舞台の中央
腕を拡げる。
数年振りに会う友人を迎えるかのように。
引きつった顔の大男に、クロイツは微笑んだ。
「やあ、ネイト・ホルツマン」
「……なんで……」
動かぬ息子を背負ったネイト・ホルツマンが、なんとか声を絞り出す。
「……なんでてめえが、ここにいる……?」
「どういう意味だろう? 私がここにいるのが、そんなにも不思議かね?」
「……てめえは、ジョサイアたちの近くにいたはずだ……。ナーシィーをマークして……」
「ジョサイア・フォルジャーの近くに、私はいなかった。ナーシィーの中に『中身』はいないことを、私は知っている」
下品な笑いにならないよう注意しながら、口の端を上げていく。
「君が私だと認識した、ジョサイア・フォルジャーの近くに居たあれは、私ではない」
「……どういうことだよ?」
「ザッファー王国は、物騒な国だと思わないかね、ネイト・ホルツマン?」
暗いザッファーの大地を、クロイツは見渡した。
ネイト・ホルツマンを遮ったこの街道も、暗い。
騎馬と平原の国。そして、混沌の国。
「行き倒れた者、戦い破れ、打ち捨てられた者、死体は、ハオフサットの半径十キロ圏内に、二十もあったよ。……兵士の、『器』だ」
「……」
「さて、兵士の『中身』となる魔法使いの肉片だが、幸い手元にあってね」
「……そうか、アランの……」
「正解だよ、ネイト・ホルツマン。斬り落とされた彼の右足を、私は回収していた」
兵士を生成するための材料が、揃っていた。
そしてクロイツは、出来上がったばかりの兵士を、『ビンス園』に向かわせた。
ジョサイア・フォルジャーの指揮に従うよう命令を出し。
「兵士たちには、ちょっとしたプログラムを組み込んでいてね」
「……プログラム?」
「それは、解析された瞬間に働く。解析データを、自動に書き換える。兵士ではなく、この私、クロイツだと」
「じゃあ……」
「そう、君は、私が『ビンス園』にいると思い込んでいた。そして、その動向に注意を払っていた。私がナーシィーを追っていると、ジョサイア・フォルジャーを見張っていると、君は認識していた。注視するそれが、ただの兵士だと気付くこともなく」
「……この糞野郎」
「君のことを、認めているが故の小細工だよ」
普通にネイト・ホルツマンを追えば、様々な妨害に遭っただろう。
追跡に、手こずってしまう。
だから、ナーシィーの中に『中身』があると騙されている振りをした。
騙され見当違いの方向に進む者に、妨害することはない。
「なにしろ、こちらにも荷物があってね。多少、移動に手間取る。余計な妨害工作を受けたくなかった」
クロイツの合図に、背後から足音が響いた。
足を引き摺るような、無気力な歩き方。
無理もない。
それには、根源たる中身がないのだから。
空っぽの、そして究極の『器』。
生前はハウザードという名前だった物体である。
朗々と告げる。
「ここに、『器』と『中身』が揃った」
「……」
じりじりとネイト・ホルツマンが後退する。
「逃げられるとでも思っているのかね?」
「……思わねえよ、糞っ垂れめ……」
「そこまで息子が大事かね? 君の背中のそれは、もう死んでいるようだが」
「……」
「……いや」
クロイツは、喉を鳴らした。
「致命的な負傷をしながら、それはまだ生きている。自己と周囲の時間の流れを遅らせ、一分間に一度だけ、心臓を動かし、呼吸をして。死なないとわかっていたからこそ、君は『ビンス園』を破壊できた」
フードを外し、ネイト・ホルツマンは乱暴に少ない髪を掻いた。
顔は、脂汗でびっしょり濡れている。
「焦っているね。そんなに息子を守りたかったのかね? なかなか、息子想いな父親じゃないか。同じ息子であるナーシィーは、囮にしていたというのに」
「……」
「ああ、同じ息子ではなかったな。差別をしてしまうのも、無理はないと思うよ。戸籍上は親子でも、生まれた時期からして、君とナーシィーに血の繋がりはないだろうからね」
「……なんでも知ってるな、ほんとに」
大きな掌で、ネイト・ホルツマンは顔の汗を拭った。
「……さっさと殺せよ」
「意味があるから、時間を稼いでいる」
『ルインクロード』を完成させ、今すぐここを離れるのは容易い。
だが、ライア・ネクタスとストラーム・レイルが向かってきているのだ。
二人には、ソフィアとザイアムが付いている。
これは、好機だった。
ライア・ネクタスとストラーム・レイルは、止まれない。
なんとしても、『ルインクロード』の完成を阻みたいはず。
そして、ザイアムとストラーム・レイルは互角でも、ソフィアとライア・ネクタスは格が違う。
ライア・ネクタスだけ到着が遅れてしまう可能性は、かなり高い。
ストラーム・レイル一人に対し、四人で戦える状況を作れる。
「君は、よくやったと私は思うよ」
ネイト・ホルツマンの呼吸は、かなり乱れていた。
また、汗が吹き出ている。
「ジョサイア・フォルジャーは、こう思っていただろう。『コミュニティ』にいた時、部隊が失敗を重ねてしまったのは、隊長だった者が無能だったからだ、と。自分は優秀だと、彼は思っていた」
「……」
「滑稽だな。真に優れている者に、無理矢理『悪魔憑き』の人体実験など施すものか」
それは、優れた人材の流出に繋がる。
「だから、君はよくやった」
たいした手駒もない状態で、クロイツやエスを引っ掻き回したのだから。
大健闘と言っていいだろう。
「……けど、それもここまでみたいだな」
「無駄な抵抗をしないでくれれば、苦しまずに死ねる」
クロイツは、掌をネイト・ホルツマンの厚い胸板に向けた。
『コミュニティ』を裏切った、優れた人材。
『中身』は元々、ルインの中にいた。
それがある時、なんの気紛れか外に飛び出した。
行き先を捜している時に、ネイト・ホルツマンは『コミュニティ』を裏切った。
ネイト・ホルツマンは、優れた魔法使いである。
その血を受け継ぐ者も、優れた魔法使いになれる素養を持っている可能性が高い。
それは、魔力を内に留められる存在であるということ。
つまり、『中身』を入れておけるということである。
『コミュニティ』は、ネイト・ホルツマンの力により、彼と彼の息子を認識することができなくなった。
『中身』がネイト・ホルツマンの息子の中にいるのは、確定的であると言えた。
ハーマシアは眼と耳を不自由しているというが、無理もない。
並の『器』では、そうそう留められるものではないのだから。
前回の『器』も、ちょっとした力の追加により、崩壊を始めた。
だからルーアは、リーザイ王国のミジュア第九地区で、『ルインクロード』を破壊できた。
「……待ち人、未だ来たらず、か。もう少し話そうか、ネイト・ホルツマン」
「……俺は、べつに話すことなんて……」
「君を見付けることができた。だが実は、これはソフィアの手柄なのだよ」
「……ソフィアの?」
「私たちには、『中身』がいるハーマシアのことも、君のことも、ナーシィーのことも認識できなかった。『ビンス園』という建物の存在も、そこで働く職員のことも、ジョサイア・フォルジャーやアランのことも。君たちに関わる全てが、私たちには視えなかった。一旦、君の力を解除するまでね」
「……」
「だがそれにしては、ソフィアやザイアムは、『中身』に近付いていった。私の意識も」
ライア・ネクタスやストラーム・レイル、クロイツと同じく能力を封じられていたエスの思惑も絡んでのことである。
舞台の中央に立つべき者たちが、全員『中身』に近付いたのは、理由がある。
ネイト・ホルツマンがエスの力も封印していなかったら、危なかっただろう。
ライア・ネクタスやストラーム・レイルは、クロイツより先に舞台の中央に至っていた。
ハーマシアごと、『中身』の破壊を試みるはずだ。
だから、息子を守りたいネイト・ホルツマンは、『コミュニティ』に敵対しているエスにも、助力を求められなかった。
ジョサイア・フォルジャーという半端者を、駒にするしかなかった。
クロイツがネイト・ホルツマンの力を解除したことにより、エスも自由を手にしている。
ライア・ネクタスとストラーム・レイルに、『中身』の居場所を伝えているはずだ。
間もなく到着する。
ネイト・ホルツマンの予想を超える早さで。
みなが、『ビンス園』の方向に進んでいたからだ。
認識できない時から、『中身』がいる大体の位置がわかっていた。
「私が『中身』を見付けるために考えた方法は、三十二通り。必死で知恵を振り絞っている私に、ソフィアは告げたよ。ダネットという傭兵を見張れ、いずれ『中身』まで至るかもしれない、とね。彼の活動地域から、ナーシィーと巡り会う可能性があるのはわかっていたが……」
「ダネット……?」
「とある傭兵だよ。ソフィアが着目したのは、人間関係だった。私は、彼の行動をシミュレートし、そして彼はその通りに動いた。彼は君の息子であるナーシィーと出会い、共に行動をするようになり、弟を心配するナーシィーを連れ、『ビンス園』へと向かった。私たちには、ナーシィーは視えない。だが、『ビンス園』へ向かうダネットは見えていた」
ダネットとは、ルーアも行動を共にしていた。
もしルーアに昔のような力があれば、『中身』を破壊できるだけの力があれば、エスは勝者になっていただろう。
ルーアの未熟さに、さぞエスは腹を立てているに違いない。
「私は、自分の無能さを呪いたくなったよ。私の知恵と知識は、ソフィアの感性に完敗した」
「……なんなんだ。そのダネットってのは……?」
「ハーマシアばかりに気を向けていなければ、彼のことを一目でもすれば、気付いただろうがね。彼は、君の実の息子だよ」
「……馬鹿な……」
ネイト・ホルツマンが、よろける。
「そんな奴いるなら、俺が気付かないはずが……」
「ナーシィーは、若い頃の君とそっくりなダネットに、なついてしまった。ダネットという男、薄情な振りをしてなかなかお人好しなようでね、ナーシィーの面倒を見るようになった。そして彼は、『ビンス園』へ向かった。私たちを案内していることも知らずに」
「ンな奴いるなら、俺が気付かないはずがねえ!」
声を震わせ、ネイト・ホルツマンが叫ぶ。
「ハーマシアやナーシィーに関わる可能性がある者全員に、処置を施した! お前らに、認識できないように! 俺の息子!? 俺とそっくりだと!? そんな奴を、見落とすわけが……」
「見落とすのも、無理はない」
言葉を滑り込ませる。
笑いを含ませた声音で。
「未熟な君では、大陸の端まで力を届かせられないのではないかね?」
「……」
沈黙する。
図星なのだろう。
「君が、ハーマシアやナーシィー、二人に関わる者たちに特別な処置を施していたその時、おそらく彼は、ザッファー王国にいなかった。彼はね、しばらく前まで、ズターエ王国で警官をしていたのだよ」
「ズターエ……」
「君は、彼を見落としてくれた。お陰で、思ったよりも早く、『中身』の所まで来られた」
もういいだろう。
間もなく、他の者たちも到着する。
クロイツは、ネイト・ホルツマンの胸の中央に照準を合わせた。
魔力を引き出し、ネイト・ホルツマンだけを殺せるよう威力を調整する。
だが、魔法を放つ必要はなかった。
呻くネイト・ホルツマン。
口から、血が溢れている。
背中から胸を突き破る、小さな子供の手。
それは、ネイト・ホルツマンの胸から生えているようにも見えた。
「一分間に一度だけの呼吸と心臓の鼓動。冬眠状態などと呼ばれているそれは、七百年前から、ヨゥロ族の一部の者だけに伝わる技能だよ。それを、彼は使用している。その意味は、わかるだろう? すでにそれは、君の息子と呼べる存在ではなくなっている」
近付き、血を吐くネイト・ホルツマンの肩を、クロイツは叩いた。
「どんな気分かな? 息子だった者に殺されるというのは」
耳元に顔を寄せ、囁く。
「死ぬ前に答えろ、ネイト・ホルツマン。君に力を与えたのは、ロンロ・オースターと接続したのは、誰だ?」
ネイト・ホルツマンが、口を動かしている。
言葉を吐き出そうとしているのか、空気を求めているのか。
「……私たちの時代では、赤毛は差別の対象になることもあってね。国によっては、悪魔の使いである、などとも言われていた」
ネイト・ホルツマンのように力を理解している者の脳を覗くのは、非常に難しい。
それに、第三者が対策をしているだろう。
だから、ネイト・ホルツマンの口から直接聞きたい。
「君に力を貸した者は、赤毛ではなかったかね? 横柄で狡猾な、彼だ。十八番目の……」
そこまで言ったところで、クロイツは小さく肩を竦めた。
「……なんだ。死んでしまったか」
ネイト・ホルツマンの胸板を貫いている手が、引き抜かれる。
生命活動を停止したネイト・ホルツマンの巨体が、前に崩れる。
人間の幼児の骨格をしたそれが、宙に浮いている。
ネイト・ホルツマンの面影があると言われれば頷いてしまう程度には、似ているかもしれない。
ハーマシアだったそれが、宙を歩き近付いていく。『器』へと。
ハウザードだったそれも、ゆっくりと進んでいく。『中身』へと。
クロイツは、後退った。
近くにいたら、吸い込まれるような気がした。
ハーマシアだった物が、ハウザードだった物の胸板に触れる。
ゆっくりと、静かに、『彼』が移っていくのを、クロイツは感じた。
役割を全うしたことを悟るかのように、ハーマシアの肉体が崩れていく。
「くっ……」
わかる。
完全無欠な『器』の中に、前回は『器』を破壊してしまった究極の『中身』が、入り込んだ。
クロイツは、高笑いを上げた。
『ルインクロード』以上の『ルインクロード』が、今、完成した。
「気分はどうだろうか? 力と体は、上手く馴染んでいるだろうか?」
『ルインクロード』は、自身を見下ろすように、両の掌を眺めている。
「今回は、君のことをなんと呼ぼう? ハウザード? ハーマシア? 原点回帰で、『ルーア』と名乗るのも良いと思うよ」
『ルインクロード』が、唇を微かに動かす。
四年半振りの目覚めである。
さすがに、緩慢な動作だった。
声を聞く前に、クロイツは顔の向きを変えた。
「……来たか」
飛行の魔法を解除し、優雅に降り立ったのは、ソフィアだった。
感極まった表情で胸に手をやり、『ルインクロード』の前で片膝を付く。
「……御帰還を……お待ちしておりました」
恭しく頭を下げる。
「……これは意外」
ソフィアに続き現れた人影に、クロイツは呟いた。
地面に激突するような勢いで着地したのは、ライア・ネクタスである。
『ルインクロード』の姿を認め、舌打ちをしている。
「ソフィア。まさか君が引き離せないとはね」
「一直線に飛ぶんだもの。エスの案内があったんでしょ」
「……なるほど」
大半の能力を封じていたため目立つ動きはなかったが、少しでも早くライア・ネクタスをこの場に到着させるため、エスは懸命に導いたのだろう。
遠くに、竜巻が見えた。
自然に発生したものではない。
力と力のぶつかり合いにより出来上がったものである。
それが、異様な速度でこちらに向かってきていた。
剣撃は、まるで大地を揺るがすかのようである。
竜巻が割れた。
飛び出す二つの人影。
クロイツたちの前、そしてライア・ネクタスの前でそれぞれ剣を構えるのは、ザイアムとストラーム・レイル。
二人とも、あちこちに小さな傷を負っているようだ。
血と泥で、全身を汚している。
飛行の魔法を使用し続けたであろうライア・ネクタスの呼吸の乱れはかなりのものだったが、二人の荒い息遣いはそれ以上だった。
ザイアムとストラーム・レイルは、二ヶ月に渡り意地を張り続けている。
ライア・ネクタスの背後に、白い影が浮かび上がる。
エス。現れた。
「揃った」
クロイツは言った。
『ルインクロード』、クロイツ、ザイアム、ソフィア。
ライア・ネクタス、ストラーム・レイル、そしてエス。
「舞台の中央に立つ資格がある者たちが、揃った」
ライア・ネクタスが前進し、ストラーム・レイルと肩を並べる。
消耗していても、二人の闘志に衰えはない。
ここで、最後の戦いを始めるつもりか。
『ルインクロード』以上の『ルインクロード』は、『ネクタス・システム』の上限を超えるのか。
仮に、これまで通り引き分けても、悪い結果ではない。
『ルインクロード』は、繰り返す。
だが、『ネクタス家の者』はどうなのか。
歴代の『ネクタス家の者』は、男子を一人だけ残してきた。
その子供が、『ネクタス・システム』を受け継いできた。
レジィナ・ネクタスが産んだのは双子で、しかも両方とも女児である。
システムは、大きく歪んだ。
ライア・ネクタスが、最後の『ネクタス・システム』かもしれないのだ。
だから、引き分けは悪い結果ではない。
「四対二だ、ライア・ネクタス、ストラーム・レイル」
クロイツは告げた。
エスに、直接的な攻撃力はない。
そして、並みの者が相手ならばともかく、ここにいる四人に強く干渉することは不可能である。
この場では、エスは頭数にならない。
「……二対四か」
ストラーム・レイルの声は、疲れていた。
圧倒的に不利な状況にも拘わらず、焦燥感がない。
「……本当に、そうかな?」
嫌な予感がした。
まだ、聞いていない。
名前を聞いた時も、ソフィアが跪いた時も、ザイアムが現れた時も。
まだ、『ルインクロード』の言葉を一言も聞いていない。
ライア・ネクタスとストラーム・レイルという最も危険な刃を前にしながら、クロイツは振り返った。
感情のない虚ろな眼に、力なく半開きになった口。
『ハウザード』だったそれは、端正な顔に生気をまったく漂わせていない。
「なんだ……?」
『器』と『中身』は一つになった。
完成したはずだ。
『器』は満ちたはず。
それなのになぜ、こうも空っぽに感じられる。
小細工をしたのは誰だ。
ライア・ネクタスか、ストラーム・レイルか、エスか。
奥歯を噛み、クロイツは向き直った。
いや、違う。
『器』は、クロイツが完璧に管理していた。
『中身』の居場所をエスが知ったのは、クロイツが全てを理解した後だったはず。
小細工をすることなど、不可能だ。
「どうやら、二対三のようだ」
ストラーム・レイルが、一歩踏み出す。
反応して、ザイアムが『ダインスレイフ』の切っ先を上げる。
「それに、そちらは足手纏いを庇いながら戦わなくてはならないようだ。不利なのは、果たしてどちらかな?」
「……」
まずい状況になった。
自分たちに向かってくるのならば、凌げる。クロイツも、ザイアムも、ソフィアも。
だがおそらく、ライア・ネクタスとストラーム・レイルは、真っ直ぐに『ルインクロード』を狙うだろう。
その攻撃を、いなせるか。
『ネクタス・システム』は、敵対対象が複数でも働く力だった。
二対一でも、ライア・ネクタスを倒すのは難しい。
ならば、ここは。
「ザイアム」
ザイアムの斜め後ろから、クロイツは呼び掛けた。
「ここは、協力しよう。私たち二人ならば、ストラーム・レイルを倒せるかもしれない」
「邪魔だ」
ザイアムの返答は、短かった。
「……なんだって?」
「邪魔だと言った。私とストラーム・レイルの戦いの、邪魔をするな。余計な手出しをするのならば、お前から殺す」
「……」
肩越しに覗くザイアムの眼は、完全に本気だった。
ザイアムにとっては、初めて出会った好敵手なのかもしれない。
「……わかったよ」
冷や汗を掻いているのを自覚しながら、クロイツは肩を竦めた。
助太刀などしたら、本当にザイアムはクロイツを殺そうとするだろう。
「……ソフィア」
「なに?」
「私は、『ルインクロード』を連れて避難する。ライア・ネクタスを、頼む。君にしか任せられない」
「わかったわ」
大鎌の柄と刃が擦れて、音を奏でる。
唯一ソフィアだけが、殺されることも『ネクタス・システム』も起動させられることもなく、ライア・ネクタスを止められる。
ライア・ネクタスとストラーム・レイルが突進する。
クロイツは身を翻し、『ルインクロード』を抱えた。
背後を気にする必要はない。
ザイアムとソフィアの二人を突破できる者など、この世に存在しない。
飛行の魔法で天を駆けながら、クロイツは懸命に考えた。
エスが追跡の糸を飛ばしているが、無視して考え続けた。
『ルインクロード』は完成した。
『器』と『中身』が調和した状態で、ここにある。
だが、なにかが欠落している。
足りないのは、一体なんだ。
自分が『コミュニティ』の頭脳であることは、自覚している。
これは、クロイツが導き出さなければならない解のはずだ。
長年の宿願のために、かつてないほどの勢いで、クロイツの脳は回転していた。