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精術師と魔法使い  作者: 二ノ宮芝桜
第一章
31/228

1-31 お前こそ、オレの邪魔すんな!

 ブッドレアには、何度槍を振るっても直ぐに受け流された。


「もう、いい加減にしろ!」

「ぐえっ」


 スティアに後ろから服を掴まれ、オレは呻く。


「お前が突っ走るせいで、全く連携が取れないんだ!」

「むしろお前こそ邪魔するなよ! あいつはオレが倒すんだ!」


 オレはスティアを振り切り、もう何度目かも分からない攻撃をする為に突進する。

 今のオレに、勢いよく突っ込む以外の方法は見つけられないからだ。スティアだって止めはするが、何かいい方法があったのならばそう言うだろう。そうじゃないという事は、スティアだって、特に良い方法は見つかっていないという事だ。


「おりゃあ!」

「全く、君は馬鹿の一つ覚えのように」


 ブッドレアはため息交じりにまたオレの槍を受け流すと、ついでとばかりにオレの腹を蹴る。たまらず息を吐いて下がったオレに変わり、今度はスティアが斬りつけていたが、それすらも軽くあしらった。


「うっせー! まだやれるし!」


 オレは息を整え、武器も構え直して強引に突進した。前に進む以外、何が出来るものか! オレにはそれしかないんだ! オレが出来る、精いっぱいの戦い方は、こんな無様なものでしかない。だったら、精いっぱいそうするしかない。

 力いっぱい槍を振り上げ――そして降ろす。

 が、ブッドレアは小さくため息を吐くと、さらっとあの細い刃で受け流し、オレの懐にするりと入り込んだ。


「私は一度言ったはずだがね。学習能力というものが無いのかい?」


 耳元で優しげに紡がれた声に背筋が凍る。声の響きとは裏腹に、危険だと感じた。

 至近距離で、オレの鳩尾に仕込み杖の持ち手の部分が入り込み、一気に空気が抜ける。


「ク、クルト! 引け!」


 スティアの慌てた様子が聴覚情報から認識出来たが、残念ながら遅かったらしい。鳩尾に一発入れられて直ぐには体制が立て直せない状況で、ブッドレアは瞬間的に離れ、一発入れた同じ場所に、今度は回し蹴りを叩き込んだ。

 勢いよく吹っ飛ばされたオレは、何かの障害物にぶつかり、更にもう一つ何かにぶつかって地面に叩きつけられる。

 一度一気に吐き出された筈の息が、また口から溢れ、ついで痛みが全身を巡った。


「退けっ、クルト……」

「……え? スティア?」


 痛む身体を引きずるように動かしてその場から退くと、オレの後ろにはスティア、その後ろには大木があった。どうやら一つ目の障害物はスティアだったらしい。

 蹴られた鳩尾は勿論痛むが、それよりもスティアにぶつかった背中が痛い。シアが攫われたあの時につけられた傷が、障害物にぶつかったせいで熱い痛みを訴えているようだった。


「力任せの攻撃だけなら、そんなに立派な槍を持っていても無意味だと、私は言ったはずなのだがね」

「う、うるせーよ! 何とかなるし!」


 ブッドレアは呆れた表情でオレを見る。あの目、気に入らねぇ!


「いい加減にしろ、クルト。お前が突っ走ってばかりで、連携が取れないんだとさっきも言ったじゃないか」

「うるせー、うるせー! オレ一人で何とかなるんだよ!」

「現状として、何ともなってないじゃないか! さっきから私の邪魔ばかりしているのはどこの誰だ!」

「お前こそ、オレの邪魔すんな!」


 オレには、とにかく前に進むしか方法が無いんだ。どうしてスティアはそれを分かってくれないんだ!

 さっきブッドレアに言われた事だって、ちゃんと覚えてる。

 緊張でちゃんと動けていない事だって理解している。

 けれど、この状況で動かないのは悪だ。山小屋の中の連中も、妹も守れないのは、男として駄目なんだ。オレはここで、どんな状態であってもあいつに勝って、みんな助けなきゃいけない。その為には、とにかく勢いで押す以外……他に、他に何もないんだ!


「とにかく、お前はそこで屈伸運動でもして待ってろよ! オレがあいつを倒すんだ!」

「何故私が屈伸運動をしなければならない! お前こそここでぐーすか寝ていろ! 今のお前なら戦わない方がマシだ。ミリオンベルの言う通り、置いて来ればよかったな!」


 オレがゆっくりと立ち上がると、スティアも同じく立ち上がる。オレと木に挟まれたせいか、服が所々ほつれてしまっていた。


「やれやれ、子供の喧嘩は可愛らしくはあるが、時間の無駄といえば無駄のようだね」


 ブッドレアはまたしてもため息を吐く。相手の一挙手一投足にオレは苛立ち、「次こそ倒す!」と大きな声を上げた。


「待て! いっそ私が行く!」

「来るな! オレが行く!」


 オレの前に出るスティアを押し退け、オレは強引にブッドレアとの距離を詰める。


「馬鹿か! 今のお前を行かせられるわけがないだろう!」


 距離を詰めている途中で、後ろからスティアの蹴りが入った。オレの膝を狙っていたようで、カクンとその場に崩れ落ちる。あんにゃろー!

 そんなオレの横をスティアは走り抜けると、ブッドレアの胸を狙って突きを繰り出す。ブッドレアはそれを受け止めた上で流して避けた。

 スティアは元より計算済だったようで、軽々と二撃、三撃とフットワークの軽さを生かした突きを繰り返す。


「ふむ……弟さんよりはやるようだね」


 ブッドレアはスティアの攻撃を全て避けて、あるいは受け流して驚いた表情を浮かべた。


「つーか、オレは兄だ!」


 オレは慌てて立ち上がりながら叫ぶと、「それは済まなかったね」と返って来る。

 そうしながらも、スティアとブッドレアの剣戟は続いているようで、金属音が響いた。


「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す」

「――ちょっ!」


 オレが呪文を口にした事に気付いたスティアが慌てて振り向くと、ブッドレアは隙を見逃さずに鞘の立ち位置にある杖を左手に持ち、スティアの脇腹に叩き込んだ。が、オレへの攻撃は――絶対に間に合わない。


「あいつに風を!」


 オレは精霊にお願いして、ブッドレアに向かって息が出来ない程の強い風を吹かせた。スティアも巻き込まれ、二人揃って後方へと飛ばされる。


「こんの……クルト! クソが!」


 身を起こしながら、スティアが悪魔のような形相でオレに向かって来たが、無視して体制を崩したブッドレアとの距離を詰めて槍を振り被る。

 また大振りにはなってしまったが、今なら叩き込めるはずだ。

 思いきり力を込めて振り下ろす。今度は絶対に目を閉じたりはしない。


「おっと、困った子だね」


 ところが、オレの思惑とは裏腹にブッドレアはオレの攻撃を避けると、直ぐに体制を立て直して刃をオレに向けた。


「そろそろ終わりにしようか。学習をしないお馬鹿さんに付き合う時間は、今は無いのだよ」


 ヤバい。このままじゃ、やられる!

 慌てながらも下がろうとしたが、どうにも身体が上手く動かない。何で、どうして!?

 オレは引き攣った表情で自分の手に視線を移すと、どうやら震えているようだった。

 オレ、もしかして……今、怖いのか? 腰が抜けてるっていう事なのか? じゃあ、このまま、死ぬのか?


「こんの、馬鹿兄!」


 震えで奥歯もガチガチと音を鳴らし始めたところで、スティアがオレの腰を蹴ってきた。

 これが、ブッドレアが刃を振るった瞬間と一致したようで、オレの腕を鋭い銀色が掠める。服が破れ、その下の皮膚から赤い血が滲んだ。

 一応、助かった……のか?

 呆然としたオレの身体は、オレの意思とは逆に動く。どうやらスティアが引きずってブッドレアと距離を取ったらしい。


「死にたいのか! 貴様は馬鹿か! この、馬鹿クルト!」

「な、なん……なんなんだよ! お前は、何なんだよ!」


 確かに助かった。今、助かった。

 守らなきゃいけない妹の手で、助けられたのだ。こんなの、違う。違う。オレが……オレがやらなきゃいけないのに!


「まあ、子供を殺してしまうのは確かに良心が痛むからね」


 ブッドレアの優しそうな声が聞こえる。この声は、怖い。不気味だ。よくない事が起こりそうで、背中に嫌な汗が伝って傷口に入り込む。

 ひりつく背中と、斬られたばかりの腕。何度も武器を叩き込まれた鳩尾。全てが警鐘を鳴らすように痛んだ。


「気絶でもしていて貰おうか」


 瞬間、オレとスティアは二人で吹き飛ばされ、木にぶつかって地に落ちた。オレが先程使ったような息の出来ないような風に吹き飛ばされたのだ。

 そうだった。こいつは……ブッドレアは、大魔法使いだったのだ。

 何とか視線を向けると、キラキラとした魔法陣の光が見える。二撃目の為の準備をしているのだろう。

 クソッ、何でオレの身体は……動かないんだ!


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