出会い
「ああ、例の物を1万カートン頼む。ん?それはいらん。あそことは口座を開設してないから発注する場合は稟議書を作らんといかんからな。ああ、銀河連邦警察には気を付けろよ。」
俺の名は、オナニーボーイ。数多の組織を抱える巨大犯罪シンジケート『海賊ギルド』の幹部をやっている。中毒性が高い違法オナホール『GINGA』の密売が俺のシノギだ。
「ふふ、銀河連邦の馬鹿共が品を規制すればするほど密輸で俺達が潤う。奴らと俺達はマッチポンプのような関係なのかもな。」
人間というのは禁止されればされるほど規制を破り手にいれようとする愚か者だ。宇宙から犯罪が無くならない理由が己らの欲望にあると認識できない哀れな生き物よ。
「オナニーボーイ様、そろそろお時間です。」
この女は葉月。俺の副官を勤めている女だ。実の姉でオナニーをしていたという猛者で、姉の16歳の誕生日に寝込みを遅い処女を奪おうとした正真正銘の異常者だ。何処にも行く宛が無いということで俺の部下になった。まあ行く宛が無いのは当然だろう。
「ん?もうそんな時間か。それにしてもなんで俺が奴の援軍に向かわなければならんのだ。本部の親衛隊を付ければ済む話だろうに。」
「宇宙麻薬の売買は海賊ギルドにおいて最も優先度が高い案件の為失敗は許されません。その取り引きを成功させるには、組織内でも実力者としてて名高いオナニーボーイ様を派遣するのが妥当と本部は判断したのでしょう。」
「ふん、世辞はいい。それよりも気に喰わんのは宇宙麻薬だ。あんな下品な代物が銀河中を横行しギルド一番のシノギになってるとはな。そして、あんなゴミに大金を注ぎ込み身体を崩壊させてまで欲する奴らの気が知れん。」
「その狂った社会構造と人間心理を一番理解してるのは色々な意味でオナニーボーイ様ですよね?」
「・・・お喋りもここまでだ。仕事にいくぞ。」
裏社会に長年いると、人間の弱さや醜悪さといった負の部分を嫌と言うほど味わう。なにも悪意や利益だけでは無く、そうせざるを得ない状況に追い込まれ自我で判断することが出来ず、やむを得ず逃避し依存してしまう弱さも無数に見てきた。そんな弱者につけこみ、肥大化してきたのが今日の海賊ギルドだ。今やギルドは銀河中に勢力を拡大し、各国の要人に取り入り非合法な行為を合法として行っている。銀河の治安を担う銀河連邦警察でさえギルドに加担する者がいる。全くインチキな世の中だ。
「ようオナニーボーイ!調子はどうだ?相変わらず卑猥な商品を宇宙中の引きこもり共に売り捌いているのか?」
相変わらず声が大きく下品な男よ。こんな男がギルドでトップの利益を上げているのかと思うと虫酸が走る。だがこの男、キャプテン・バイドクはギルドの敵対勢力や銀河連邦警察と長年に渡り戦ってきた歴戦の勇士だ。ただし、その勇は蛮勇の方だが。
「そこに置いてあるチンケな粉よりは卑猥では無いがな。」
「なに~?」
俺とバイドクは険悪の仲だ。お互いギルドの幹部ではあるが、今の所バイドクがギルドで最大の勢力を誇る幹部筆頭。それに比べ、俺は奴の勢力の半分にも満たない小所帯だ。本来ならこのような新興勢力を大幹部であるバイドクが気にすることは無いが、短期間で力を付け幹部にのしあがった俺を危険視しているらしい。当然こちらも潰されないように常に奴の動向には目を光らせていた。
「まあいい。それより、ギルド内で絶賛売り出し中のイケイケドンドンがこんな所に何の用だ?」
「本部からの援軍要請の件は連絡が入っているだろう?」
「いや、お前は例え本部の意向だろうとテメーの利益に反する事は絶対にしねえ。何か狙いがあってここに来たんだろ?」
「そんなものは無い。今回は本部の意向に従って来ただけさ。まあ強いて言うなら、海賊ギルド最高幹部の仕事ぶりを拝見しお勉強させてもらおうと思ってるとこだ。」
「ふん、口だけは達者な奴だ。だがいいか、俺は己の力だけでここまでのしあがった。他人の助けなんざ必要ねえ。仕事の邪魔だけはするなよ。」
「ああ、わかってるさ。」
「さあビジネスの時間だ。もうすぐ客がくる。警備を固めろ!」
その時だった。『ヤツ』が現れたのは。
「お客さんは来ないよ。僕がみんな警察に引き渡したよ。」
「誰だお前は!?」
「僕の名前はキナコパンマン。正義の味方だ。」
ヤツは突然現れた。真っ赤なサンタのような服に黄色いマント。胸には大きなピースマークがにっこりと微笑んでいる。しかし、よく見るとその服は赤い服ではなく、返り血を浴びて真っ赤に染まった服だった。どうみてもイカれた薬中か殺人鬼にしか見えなかった。だが、佇む姿には誰にも相容れることの出来ない信念と覚悟が有ることだけは伝わってきた。
「おまえかあ、最近俺達の下部組織を潰し回っているって奴は!?野郎共、奴を生かして帰すな。殺せ!」
その怒号が飛び交った瞬間、バイドクの手下共は一瞬にして宙に舞い上げられ地面に叩きつけられた。それを間近で見たバイドクは顔面蒼白になった。あの歴戦の戦士が一瞬の出来事になにが起こったのか理解出来ず混乱していた。
「貴様あああっ!」
バイドクが懐から拳銃を取り出そうとした時、キナコパンマンは電光石火の如き速さで、バイドクへ一直線に猛進していく。
「む、いかん!バイドク!」
「が、あぁぁ・・・この俺が・・・こんな・・・」
間に合わなかった。キナコパンマンの腕はバイドクの胸を貫いていた。蒼白い閃光を無数に纏わせた右腕はバイドクの血が滴っていた。腕を引き抜いた瞬間に血渋きをあげ、またヤツの服は焔のように紅くなった。
「次はお前だ。」
馬鹿の一つ覚えのように、また一直線に向かってくる。
「ふ、甘い。いくら速さがあろうと同じ手は通じんぞ!」
とは言うものの、ギリギリだった。ヤツは電気を放出する特殊なグローブを付けている。絶縁体の体で無ければひとたまりもなかった。そしてこのスピード。受け止めるのが精一杯で反撃が出来なかった。たった一度の攻撃で全てを悟った。次の一撃で確実に殺される。今の俺では相討ちに持ち込む事も出来ないだろうと。
「貴様、一体何者だ?なぜ俺達の邪魔をする?」
「僕はキナコパンマン。正義の味方だ。悪事を働くお前らを許さない。ただそれだけだ。」
「貴様、銀河連邦警察か?」
「いや、僕はあんな堕落した連中とは違う」
「警察でも無いのになぜ俺達に歯向かう?復讐か?知り合いの誰かが麻薬中毒で犠牲になったか?」
「僕の友達は愛と勇気だけだ。そして、行動原理は唯一つ。悪を滅ぼすことだ。犠牲になる人がいる限り、僕は犯罪者を処断し続ける。」
「話にならんな。言っている事が抽象的すぎて理解に苦しむ。もうお喋りは終わりだ。覚悟してもらおうか。」
俺は覚悟を決めた。相討ちに持ち込めずとも腕の一本くらいは持っていってやろうではないか。死ぬと解っていながら、今は死への恐怖よりも強大な敵とやりあえる喜びが勝っている。脳内でアドレナリンが大量に噴出しているのが実感出来るくらい気分が高揚している。
「そこまでよ!」
突然俺達の殺し合いに一人の女が割って入ってきた。
「キナコパンマン、その人を傷つけては駄目。」
「わかった。後は銀河警察にまかせるよ。」
女の一言でヤツは姿を眩ましてしまった。
「ま、待て!まだ勝負は付いてないぞ!」
「もうやめて。あなたでは彼に勝てないわ。」
「なんだと、おい女、貴様は何者だ?何が目的だ?」
俺の質問には答えず、女は一瞬悲しそうな顔を浮かべながら姿を消した。刹那であったが、なぜか俺はその深淵に潤んだ瞳が目に焼き付いて忘れることが出来なかった。
「転移装置を使ったのか?だがあの技術はまだ実用化されていないはず・・・まあそんな事はどうでもいい。俺は助かったのだな。」
今になって死の恐怖が甦り、体が震え始めた。
「あのバイドクを一撃で仕留め、俺でさえも歯が立たなかった・・・ヤツは一体何者なんだ・・・。そして、あの女は・・・。」