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皆殺しの事実

情報屋との交渉はダネットに任せ、デリフィスはシーパルとナーシィーを連れ喫茶店に入った。


朝早くに宿を出たため、まだ朝食を済ませていない。


今日も一日中、アラン捜しのため歩き回るかもしれない。

食事はしておいた方がいいだろう。


シーパルは平気そうだが、ナーシィーはやや眠そうだった。


昨日までの疲れが、取れていないのかもしれない。


おとなしそうな顔をしている。

ごく稀だが、眼に強い闘志のようなものが宿るのも知っている。


理不尽な怒り方をしたダネットに、ぶん投げられた時だったか。


戦場に立っている時のような眼で、ダネットを睨み付けていた。


なぜダネットなのか。

庇護を求めるなら、もっと適当な人物がいるだろう。


聞いたが、ナーシィーは曖昧な解答しか返さなかった。


シーパルが声を上げ、立ち上がる。


窓からは、路地裏が見える。

ダネットが、情報屋の胸倉を掴んでいた。

微かに、怒声のようなものも聞こえる。


シーパルとナーシィーを制し、デリフィスは喫茶店を出た。


路地裏に回り、首から上を真っ赤にしたダネットの肩を掴む。

情報屋は、怯えた表情をしていた。


今にも暴れだしそうなダネットを、なんとか取り押さえる。


情報屋が、逃げていく。

それを見送り、ダネットが落ち着くのを確認して、解放した。


ダネットが、デリフィスを手首を強く掴んでくる。


「どういうことだってんだ!?」


吐き捨てるように言った。


困惑が、怒りになっている。

それを、ぶつけそうになっているのだ。


「ダネット、なにを聞いた?」


「……アランと、ジョサイア・フォルジャーの目的は、王の暗殺なんかじゃなかった……」


只事ではないと思ったか、シーパルとナーシィーも駆け付けてきている。


「奴らの目的は、『ビンス園』ってとこだ」


「なっ……!?」


ナーシィーが絶句し、ダネットに詰め寄ろうとする。

頬を叩かれ、ナーシィーは転んだ。


「その『ビンス園』とはなんだ?」


「国立の施設だよ。こいつの弟が、そこにいる。奴ら、そこを襲撃するつもりだ」


今度は、シーパルが絶句する。


デリフィスは冷静だった。

感情的になるのは、全部確認してからでいい。


「それは確かなのか、ダネット?」


「王の暗殺よりは、余程信憑性があるだろうが」


「……国立の施設だと言ったな」


金が目当てなら、もっと襲撃するに相応しい所があるだろう。


「占拠でもして、政府となにか交渉でもするつもりか?」


上手くいくとは思えなかった。

反政府組織などが稀に行うが、要求にザッファー政府が応じた話など、聞いたことがない。


一度でも要求を聞けば、更に要求を重ねられる。


政府は弱腰だと思われ、他の組織も同じことを行う。


それがわかっているから、ザッファー政府は反政府組織と如何なる取り引きもしない。


人質を取られていようと、軍で包囲し潰す、ということをやってきたはずだ。


『コミュニティ』から逃げ回っている者たちが、更に政府まで敵に回すようなことをするのか。


「違う。奴らの目的は、『ビンス園』を占拠することじゃない。『ビンス園』にいる奴らを、皆殺しにすることだってよ」


「なんだよ、それ!?」


「うるせえ!」


立ち上がるナーシィーを、ダネットが黙らせる。


「くそっ……まずは、馬だな。それで……」


ダネットは、向かうつもりでいる。

馬の調達を考えているということは、それなりに遠方にあるということか。


「落ち着け、ダネット。まずは、真偽の確認を……」


「事実だったらどうする!? 確認なんてしてる暇あるのかよ! 奴ら、皆殺しにするって言ってんだぞ!」


「……」


感情的になってはいるが、一理ある。


事実だとしたら、ナーシィーの弟が危険だ。

悠長に裏付けなどしていられない。


「……わかった。だが俺も行くぞ、ダネット」


「……勝手にしろよ」


「シーパル、お前は、テラントたちに連絡してくれ。まだ宿にいるだろう。あと、警察にも知らせてくれ」


「……警察ですか」


「当てにはならんがな」


すでに情報を掴んでいる可能性もある。


だが少なくとも、何百何千といった大部隊を、いきなり『ビンス園』に向かわせるということはしない。


精々数人を送り、警告するといった程度か。


事実だとしても、本格的に人数を割くのは裏付け捜査が終わってからのはずだ。


治安の悪い、王都ハオフサット。


警察も、そこまで暇ではない。


シーパルを帰し、デリフィスたちは出発した。


ナーシィーも、デリフィスたちに付いてくる。


『ビンス園』は、ハオフサットの街を出て北東にあるらしいが、細かい道筋はダネットも知らなかった。


ナーシィーに、案内してもらわなくてはならない。


シーパルも当然正確な場所は知らないはずだが、国立の施設だ、調べることはできるだろう。


街を出て、馬を駆けさせながらデリフィスは考えた。


踊らされていないか。


国王暗殺計画と、『ビンス園』襲撃計画。

どちらも有り得ないと思えるが、起こり得る可能性がまだあるのは、後者だろう。


アランという者が王の暗殺を企んでいると聞いた時、デリフィスは馬鹿馬鹿しいと思った。

ダネットや、他の者も同じだろう。


馬鹿馬鹿しい計画を聞いた後、実は『ビンス園』襲撃を企てていると聞かされたら、どう感じるか。


信じかけてしまうかもしれない。

ダネットも、国王暗殺よりは信憑性があると言った。


それにしても、ダネットは焦りすぎである。


ナーシィーが焦るのは仕方ない。

弟が危険なのかもしれないのだから。


だが、ダネットがそこまで焦る必要があるのか。


まずは真偽の確認をして、それからどう動くか決めればいい。


普段のダネットなら、そうするはずだ。


なにがダネットから、そこまで冷静さを失わせている。


なぜ、アランが昔暮らしていたというアパートに向かわなかった。


手掛かりである。

真っ先に向かうものだろう。


アランを捜す以外に、他の目的があるのではないか。

なにか、隠していないか。


「……ダネット、他に有益な情報は得なかったか?」


聞いたが、ダネットは答えなかった。

ただ、馬を駆けさせている。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ダネットは、苛ついていた。


アランやジョサイア・フォルジャーが、国立の施設の襲撃を企てている。


それだけなら、まだ冷静でいられただろう。


だが、アランたちの側には、おそらくもう一人いる。


ネイト・ホルツマン。ダネットにとっては、実の父親になる。


そして狙われているというのが、『ビンス園』。


父親が、弟分の弟を殺そうとしている。


それを考えた時、ダネットの頭からは冷静さというものが吹っ飛んだ。


馬を激しく駆けさせる。

デリフィスは悠々と、ナーシィーはなんとか付いてきている。


ハオフサットから東、レフグレの街までの道は、よく整備されている。


北や北東に伸びる道は、そうでもない。


道がなく、平原が拡がっているだけという所もある。


余り整備されすぎていると、北のリーザイ王国の侵攻を容易くさせてしまうからだ。


どれくらいで『ビンス園』に到着するだろうか。

昼頃だろうか。


ほとんど知らない道なので、確実なことは言えない。


雨が止みかけていることに、ダネットは気付いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ジョサイアは、現れたネイト・ホルツマンに殴り飛ばされた。


アランが用意した、ハオフサットにある隠れ家でのことである。


姿を眩ませていたネイト・ホルツマンがいきなり戻ってきて、その拳を振るったのだ。


「……なにをする?」


立ち上がり、ネイト・ホルツマンを睨み付ける。

口許を拭うと、血の味がした。


隠れ家に、ネイト・ホルツマンと二人。


確かな実力がある魔法使いだと知っているが、ジョサイアは自分が劣っているとは思わなかった。


忌々しいが、自分には『悪魔憑き』としての能力もある。


「……『ビンス園』の襲撃だぁ? くだらねえデマ流しやがって……」


ネイト・ホルツマンの額には、血管が浮かんでいる。


「……それが、まずいことなのか?」


ジョサイアたちの存在に最も近付いてきているのは、軍でも警察でもなくダネットという傭兵だと、アランは言った。


ダネットには相棒がいて、その弟は『ビンス園』という施設にいると。


その危機を知れば、ダネットの意識は自分たちから『ビンス園』に向くと言っていた。


もしかしたら、今頃ダネットはハオフサットを出て、間抜けにも『ビンス園』に向かっているかもしれない。


「アランの目論見が当たれば、ダネットを撹乱することができる」


「はぁ? ダネット? 誰だそりゃ? ンな奴なんかどうでもいい。問題は……そろそろ雨が止むってことだろうが」


「……雨?」


「……俺の力はな、完全じゃないんだ。全部を隠すなんてできねえ。あの野郎を相手に、いつまで誤魔化せるか……くそっ! 『ビンス園』の奴を皆殺し? そんな有り得ねえ情報を掴んだら、すぐに感付かれるに決まってんだろうが」


「……待て。なにを言っているのか……」


「説明は、後でする」


ネイト・ホルツマンは、部屋の中を見回した。


「……お前だけか? アランって奴は、いねえのかよ?」


「あんたの力とやらで、捜せばいいだろう」


ジョサイアの皮肉に、ネイト・ホルツマンが舌打ちする。


「ンなに便利なもんじゃねえんだよ。いいか、アランって奴を呼べ。俺たちも、『ビンス園』に向かうぞ」


「……なぜだ?」


「後で説明するって言ったろうが。兵士もいるな? とにかく、集められるだけ集めろ」


「……お前は、俺たちが『コミュニティ』から逃れるための力を持っている。だから、協力する」


顎が痛い。

殴られたことは、しばらく忘れられそうにない。


「だが、まずは事情を話せ」


「……」


ネイト・ホルツマンは溜息をつき、舌打ちして、それからまた溜息をついた。


「世界を救え」


「……なんだって?」


「お前たちの手で、『コミュニティ』から世界を守れって言ってんだよ」


ネイト・ホルツマンは、真顔だった。


だからジョサイアは、笑うことができなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ストラーム・レイルが放った光線を、『ダインスレイフ』から生じた力場が弾く。


ザイアムの意志に応えるように、剣身は赤く輝く。


踏み出す。


相手の剣の間合いに入ったのは、どちらが先か。


『ダインスレイフ』を振るう。

ストラーム・レイルが手にする、魔力の込められた剣とぶつかる。

何度繰り返してきたか。


ストラーム・レイルの剣撃が、軽くなった。


一瞬で行われる、剛から柔への切り替え。

剣を、受け流された。


ストラーム・レイルは、左手を柄から離している。

掌の先に、炎が生まれる。


魔法の発動も早い。

今まで見た、誰よりも早いかもしれない。


至近距離からの魔法。

ザイアムの顔面を、貫いていく。


そう感じたが、頬をわずかに掠めただけだった。


かわした瞬間は、なにも考えていない。


ストラーム・レイルの膝が、腹に突き刺さる。


来るのがわかっていた。

だから、腹筋を固めていられた。

耐えることができる。


そして、これはストラーム・レイルの攻撃の本命ではない。


剣が振り下ろされる。

狙いは、ザイアムの手首か。


『ダインスレイフ』を捨てた。

その重みが、命取りになる。


腕を引く。

ストラーム・レイルの剣が、拳の前を通り過ぎる。


左手の先に、また魔法の炎。


『ダインスレイフ』を手放した。

力場では防げない。


距離が近すぎる。

互いの息が掛かるほどの距離だ。


相打ち狙いでない限りは、使用する攻撃魔法は直線的なものに限定される。

線をずらせば、かわせる。


右手を振り上げた。

ストラーム・レイルの左手を、下から叩く。


炎が、ザイアムの前髪だけ焦がし走り抜ける。


ストラーム・レイルの攻撃。

搦め手にも、本命の一撃にも、相手を戦闘不能にするだけの威力が込められている。


瞬きをするほどの間に、すべてが繰り出されている。

だが、すべて捌いた。


足を前に出す。

真っ直ぐに。


攻撃を繰り出し続けたストラーム・レイルは、わずかに重心を前足に掛けすぎている。


体がぶつかった。

空いているザイアムの左の拳が、ストラーム・レイルの顔面を捉える。


振り切った。


顔面が陥没し、首が捻折れたはずだ。


少なくとも、鼻の骨が折れるくらいはする。


だが、拳に伝わる手応えは、布団に触れた程度しかない。


後退したストラーム・レイルも、平然としていた。

鼻血の一つも流れていない。


体捌き、そして後方に跳び威力を流したのだろうが、見事すぎる。


(リンダ・オースターのようにはいかないか……)


あるいはあの『鉄の女』ならば、ストラーム・レイルを躓かせるくらいはできたのかもしれない。


腕に突き刺さっている、『ダインスレイフ』の管を掴み、手元に引き寄せた。

振り抜く。

発生した衝撃波が、ストラーム・レイルを叩く。


草原が捲れ上がり、視界が遮られる。


どうせ、防がれたのだろう。

正面からの単発の攻撃が通用する相手ではないと、よくわかっている。


土煙が晴れ、視界がはっきりしてきた。


ストラーム・レイル。魔力障壁が展開されている。

やはり、防いだか。


互いに、息が上がっている。

傷も、多少ある。


場を移し、土地を変え、戦いを続けてきた。


北へ北へと移動していると、ザイアムは気付いていた。


自分が北に押しているのか、ストラーム・レイルが、引き入れようとしているのか。


ザイアムにとっては、都合の良い方向である。


ザッファー王国を北へ行けば、ストラーム・レイルが仕える、リーザイ王国である。


ハオフサットとレフグレを結ぶ街道を越えたはずだ。


ストラーム・レイルとの戦いで、道は滅茶苦茶になっていることだろう。


リーザイ政府の人間であるストラーム・レイルが、ザッファー王国の主要な街道の一つを壊したのである。


ザッファー政府は、リーザイ政府になにを要求するだろうか。


戦闘の場の緊迫した空気を吸いながら、ザイアムはそんなことを考えていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ライア・ネクタスの剣と魔法を、丁寧に防いでいく。


ソフィアにとっては、簡単な作業だった。


ライア・ネクタスが弱いのではない。


剣士としても魔法使いとしても、一流だと評価していいだろう。


剣筋は鋭い。

炸裂する魔法は、大地を揺るがす。

だが、ソフィアなら容易く捌ける。


武器の扱いも魔法の扱いも、ソフィアの方が上だった。


なにより、『邪眼』の力がある。

ライア・ネクタスが次にどういった行動を取るか、常にわかった状態でソフィアは戦える。


あとは、『ネクタス・システム』さえ使わせなければいい。

それもまた、簡単なことだった。


あれは、ライア・ネクタスという人間が出せる力以上のものに反応する。


ソフィアが、加減すればいいだけの話だ。


ライア・ネクタスの攻撃は確実に防ぐ。


反撃は、ライア・ネクタスが防げるように手加減する。


ソフィアにとっては簡単なことであり、ソフィア以外の者にはできないことかもしれない。


ザイアムでは駄目だった。


あの男の強さは、圧倒的すぎる。

そして、剣士として優れすぎている。

それでいて、加減が上手くない。


力を抑えても、ライア・ネクタスを下回ることはない。


『ネクタス・システム』が起動する。

ザイアムといえど、危険だった。


ライア・ネクタスの相手ができるのは、ソフィアだけなのである。


虚しい戦いだった。

ソフィアが傷付くことはない。

ライア・ネクタスを傷付けることもできない。


ただ時間だけが浪費される、不毛な戦いだった。


今日中に、雨は上がる。

病の床にいるかのような声で、クロイツがそう伝えてきた。


雨さえ降らなければ、クロイツは本来の力を振るえる。


それまでは、ライア・ネクタスの相手をしてやればいい。


ハオフサットの街を出て、目論見通り北へ北へと移動しつつあった。

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