3-96 精霊をも欺いているだろう
「まあ、どの道シュヴェルツェも出るだろうから、あまり変わりはないだろうけど、精霊がこっちを見失った現象は死を刻む悪魔の魔法の効果だと思う」
「え!? そうなのか!?」
いや、でも、そうなるか。先日の、グロリオーサとサフランの件の時は、シュヴェルツェが現れたにも拘らず、精霊がいなくなる事はなかった。
黒くなったが、その場に存在していたのだ。
ところが昨晩はどうだったか。気が付けば一体もいなくなり、エーアトベーベンも気分が悪そうだった。もしもこれが死を刻む悪魔の魔法によるものだったとするなら、魔法で精霊をどうこう出来る可能性があるという事。ぞっとした。
「死を刻む悪魔がいなくなったのと同じタイミングで精霊が戻ってきたんだから、この予想は確実に当たってるだろう」
「で、でも、シュヴェルツェも同じタイミングでいなくなってたじゃん」
「仮にシュヴェルツェだけの力なんだったら、なんで今までその力を使わなかったんだ」
魔法でどうこう出来る説を覆したくて食い下がってみたが、これではぐうの音も出ない。悔しいけど、テロペアの仮説が合っていそうだ。
「大体、今まで死を刻む悪魔の犯行時の目撃情報は精霊含めなかったんだ。不自然すぎる。もっと早くに気づくべきだった。死を刻む悪魔の使う何かしらの魔法は、精霊をも欺いているだろうという事を」
ぐ……確かに。
「そこまで考え付いたのなら、なぜこちらに報告して下さらなかったんですか」
「確証はにゃいからね。昨日からじゅっと考えて、これ以外はやっぱり考えられにゃいなって、さっきなったの」
ジギタリスに突っ込まれると、テロペアは噛み癖を取り戻して、肩を竦めて見せる。
さてはこいつ、ジギタリスと若干仲が悪いな?
「可能性だけでもいいので、今後は出来れば教えて下さい」
「じゃあ、今後はルースにでも言っとくよ。ルースならある程度信用出来るしにぇ」
「オレッスか? 良いッスけど、ジス先輩信用されてなくてウケる」
ウケてていいのか、ウケてて。ジギタリス、がっかりしちゃうでしょうが! 泣いちゃったらどうするの!
慌てて顔を見るも、特に何の感情も浮かんでいない。心の中で泣いてるパターンかな。
「その魔法ってどんなのだったの?」
急にシアが話に割り込んできて、ちょっとビクッとした。
彼女はどこから……っていうか、いつもの大きいピンクのリュックからなんだろうけど、紙とペンを取り出してテーブルに広げ、爛々とした瞳をテロペアに向けた。
「いつの間にか通行人やらはいにゃくなって、喧騒とかも聞こえにゃい。それと同時に精霊もいにゃくなってちゃね」
「ほう」
シアはささっと紙に走り書きをしていると、ジギタリスも口を開く。
「私もその魔法に踏み入った事が一度ありましたが、同じ状況です。精霊は分かりませんが。確か結界と言っていましたね」
「その事教えてくれてなきゃ、こっちも教えようがにゃいじゃん」
やっぱり仲悪いのかな……。
シアはジギタリスの発言も簡単にメモすると、ブツブツと呟きながら俯いた。
「人が近づけない。近づきたくなくなる感じかな。その魔法の中にいると外の状況も分からなくなる……?」
仮説を立てて、紙に書き込む。
食堂において明らかに異質な光景であったが、精霊にとっては関係がないらしい。ツークフォーゲル、エーアトベーベン、ヴァイスハイトが『そんなかんじー』『なんかあっちにいきたくないーっておもってた』『すごくふゆかいなかんじじゃった』と喋りだした。
えっと、あれ? 精霊の感想だよな、これ。
「えっと、シア。精霊の感想、いる?」
「いる!」
反射的に答えられて、ちょっとびっくりしたが、そのまま伝えてやると、彼女は勢いよく紙にペンを走らせる。
「ジッキーはどうやって入ったの?」
「……視界が悪い状況でしたので、匂いを追って」
「つまり、視覚に頼らなければ入れる? ……うーん」
メモを取りつつ、そのままずっと紙に向かう。何枚もの紙が消費されていくのを、オレ達は呆然と見つめた。
この状態は、何でも屋の中ではたまに見かけた事はあった。新しい魔法を思いついた、とか言いながら、嬉々として紙にペンを走らせ、時には床や壁にまで書こうとするのを止めるのが、大体スティアの役なのである。
だが、こんな、公共の場所で始めるのは初めて見た。びっくりする。
「なんとかその魔法を打ち消す魔法を考えてみるけど、間に合うかはわかんない。しかし! 間に合わせてみせる!」
一言口にすると、また「うおー」と言いながら猛然と書き進めた。
ぽかーんと見ていたが、しばらく眺めてから、ディオンが咳払い一つ。
「えーと、とりあえず、俺達は棄権しません。精術を封じられる状況になったとしても、引くわけにはいかないんです」
まとめに入ったらしい。この状態のシア、いつ止まるかわからないしな。ナイス判断。
「……分かりました。しかし、くれぐれも無理だけはしないで下さい」
「おう! あまり! 無理はしない!」
「……ええ。あまり無理はしないで下さい」
オレはこの前の一件を思いだしながら答えると、ジギタリスは珍しくほんのちょこっとだけ微笑んだ。こういう顔をどんどんした方がマイルドに見えるのに。
彼は「では、失礼します」と頭を下げると、去っていった。本当に謝罪と、棄権を勧める為だけに店に入ってきたらしい。
シアはそのあともずっと書き続け、オレ達はとりあえず食事を続けた。
次は決勝戦。油断せず、あまり無理をせず、頑張ろう。そして死を刻む悪魔が出たら、シュヴェルツェが出たら、いや、誰が出たって、ちゃんとやりきってやろうと心に決めたのだった。
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