1-4 あたしの感覚にビビっときたからです
それにしても、ハイル出身、か。ハイルはこの国の首都。そこに位置するのが国立魔法科所属第一学園だ。あの周辺に住んでいる者が通う学校なのだが、何と言ったって首都。上流階級のヤツが多かったり、そうじゃなくても金持ちが多い。
つまりこいつは、こんな姿かたちをしていながらもお嬢様である、という事なのだ。
「んじゃ、聞きたいんだけど、ハイル出身のお嬢さんが、何だってこんな小さな何でも屋なんかの面接に? 履歴書を見た感じ、前の職場も中々良い所じゃん。しかも魔法の開発、なんて花形だよ」
所長はだらしない格好をしながらネメシアに尋ねる。それは是非、オレも聞いてみたい所だ。
良い暮らしをしていて、どうやら良い所に就職したらしい女の子――それも10枚なら、引く手はあまただろう。
「んー、家から離れた所に就職したいな、って思ったのがまず一つ」
「それはどうして?」
「よくある話だと思うんですけど、大魔法使いの娘って、結構なステータスらしいんです。で、あたしはそれが嫌。でも今まで育てて貰ってるし、そっちは感謝してるんですけど、ちゃんと一人立ちしてこそ立派なレディかなーとか思って」
「そ、そう」
聞き返した所長は、よくわからないというように首を傾げた。
「あと、あたし、どうやら変わってるらしくて」
「あぁ、うん。それは今話していてもそんな気配は感じる」
「そうですか? まぁ、いいや」
彼女は然程気にした様子もなく話を続ける。
「とにかくそういう感じなので、同じ部署の人とも話が合わなくて、だったらいっそ家を出て再就職をしてみよっかなー、って」
「それじゃあ、ここを選んだ理由は?」
「住み込み可で食事付きに惹かれたのと、何でも屋っていうのが、何でもやってみたかったあたしの感覚にビビっときたからです」
所長は答えを聞くと、ゴトっと頭をテーブルに沈めた。
オレ、13枚見たのは初めてだけど、多分これから先見たとしてもこんな風に振り回されている様を見る事は無いと思う。
あと、ネメシアは落ちた気がする。アホだ、こいつ。
「所長、俺、何か飲み物を淹れてきます」
唐突に、ミリオンベルがため息と共に立ち上がった。
「あー、うん、お願い。あとアリア、今の一応メモしておいて」
「もうやってますよ」
「ありがとー」
所長はテーブルに頭を沈めたまま答える。アルメリアさんが、今のネメシアの発言をどうメモしたのかが気になるなぁ。
「何飲む?」
オレがアルメリアさんを気にしていると、視線を感じる。視線の先を辿ると、立ち上がったミリオンベルだった。
凄く背が高く、足も長い。ますます女にモテそうだ。冷たそうに見下ろす緑色の瞳すら、女をときめかせるに違いない。
「あたし、ミルクティーがいいです! とっても甘いやつ!」
「では私も同じものを。甘さは程ほどで」
女だがこいつにときめいている様子を見せずに、ネメシアが直ぐに手を上げ、スティアが便乗する。
「コーヒー。ブラックで」
悪魔の甘い香りが漂ってきそうな隣から、自分を守るための盾を頼んだ。
「所長とアリアは?」
「僕もコーヒー。ブラック」
「カフェラテを、ミルク多めでお願いしてもいい?」
ミリオンベルは静かに頷くと、またこちらへと視線を向ける。
上から突き刺さるような視線はあまり気分の良いものではなかったが、これはオレが卑屈になっている証明なのかもしれない。
何しろ相手は、ただ飲み物のリクエストを聞いていただけなのだから。
でもなー、イケメンで背が高いっていうのは、オレの敵だと思うんだよなぁ。だからと言って、面接で落ちたい訳じゃないけど。
「で、食べられないものは?」
オレの内心など気付くはずもなく、彼は再び問う。
食べ物って事は、お茶菓子って事だよな。……菓子。悪魔の食べ物。うえー。
「私は何でも平気です」
「あたしもー!」
「オレ、甘いものだけは無理」
ミリオンベルは「分かった」と頷くと、部屋から出て行った。おそらくキッチンに向かったのだろう。
「じゃ、次にクルト君とスティアちゃんに質問するね」
所長は顔を上げて、オレを見た。
「なんかさー、職歴を見ると書き切れないくらい転職してるじゃない? それに、場所によっては三日しか勤めてなかったりとか。もう君の村周辺の職場コンプリートしちゃってる感じじゃん。スタンプラリーなら完璧だよ、これ」
「んぐっ」
オレは思わず呻いた。何しろ、所長の予想は正しかったのだ。
オレは、オレの村と周辺の町の就職先からそっぽを向かれてしまっていたのである。
「スティアちゃんもそうだよね。クルトくんほどじゃないけど、結構な転職じゃない? まだ卒業して一カ月ちょっとだよね?」
「理由はおそらく兄にあるかと」
「スティア、てめぇ!」
「本当の事だろう」
悪びれず答える妹。こいつ、本当に厄介だ! そりゃあ、ここの求人を見つけて来たのも、一緒に受けないかと誘ったのもスティアだった。
だが、面接の場でごく自然に蹴落とそうとする様は、全く可愛くない。我が妹ながら、可愛くない!
「つーか、どいつもこいつも精術師が時代遅れの魔法使いだとかバカにするから我慢なんねーんだろ! オレが悪い事はオレが悪い。けど、精術師を理由にバカにしたりするのは話が別じゃねーか!」
「と、こんな具合に直ぐにキレるので、兄は何度も解雇になりました。私はその妹という事で、運よく就職出来ても、少しでも相手の思惑と違う行動をとると解雇になった、という訳です」
オレが興奮に任せて話した事に、スティアが続く。やっぱり可愛くない!
「つまり、全ては精術師のせいっていう事かな?」
「いえ、精術師である事は誇りであるので、そうではありません」
「そうだ! 問題は、精術師だって言って馬鹿にするヤツらの方だろ!」
どこをどうとったら、精術師のせいになるんだよ。チクショー。
オレが怒りを抑えられなくなっていると、「あの」と声がかけられた。声の方向を見ると、先程飲み物を取りに行っていたミリオンベルが、お盆に飲み物を乗せて立っていた。
「コーヒーとか淹れて来た」
彼はそう言うと、オレ達の前に、オレ達が頼んだものを置く。ちゃんと注文を覚えていたらしい。
何でも屋っていう職業は、カフェでの仕事も含まれているのだろうか。そのくらい、手慣れていた。
オレは自分の興奮を収める為にも、淹れたてを一口頂く事にした。




