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精術師と魔法使い  作者: 二ノ宮芝桜
第一章
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1-5 あたしと世界を目指しませんか!

 なんだかお洒落なカップに入っていたが、お洒落なカップというのは容量が少ない。出来れば大きめのカップに並々と注いでくれれば嬉しかったのだが、面接に来た人間とはいえ、一応客人用に小奇麗にしてくれているのだろう。

 カップの細い取っ手を掴んで口に近付けると、コーヒーの良い香りがした。

 この香り、オレが今まで飲んできた物は何だったのかというくらいに良い。コーヒーの中のコーヒー……コーヒーの王だ! オレが今まで飲んできたのは平民だったらしい。少なくとも、香りにおいては。

 ただ、香りが良いという事は、それだけで味への期待も高まる。そっとカップに口をつけ、黒い液体を啜った。


「う、うまい!」


 飲んだ瞬間、オレは声を上げていた。

 程よい苦みと酸味もさることながら、香ばしさが鼻を抜ける。全く薄く感じない。これは完全に王だった。

 しかも、オレが今まで飲んできたのは平民なんかじゃない。平民の食べ零しだ。


「お前すげーな! 天才か? それとも豆が違うのか? すっげー旨い!」


 オレはコーヒーへの感動を、淹れてくれたイケメンに向けた。

 もう許す。こいつがイケメンでも許せる。イケメンでコーヒー淹れの達人っていう完璧人間で、オレなんか足元にも及ばなくても存在を許せる!


「別に……。普通に淹れただけだし。で、でも、そんなに美味しいならおかわりもあるから、飲み終わったらカップに足してやってもいいぞ」

「マジで? やったー! すっげー嬉しい!」


 オレが大喜びしていると、ミリオンベルは「ふんっ」と鼻を鳴らして再びキッチンの方へと消えて行った。おそらく、お茶菓子でも持ってくるのだろう。


「どれ、私も味見をしよう」


 ミリオンベルの背中を見送っている内に、隣のスティアがオレのカップに手を伸ばして、あっという間に一口飲んでから戻してきた。


「確かに美味しいな。私もおかわりはコーヒーにしよう」

「スティア、てめぇ!」


 油断も隙も無い! なんだよこいつー!


「なんだ、私のミルクティーも飲みたいのか? 仕方ないな、一口だけだぞ」

「おう! ……って、飲めねーよ! 甘いのダメだって分かっててやっただろ!」

「バレたか。だが、紅茶も美味しいのは確かだぞ」


 この妹、本当に腹立つ!

 オレはむっとしながら、一口(結構な量だった)飲まれたコーヒーを再び啜る。やっぱり、凄く美味しかった。

 そうしている内に、ミリオンベルが再び姿を現した。そして、オレ以外の人の前にプリン? みたいな何かを置く。オレの前には、えらく小ぶりなサンドイッチが三種類乗った皿を置いた。


「甘いの苦手っていうから。食べたくなかったら残せ」

「いや、食べる! 絶対食べる!」


 こんな気遣いをして貰えるとは! オレは、皿を出来るだけスティアから離すと、サンドイッチの一つを頬張った。


「旨い!」


 小さいのに肉厚なベーコンと卵が挟まっていたのだが、このベーコンからはしっかりうま味が出ている。卵も、潰したゆで卵とマヨネーズを混ぜただけなのだろうが、コショウの風味がきいていて美味しい。なんかこう、マヨネーズの味もオレの知ってるものとは違う気がするし。

 咀嚼すればするほど、旨さが広がるようだ。


「クレームブリュレだー!」


 オレがうっとりとサンドイッチに舌鼓を打っていると、ネメシアの感動的な声が耳に入った。

 見ると、彼女は嬉しそうにプリン? みたいなものをスプーンですくって眺めていた。


「くりーむ、何だって?」


 聞きなれぬ単語に、俺は思わず聞き返す。


「クレームブリュレだよ。表面カリカリの、焦がしプリン、みたいな」


 彼女は嬉しそうに答えると、スプーンを口に運んだ。そして、極上の物を食べた時に出る、極上の笑みを浮かべたのである。

 正直、可愛いです。子供がプリンではしゃいでるみたいで。


「これ、今表面やったの? 美味しいけど、この味のお店は知らないっていう事は、もしかして手作り? 中のカスタードもとろっとろで、プリンマニアのあたしも感動したよー」

「ま、まぁ、手作りだけど」

「すごーい! ミルクティーもとっても美味しいし、何でも屋さんの料理長!?」

「え、いや、普通の所員だけど」


 目を煌めかせるネメシアに、ミリオンベルは押され気味になりながらも自分の席に着く。


「ますます凄い! あたしと世界を目指しませんか!」

「こらこらこら。面接に来て人の子スカウトしないでねー。っていうか、君は今無職でしょ」

「あ、そうだった。えへへ、うっかりうっかり」


 ここに来て、ようやっと所長が口を開いたかと思うと、ネメシアは笑ってクリームなんちゃらを口に運んだ。


「アリアはさっきから何書いてるの?」


 彼は、隣に座ったアルメリアさんの手元を覗き込むと、ゴトンとテーブルに突っ伏した。今日二回目だけど、今回はテーブルに飲食物がある。危険だから、出来れば止めた方が良いと思うけど、ま、オレには関係ないか。

 所長の為に置かれたコーヒーにもクリーム何とかにも被害はないし。


「何書いてたんだ?」


 所長の反応から気になったのか、ミリオンベルがアルメリアさんに尋ねる。


「ベル君の淹れてくれたものと出してくれたものを、皆美味しそうに食べてた、って書いておいたの」

「あぁ、そう」


 突っ伏すほどじゃないんじゃないか? と思ったが、よく考えたら面接中のメモを取っていたはずだ。それが日記になっていてどうしたらいいか分からなくなったのだろう。多分。


「ベル君も嬉しそうだった、ってちゃんと書いてるから心配しないで」

「なっ! だ、誰が!」

「違った?」

「ち、違う! ……って、ほどでもないけど」


 ニコニコ笑ったままのアルメリアさんに、ミリオンベルは真っ赤になって反論していた。

 今まで、ブスっとしていたから、かえって新鮮に見える。いや、新鮮に見えたからってどうという話ではないが。


「クルト、サンドイッチは――」

「やらねーぞ! お前はクリーム何とか食べてろ!」


 唐突に聞こえたスティアの言葉に、オレは皿を抱きかかえるようにして威嚇した。こんな旨いもの食べられてたまるか!


「皆楽しそうにしてる所悪いんだけどさ」


 所長が頭を上げながら、ため息交じりに言う。


「今は面接中。それから、言葉遣いからですますと言う気遣いが抜け落ちちゃってるよ」

「しまった!」

「そうだった!」

「うっかりしていた!」


 そう言えばそうだった。完全に忘れていた。

 オレ達は三人でめいめいに言うと、慌てて所長達に向き直る。


「ま、良いけどね。お茶しながらだけどそのまま進めるよ」


 所長はげんなりとした様子でオレ達を見た。


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