1-3 三人とも面接です
ネメシアの方向音痴は、もういっそ芸術だと言ってあげたい位に華麗だった(皮肉)。
何しろ、最終的にはあのスティアが追加料金なしに手を繋いで歩いたくらいなのだ。目と手を離すと、こつ然と姿を消してしまうのである。
それだけではなく、何もない所で転ぶ(クリーム色でふりふりの下着が見えてドキドキした)、木に顔面から激突しに行く(髪に葉っぱがつきまくり)というトジっ娘スキルまで存分に発揮したのだ。
これはただの方向音痴ではない。故にオレは芸術性を見出した。そうとでも思わなければ頭を抱える回数があまりに多く、頭を抱えながら歩いた方が早くなってしまうからだ。
そんな風に苦労しながらも、オレ達はついにたどり着いた。
やたらと可愛らしい物体を飾った店……ではなく、その隣のごく普通の木組みの家が、オレ達が面接に訪れた場所である。
ドアには花弁の痣になぞらえたかのような模様の入ったプレートがかけられており、それに「何でも屋 アルベルト」と書かれていた。間違いなく、ここだ。
「おかげさまでたどり着けました。ありがとうございます!」
ネメシアがキラキラとした視線をこちらに向けてくる。スティアは、「どういたしまして」と言いながら彼女の頭についた木の葉を払ってやった。それから、直ぐにドアに向き直ってノックをした。
「はい」
中から、涼やかな女性の声が聞こえたかと思うと、ゆっくりとドアが開く。
「お客様ですか? それとも、面接にいらした方でしょうか?」
中から姿を現した女性は……ものすっごい美人だった。声が美しいのはノックをした後に直ぐに分かった。
姿は、声以上に美しかったのである。
真っ白な肌に、おさげに纏めた細く煌めく銀色の長い髪。
長い睫に、柔らかな琥珀色の瞳。優しそうな微笑みを浮かべた整った顔立ち。線の細い印象を相手に与えるが、それすらも魅力の内の一つになっている。
こんなに綺麗な人を、オレは今まで見た事が無い。
年齢はおそらくオレとそれほど変わりはない。つまり、スティアとも大差ない筈だ。
だが、学生時代にもこんな美人を見た事は無かった。オレのクラスでモテモテだった美少女だって、彼女の隣に置いたら、美しく活けられた花の隣に何故か放置された、むしられた雑草にしか見えないだろう。
「三人とも面接です」
「です!」
うっかり見とれていたオレをしり目に、スティアが淡々と答える。ついでにネメシアも片手を上げてピョンっとジャンプして自己主張した。ついでのついでに、巨乳も自己主張した。
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」
美人はドアをより大きく開き、オレ達を中に招く。仕草の一つ一つが洗礼されており、思わず傅きたくなる美しさだ。
「あの、遠慮せずにどうぞ」
見とれまくって動けずにいたオレに、彼女は極上の微笑みを向けてくれた。
「あ、えっと、す、すみません!」
オレは慌てて『何でも屋』に足を踏み入れる。
それにしても、あんな美人に見つめられる体験を出来るとは……オレ、今日死ぬのかな?
ネメシアの巨乳を見た時よりもドキドキしながら中に入ると、大きなテーブルには既に二人、座っていた。
「どーぞ、適当に座ってー」
座っていた内の一人が、だらしなく促す。オレ達はそれぞれ、椅子に座った。オレ、スティア、ネメシアの順に並んだ形だ。
それでオレの目の前には、だらしなくない方の男、スティアの前にはだらしないやつ、ネメシアの前にはあの美人が腰かけた。出来れはネメシアと場所を変わりたい。
「んじゃ、ぼちぼち始めよっか」
だらしない男が、にっこりとこちらに笑みを向けて来た。
年齢は20代後半くらいだろう。どちらかと言えば可愛らしい顔立ちの赤髪の男なのだが、何だかものすごく胡散臭い。
けれど、オレの関心は胡散臭い事よりも、だらしないヤツの胸元に向かった。田舎暮らしのオレがお目にかかった事の無い、13枚の花弁の痣があったのだ。
うえー、これは落ちたかな。
ため息交じりに正面を見ると、そいつの胸にも痣がある事に気が付いた。ただ、こっちは1枚だったので、13枚よりはとっつきやすい。
何しろ1枚は一般人にちょこっとだけおまけスキルが付いているようなものだ。場合によっては、何故か一般人にバカにされたりもする。その辺は、何故か精術師がバカにされるのと似たような物なのだろう。
謎の安心感を手に入れたオレは、そのままそいつの顔を見た。
年齢は、こいつもオレと同じくらい。ただ、さっきの美人に負けず劣らずの美人だった。
同じ人間という種族には思えない程整った顔と、やたらさらさらした金色の髪。どこか不機嫌そうにした表情すら相手をときめかせてしまいそうなのが、もう、色々とズルい。
さっきの美人とは反対に、どちらかと言えばキツ目の顔立ちだが、これだけ綺麗だったら女どもが放っておかないだろう。例え、魔法使いの中でも最弱の1枚であっても。
つーか、好きな人に告白し放題だろ、これ。好きな人と付き合いたい放題だろ。
ぬぐぐ……。同じ男として、嫉妬せずにはいられない。
「僕はここの所長の、フリチラリア・ドライツェーン・アルベルト」
13枚のだらしない男は、どうやら所長だったらしい。
「それで、こっちがミリオンベル・アイン・アルベルト」
所長は、次にイケメンを紹介した。紹介されたイケメン魔法使い、ミリオンベルはブスっとした顔のまま軽く頭を下げた。
「で、そっちがアルメリア・コルネリウス」
「この職場で事務を務めさせて頂いております、アルメリアと申します。本日はよろしくお願い致します」
美人さんは美しい声で丁寧に挨拶をすると、可愛らしく微笑んでくれた。何だろ、やっぱりオレは今日死ぬのかな? 幸せすぎて死ぬのかな?
「じゃ、履歴書を提出してくれる?」
所長はしまりのない顔で言う。
オレとスティアは、直ぐに鞄から履歴書を出して所長に渡したが、ネメシアが中々出せない。もたもたとリュックサックの中を漁って、ようやっとクシャクシャになった履歴書を取りだした時には、明るい声で「あった!」と言ったのだ。
もしかしたら、俺も受かるチャンスがあるかもしれない。大魔法使いだけど、こいつアホすぎだろ。
所長は提出された履歴書を流し見して、隣のアルメルアさんに渡す。彼女も直ぐに履歴書に目を落とした。その姿すら美しい。
「次は軽く自己紹介お願い。そこの短い黒髪の子から」
いきなりあてられて、オレは「えーと」を何回か繰り返してしまった。美人に見とれている場合じゃなかったんだ。
「ツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲルです。えーと、フリーゲン村出身で、ていうか、ついさっきまでそこにいたっていうか、とにかくそういうので、学校も村の分校卒業です。後は、えーと、あ! あと数日で17歳です!」
「うん、履歴書に間違いはないようだね」
喋らせているのは、履歴書と違う箇所が無いかの確認だったのか。それにしても、流し見で覚えられるとは、さすがは13枚様、と言った所か。
いや、よくわかんねーけど。記憶力と枚数がリンクするとか、ぜんっぜん知らねーけど!
「次は隣の子、お願い」
「ツークフォーゲル。スティア・ツークフォーゲルです。クルトの妹で1つ下です。出身や学校も彼と同じです」
「はい、オッケー。次お願い」
スティアはさらっとオレの自己紹介に乗っかって終わらせた。こいつ、ちゃっかりしていやがる。
「ネメシア・ツェーン・でーしゅちゃー……ディ、イ、ス、タ、ア」
「あ、いいよ。噛んじゃうんだね。確認してるだけだから大丈夫」
「大丈夫、ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫。言いたいであろう苗字は間違ってなさそうだもんね」
やけに寛容だな。やっぱり10枚だからかな。いいよな、大魔法使いは。
とはいえ、こんな項目で優遇を受けていそうなのはこいつ位のものだが。どうなんだ、自分の苗字が言えないって。
「年齢は16歳で、出身はハイルの都。出身校は国立魔法科所属第一学園です」
どこか舌っ足らずで、さっきの噛みまくりの事実さえなかった事にすれば、ちゃんと年相応……よりも、ちょっとだけ幼い程度の「しっかりさ」を兼ね備えているように聞こえる。声も幼い印象があるんだよな、こいつ。