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精術師と魔法使い  作者: 二ノ宮芝桜
第一章
8/228

1-8 これを、プリンに見えるようにしますね

 雑貨屋で過ごす時間は、結構な物だったと思う。

 制服のスカートを嫌がるスティアと、アルメリアさんの制服がスカートだからお揃いにしようと勧めるスターチスさん、更に途中から参戦のコスモスとの対決があったり、好みの色やデザインを聞かれたり、うっかりオレとスティアもコスモスの装飾ルートに入ってしまったりしたのだ。

 スターチスさんが止めてくれたりもしたのだが、コスモスのパワーは半端じゃなかった。


 そんなアレな状況から解放されたのは、他でもないミリオンベルが呼びに来たからだった。昼食の支度が出来た、というありがたい申し出に、ようやっと三人で解放され、めちゃくちゃ旨い昼食を食べた。


 コーヒーやサンドイッチ、クリーム何とかだけではなく、料理全般がとんでもない腕によって作られていたのである。

 ジャーマンポテトやサラダ、自家製のソースをかけたというハンバーグに、じっくり煮込まれたスープ、風味豊かな黒パンなど、どれを食べても美味しかった。

 オレの家で食べていたものよりも遥かに旨い。これらをタダで食べられただけで、ここまで面接に来た甲斐があるというものである。


 満腹になると、今度は午後の部だ。


「じゃ、ネメシアちゃん。これの魔力注入お願い出来る?」

「合点承知です! 余裕ですよ!」


 所長がネメシアにルームランプを差し出すと、彼女はひっくり返して魔法陣を確認した。

 魔法陣は魔力を溜めておき、このルームランプであればスイッチ一つで明かりをつけれるようになる。

 だが、明かりを使えば使う程、魔法陣に込められた魔力は減っていく。これが完全に底をつくと、ルームランプとしての機能を果たさなくなるのだ。

 機能を果たさなくなった魔法陣に再び魔力を込め、元通り使えるようにする事を、魔力注入と言い、魔法使いのよくやる仕事になっている。

 こういった魔力を必要とする家具などは、今や国中にあふれかえっており、魔力注入と言う仕事は必要不可欠なものなのだ。


 彼女は、魔法陣の上を人差し指でなぞる。なぞった先から魔法陣が発光し、全てなぞり終えると発光は収まる。


「終わりましたー!」


 ネメシアが明るい笑顔を所長に向けた。彼はルームランプを受け取ると、動作を確認する。


「問題はないみたいだね」


 所長は確認したルームランプをテーブルに置くと、改めてネメシアに向き直った。


「じゃあ、オリジナルの魔法を作る腕を見たいな。前の仕事ではやっていたんでしょ?」

「あー、公表してない魔法であればオッケーですか? 一から作るのは結構大変で、場合によっては何ヶ月もかかるので、公表されていないものでいいのなら助かるなー、と」

「オッケーだよ」


 魔法開発の仕事をしていた事からの質問だったのだろうが、二人は軽く会話をしただけで、ネメシアが自分のポケットを漁った。


 魔法陣は様々な法則を組み込んで作るもので、それらの法則などを計算したりしなければオリジナルを作るのは難しいらしい。それを彼女は作っていた事を考えると、本当は優秀なのかもしれない。

 重ねて言おう。本当は。


 やがてネメシアはポケットから飴の包み紙を取りだしてテーブルに置いた。中身は既に食べ終えているようで、見た目はただのシャカシャカ音のする紙だ。


「これを、プリンに見えるようにしますね」

「え!? プリン!?」


 所長が驚いている隙に、彼女はささっと魔法陣を描く。宙をなぞる指先からはキラキラとした何かがこぼれるように、魔法陣が姿を現した。魔力が結晶化して魔法陣の形になり、それが効果を及ぼした物に魔法がかけられる。

 大体こういうものだが、何度見ても慣れない光景だ。

 そうこうしている内に、魔法陣は完成し、飴の包み紙は小さなプリンになった。


「光の屈折とか、そういうのを調整して、プリンが立体に見えるようにしてるんです。更に拘りなんですけど、つつくとふるえるように見えるんですよ。食べる事は出来ないですけど、心に潤いを与えてくれるように、頑張りました。この魔法があれば、例えば台所に現われた害虫に魔法をかけ、その後に退治する事が容易くなります。視覚的な暴力性は減るので、心穏やかに引導を渡してあげられることでしょう。また――」

「もういい! もういいから!」


 長々と語りだしたネメシアを、所長が必死に止めた。確かに長くなりそうな話だった。

 それに、オリジナルというのも本当の話だろう。こんな魔法が実用化された話は聞いたことが無い。

 ……オレとしては、プリンの香りが漂うことなく揺れるだけで安心したわけだが。これでプリンの香りつきだったら、オレ、死んでたわ。


「それ、ちょっといいな。後で魔陣符まじんふ作ってくれ」

「オッケーです」

「欲しいのかよ!」


 ネメシアに頼むミリオンベルに対し、オレは声を上げずにはいられなかった。

 魔陣符――紙に魔法陣を描き、弾く事で発動させるお手軽マジックアイテムを欲しがるミリオンベルが、心底理解出来ない。


「……あ、お前らの精術ってさ」


 ミリオンベルが、オレとスティアに視線を向ける。


「風とか何とか言ってたよな」

「お、おう。それがどうした」

「換気とか得意か?」

「換気ぃ?」

「勿論得意です」


 言葉尻を上げたオレを蹴落とすように、スティアが大きく頷いた。またしても現れた妹クオリティである。


「じゃ、所長の部屋の換気してくれ」


 ミリオンベルは、そう言って一つの扉を指差した。事務所からつながる謎の扉は、おそらくキッチンへ続く物と、他二つ。内、玄関に近い方にある、薄茶色の何の変哲もない扉だ。


「あの向こうが所長の部屋なんだ。二人がかりでいいから、気合を入れてくれ」

「はい、直ぐにでも」

「お、おう! オレもやる!」


 オレはスティアに遅れをとりつつも、指定された部屋を開く。

 閉めた。


「な、なな、な……!」


 わなわなと声を震わせたのは、オレもスティアも同じだった。全力で所長を振り向く。


「何なんだアレは!」

「酷いですね! 汚部屋ですよ、汚部屋!」

「おい、ネメシア! さっきのプリンの魔陣符作ってくれ! 早くも使う機会が訪れた気配がするぞ!」

「何? あたしも見たい!」


 薄暗い室内の空気はよどみ、足の踏み場もないくらいに紙だの本だの酒瓶だの得体の知れないものだのが散乱し、ベッドの上まで何かがぐちゃっと鎮座していた。あの部屋を見たいとは、大したチャレンジャーだ。


「アリア、部屋に戻っておいた方が良いんじゃないか? こっちまで空気が悪くなりそうだ」

「そ、そうね。でも、頑張るわ」


 ミリオンベルがアルメリアさんを気遣う様子を見せる。そりゃあ気遣いたくもなるだろう。

 恐ろしい精術の腕試しだ。


「皆大げさだなぁ」

「大げさじゃないです。所長の部屋は埃とダニの宝庫ですよ」


 ミリオンベルが冷ややかに所長を見ていた。今日見た中で、一番冷たい眼差しだった。

 オレとスティアは顔を見合わせて、もう一度その部屋にチャレンジする事にした。

 オレはドアを開け、勢いと勘で窓まで走る。何かしらは踏んでいるが、幸いにも害虫を踏むような事は無かったようだ。

 安心しながらも窓を開けると、スティアを見る。


「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す」


 スティアは精霊の力を借りる為の呪文を唱えると、「換気を」と短く言った。

 その瞬間、オレ達に纏わりついていた小さな鳥の姿をした精霊が部屋中をグルグルと回る。

 この精霊は、精術師以外には見えないのだが、オレ達にとっては空気と同じように、ごく自然に近くにいる。

 楽しい事大好きなので、先程のネメシアのプリンにも喜んで踊っていたが……これは、まぁいいか。

 とにかくこいつらの力を借りて、精術師という存在は成り立っている。


 それほど時間もかからず、所長の部屋の空気は綺麗になった。部屋は汚いままなので、是非片付けて貰いたいが。

 オレは窓を閉めて、そっと入り口に戻る。


「これ、お前も出来るんだな?」

「当たり前だろ!」


 所長の部屋から出ると、ミリオンベルに聞かれた。確かに今使ったのはスティアだったが、あの汚い部屋に入ったオレの事を、もう少し労ってくれてもいいのではないかと思う。


「すごいな。ありがとう」


 ミリオンベルは、オレの肩をポンと叩く。部屋の中の空気を確認した上で、だ。

 精霊の力を認めて貰えたようで、少し嬉しかった。


「どう?」

「精術としては問題ないですけど、念の為武器を確認しておきたいです。精術師としてはどうなのか、見ておきたいので」


 所長の問いかけにミリオンベルが答えて、部屋の扉を閉めた。

 ……あれ? なんか精術師を知ってるような言い方しなかったか? 所長といいこいつといい、何なんだ?


「ああ、そうか。それじゃあ、二人とも精霊石を武器化させて」


 所長に言われ、オレとスティアは一度顔を見合わせてから、ポケットからむき出しの精霊石を取り出す。


「頼む。武器にしてくれ」

「私も頼む」


 オレとスティアのお願いに反応し、オレ達の周りの精霊――ツークフォーゲルが、一斉に石に集まった。そして次の瞬間には、オレの手には身の丈を超える槍が、スティアの手には立派なレイピアが握られていた。


「うん、サイズ的にも極端に小さくも無いようだし問題はないようだね。ベルから見てもオッケー?」

「オッケーです」


 所長の問いに、ミリオンベルはコクリと頷く。


「サイズとか、どうしてそういった事まで知っているんですか?」


 スティアが疑問を投げかけた。これは、オレも同じ事を聞きたかった。

 オレ達精術師の武器は、精霊に好かれているかどうかのパラメーターにもなる。精霊の協力を得て武器を手にすることが出来るので、精霊に好まれていなければこの武器も小さく……最悪の場合、精霊石が変化する事は無くなる。


「知り合い……っていうか、ベルの友達が精術師でね。だから、これが重要な事を知っているんだ」


 あぁ、それでか! さっきからの、精術師を知っているような口振りに合点がいき、オレは大きく頷いた。

 それにしても、所長は13枚だけどこういうのに偏見は無いんだな。良いヤツ! 精術師と友達のミリオンベルも良いヤツ!

 ついでに、オレ達の武器を見て「かっこいー」と呟いたネメシアも、悪いヤツじゃない!


「と、いう訳でしまっていいよ。ありがとう」


 所長がお礼を言った所で、オレ達は武器を精霊石に戻してポケットに突っ込んだ。


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