」

「むっ」


 ぼったくりめ。クリスは胸中で毒づいた。

 しかし、クリスに選択肢は残されていない。

 答えは決まっている。


「1200万出す。金を持ってくるから十日後まで確保しておいてくれ、何としてもだ! これは取り置き料だ」


 クリスは今までに稼いだ金の殆どを男に突き出した。

 少女の値段からすれば少ないものだが、十日置いておく維持費と比べればかなりの儲けだ。

 男は驚きながらも笑みを浮かべて丁寧に頷いた。


「わかりやした。お待ちしております」

「万全の状態で保管しておけ、少しでも傷がついていたら……潰す。物理的にな」


 クリスは全身から強烈な殺意を込めた魔力を放出する。本気の思いが伝わったのか、それなりに修羅場をくぐってそうな男はコクコクと頷いた。

 

 そして、更に一睨みをしてからクリスは闇市場を後にする。


「どうすっかな」


 あと十日で1200万ルクス。現実的に厳しい数字だ。まともな手段では稼ぐことはできないが、諦めることもできない。

 自身の夢にまで見た存在がいたのだ。

 クリスはいざとなれば奴隷商を殺害することも考慮に入れているが、穏便に済ませるに越したことはない。


 少なくともここ一週間使っていた稼ぎの方法では無理だ。武具を直すのでは端金しか稼げない。

 どうする――――大金を稼ぐにはどうする。

 バイクや持っている魔法具を売ればそこそこにはなるし、足りるかもしれないがあまり取りたい手段ではない。

 特にバイクは二度と手に入らない可能性がある。


「硬貨をジグソーで造れればなぁ」


 世界で流通しているルクス硬貨という物は人が造ったものではない。

 突如として空から降ってきたり、地面に落ちていたり、埋まっていたり、魔物が持っていたり、ポケットに入っていたりする。

 なぜそんなものが貨幣として使われているのかと言えば、完璧に統一した規格で造られている上にそれ自体に価値があるからだ。

 ルクス硬貨は魔力を金属に似せて固形化させたものだ。故に魔法具の燃料にしたり、魔法を使う時に自分の魔力代わりにすることもできる。

 また、どこの国家が造ったものではないために流通量の操作なども行われにくいため公平性も高い。そうした理由から今では世界中のどの国でも使用されている。

 

 ジグソーは魔力に関するものを弄るのは不得意だ。

 少なくとも今のクリスの技術ではルクス硬貨は複製できない。


「できないことを考えても仕方がないか」


 盗みをやるか。だが、盗品は足がつくから盗むとすれば現金。現金が大量にある場所など、この町には一つしかない。集めた税金などを保管している役所だ。当然に警備は厳しいし、バレれば二度と連合に所属している町には入れなくなる。


 ストライダーとしてハントをするか。凶悪な賞金首を討伐すればその額はとても高い物になる――が、当然に額が高いということは危険度も高い。


 選択肢は少ない。

 極限の二択だが、クリスはストライダーになることを選んだ。

 どちらとも死ぬリスクは存在するし、犯罪者にならないだけストライダーのほうがマシだ。

 何より確実に金庫に貼られている魔法結界はジグソーと相性が悪い。

 ジグソーはクリス以外の魔力が混ざってい物質には効果が極端に落ちる。

 先程のチンピラのように圧倒的な差があれば話は別だが。



「明日だな」


 もう日が完全に落ちている。

 早朝に組合へ行って登録を終えたあと、即座にハントへ出ることに決めた。

 一応、十日と期限は設定したが早いほうが良いに越したことはない。万が一というものはある。


 明日からは忙しくなる――クリスは胸の高鳴りを感じて笑った。

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