一話:町へ行こう
「……うーん、飽きたな」
美少女になってから三日が経ってヒースクリフは落ち着いていた。
いわゆる賢者モードになっていた。
この三日間、ひたすらに"自身を燃料"に鏡の前で自家発電をして楽しんでいたのだが、虚しくなってしまったのだ。
確かに未知の感覚と美少女を好き放題できるのはたまらないし、実際に素晴らしかった。
だけど、自分自身には変わりない。
どう動くのかわかっているものは見てもつまらないものだ。
「よし、外に出るか」
研究も終わってここにいる理由はもはやない。
類は友を呼ぶという言葉が存在する。
つまりは、美少女には美少女が寄ってくるというわけだ。
ヒースクリフは何だか楽しくなってきていた。
ウキウキしてくる、これからオレには蜂蜜色の人生が待っているのだ。
フリルのスカートを揺らしながら美少女達とあらあらうふふとたわむれる光景を幻視する。たまらんなぁ。
基本的にヒースクリフの脳内はお花畑だった。
やると決めてからのヒースクリフは一切迷わない。
すぐさま、金目の物を空間拡張魔法の掛けられた袋に入れて旅支度をする。
そして旅には"足"が必要だ。
「おら、動けってんだよ!」
洞窟にはガンガンと金属を蹴りつける音が響いていた。
ヒースクリフが蹴っていたのは"バイク"だ。後輪が二つで前輪が一つの三輪で、真紅のカウルがコテコテに付けられた、積載量に優れたタイプである。
遥か昔に存在した高度な技術で作られた"遺物"だ。
だが、買ったのが100年以上も前のためか魔力を電力に変換するエンジンが起動しなかった。
ざっと見て壊れているところや錆びているところは直したのだが、ヒースクリフがこの道具の仕組みをよく理解していないために完璧とはいかない。
ヒースクリフの専門はあくまで人体だった。
それでも何度か細い足でスターターを蹴りつけているとようやく起動した。
「力が足りなかったのかもなぁ」
最後は蹴った時の音が違かった気がした。
肉体の力は醜男だった時と比べて格段に落ちているし、ありえない話ではない。
それに、魔法での身体強化を使ったのは何十年も昔で感覚が鈍っている。
「忘れ物って言っても……何にもないしな」
ヒースクリフは無骨なゴーグルと簡素なズボンとジャケットだけを見にまとった。
とても芋臭い感じだったが、美少女の姿ならばどんな姿でも似合う。
美少女はマジで最高だと彼は再確認した。
洞窟に大きな駆動音を響かせてヒースクリフは走った。
外に出れば、乾いたように輝く太陽で目がくらみ、氷のように冷たく流れる風で身体が震えた。
だが、悪くはない。それどころか爽快とした気分だ。
ヒースクリフはポケットの中にある小さなスイッチを押した。
背後で轟く大爆発の音、長い間にお世話になった洞窟が崩落したのだ。
ヒースクリフは研究成果を誰かに譲るつもりはなかった。
同じ異能でなくても、優れた魔法使いならば同じことができるかもしれない。
中身がおっさんの美少女が大量増殖するのは嫌だった。天然物の美少女が良い。
「まずは人のいる場所を目指すか、向こうだったかな」
アクセルを全開にして走り続ける。美少女になってからの運転は初めてだったが、何とかなりそうだった。
まあ、転んで怪我をしたところで傷は異能で治せる。痛いだけに過ぎない。
問題は転ぶことよりも"魔物"だ。
人の魂を貪り食うために徘徊する化物、町の外は彼らの生息圏内であり、領土なのだ。
見つかり次第奴らは本能のままに襲ってくる。
ヒースクリフは長年生きているために異能の使用に精通してはいるが、この百五十年に戦闘の訓練を積んできたわけではない。
きっと、とても強い魔物に遭遇すれば死は免れない。
だが、大したことのない敵――そう、目の前にいる奴みたいなのであればどうとでもなる。
二メートル近い人型の影が三つ。シャドウだ。
人の負の感情が魔力によって魔物となったと言われている。夜に遭遇すれば難敵ではあるが、姿が丸見えの昼であればどうということはない。
動きは早くない、耐久力も高くない。怖いのは手の爪部分に存在する神経毒のみ。
ならば、話は簡単だ。
ハンドルの中央部に引っかけられたコードが伸びるスイッチを押した。
その瞬間、バイクの前面カウルに存在する二つの穴から閃光が奔った。
「ギィギャッ!」
バイクに内蔵された"魔法銃"による射撃である。
操縦者であるヒースクリフの魔力を吸い取り弾丸へと変化して射出。目前のシャドウへ大きな風穴を複数開け、絶命せしめたのだ。
「ふぅ」
しかし、シャドウがいたというのは朗報だ。
こいつらの大元は人の負の感情、つまりは近くに多くの人が存在しているということ。
ジグソーで食い物は作れないこともないために飢え死にする心配はない。しかし、外にいる時間はそのまま魔物のリスクになる。
向かっている方向が正しいのは幸いなことである。
そうして辿り着いたのは見覚えのある大きな町。
国境付近にある上に中央を大きな川が通るという交易の中心点であり、商業を中心としてとても活気がある。
「美少女だし抜かしても問題ねーかな?」
ヒースクリフの視界の先には門番の荷物検査を待つための列が作られていた。
特に荷物もないというのに、乗り物に乗っているという理由だけで商人用のチンタラした列で待たされているためにイライラが頂点に達しようとしていた。
美少女ならば何やっても許される気がするし。という、酷く勝手な理由で強引に突破することを決めたヒースクリフはエンジンをアクセルを回した。
そうして先頭にまで回り込むと、軽薄そうな顔をした門番と、やっと順番が回ってきたのだろう肥え太った商人も表情が固まった。
「わたしー、乗り物があるだけで商人とかじゃないんですー。ほら、荷物とかないでしょ? 入れてくれませんか?」
演技感丸出しである。とても頑張ってみたが、ヒースクリフは自分でやっていて吐き気がしてきていた。
だが、いつしかこういう美少女らしい?擬態も求められる時が来るはずだと自分を納得させる。
「あ、あぁ。だがね、これには順番が……」
「お願いしますっ!」
チッ、美少女がお願いしてるんだからさっさと許可しやがれ。ヒースクリフは心の中で舌打ちした。
イライラしながらもダメ押しの言葉をかけるとようやく門番は頷いた。
「で、では持ち物検査を始める」
「どうぞっ」
下卑た笑みを浮かべた門番がヒースクリフの身体に触れた。
中身がおっさんどころか老人だということを思えば、哀れに思わなくもないが、これが美少女の肉体なことには変わりない。
それに対して気安くボディタッチしてくるのは不愉快の極みだった。自身が自由に美少女に触れられるようになったのは百年を超える研究の成果だ! 門番でなければ文字通りにバラバラにしてやったのに。
ヒースクリフは必死に衝動を抑えていた。
「特に問題はなし……ようこそ、スタットの町へ」
「ふん」
入れるならばもう門番に用はない。愛想を振りまく必要もない。
門番を無視してモーターを回転させ、ヒースクリフは町の中へと入った。
「んー……うん?」
スタットの町の中に入ったのは百年前だ。
それだから記憶が確かだとは思わない。
が、記憶の中の町よりも今の町は寂れている気がした。
人、の数は大差はない。町並みがどこか薄汚れているというか淀んでいる。
住民が貧乏にでもなったのだろうか?
ヒースクリフとしては文化が発展して綺麗な町並みになっていることを期待していたのだが。
「さて、どうすっかね」
まずは出会いが必要だ。
立っているだけでも美少女達は寄って来るとは思うが、自ら動いた方が効果的なことは間違いないのだ。
だが、それには金がいる。
金、金、金! ジグソーならば稼ぐ手段は多くあるが、まずはどうしたものかとヒースクリフは悩んだ。
人並みの中にストライダー達が多くいることに気づいた。
どうせならと、彼らを相手にして商売をすることに決める。
ストライダーとは、魔法や武術を武器に魔物を相手することで金を稼ぐ者達だ。一つの国や町に留まる騎士と違って各国を放浪することから流れ者と呼ばれている。
このスタットの町はリーベル連合に属している。
リーベル連合に属する条件は一つ、王や帝という存在がおらず、民主的に町の代表を選出していることだ。
町民の意思で選出された代表が民主主義で政治を行っている。
そのためか税収に関しては緩い部分が多く、財力の差から王国や帝国と比べて常駐兵力が少ない。
よって、傭兵を重用しているのだ。
傭兵の殆どはストライダーであり、それがこの町にストライダーが多い理由である。
そしてヒースクリフは彼らがたむろしているストライダー組合へと向かった。時は夕方、ちょうど一仕事終わって帰ってくる頃だ。
「あのー、その武具、直しましょうか?」
そして場所はストライダー組合。
ヒースクリフは戦利品を組合に提出して懐が暖かくなった一人のストライダーに声をかけた。貧相な顔つきで押しに弱そうな青年だ。
獲物は大剣、目立ちやすくちょうどいい。
「い、いや、別に……」
「まあまあ、武器を離さなくても大丈夫ですから」
嫌がられるのはわかっていたことだ。
むしろヒースクリフが狙っていたことだ。
こうやって一悶着あれば目立つから良い宣伝になる。
「しかも! 特別にたった千ルクスでやりましょう! たった千で新品同然、良いでしょう?」
「ま、まあ、それなら……」
これはかなり安い。普通に整備に出せば最低でも数倍はする。それに持ち逃げされる心配もなく、相手が美少女となれば頷くのは当然だ。
何より懐も温まっているから試してみようとなる。
ヒースクリフは武器を良く見えるように持ち上げさせた。
野次馬が集まって来た、いいことだ。
今回の対象はそれなりに良い品質の鋼と銀で鍛造された両刃の大剣だ。鋳造されたような安物ではない。
しかし、刃が欠けていたり、柄糸が汚れていたりと使い込まれている感じだった。
魔法合金を使われていたりするとジグソーでは直すのは難しいが、これならば直すのは簡単だ。
ジグソーでまずはだいたいの造りを読み取り、バラバラに分解して、最適な形に再構成する。
この手順は小さな発光と共に瞬時に完了した。
複雑な道具でもなければ直すのは容易い。
一人のストライダーが持っていた使い古された大剣は綺麗に磨き上げられた大剣となったのだ!
「す、すごいな! まるで新品じゃないか! 本当に一万ルクスでいいのかい?」
「いいよ、初めての客だからね。代わりに宣伝しておいてくれると嬉しいなっ!」
「もちろんだ!」
ストライダーは態度を豹変させた。
こいつらは自身の命を武器に預けている。それだけに武器を大切に思っているから本当に嬉しいのだろう。
狙い通りだとヒースクリフはほくそ笑んだ。
「君の名は?」
「ヒースクリフ……いや、クリスだ」
「クリスか、せめてものお礼に宣伝させてもらうよ!」
「うん」
チョロいぜ。これだから美少女はやめられねえ!
そう、ヒースクリフ改め、クリスは思った。
醜男がこんなことをやれば怪しいだけで、そもそも誰も武器に触らせたりしないが美少女なら話は別だ。これで宣伝は十分、この男が本当に宣伝をせずともこのやり取りを見た奴らが集ってくる。
「それって大剣以外もできるのか? 鎧とかよぉ!」
「待て待て、俺の銃が先だぜ!」
「はいはい、全て大丈夫ですよ。皆さん、しっかり並んでください」
飴に群れる蟻のようにに集ってくる。当然にこれからは一万ルクスというはした金では受けない。
これからが稼ぎ時だ。財布の中身をすべて吐き出させてやるとクリスは嗤った。