表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

後陣の傭兵

ジョサイアは、アランと合流した。

アランが率いている兵士は四人。


ルーアたちとの戦闘で散り散りになってしまった兵士を集めるのに、随分苦労したようだ。


右足を無くした分、移動にも手間取る。


アランは十五人の兵士を連れていたはずだが、多くはルーアたちにより殺されていた。

そして、敵の一人も倒せていない。


だがジョサイアは、アランが負けたとは思わなかった。


自分の作戦にも不備はなかった。

実際、ルーアをかなり苦しめていたようだ。


作戦の肝であるネイト・ホルツマンが、突然能力の使用をやめた。


それさえなければ、ルーアを殺せていたはずなのだ。


仲間である者の裏切りまでは、計算できない。


ネイト・ホルツマンはアランを見捨て、ジョサイアから部下を奪った。


もう仲間だとは思わない方がいいだろう。


これからどうするか。

リーザイ王国に逃げることを、ジョサイアは考え始めていた。


ネイト・ホルツマンのせいで、『ビンス園』を攻撃したのは、ジョサイアとアランだと世間は思うだろう。


この国に留まれば、犯罪者として政府機関に追われることになる。


国境を越えれば、うやむやになるかもしれない。


なにより、リーザイ王国にはストラーム・レイルがいる。


ジョサイアたちを追うために、『コミュニティ』がリーザイ王国に潜伏させている人員を割くことはない。


対ストラーム・レイルに戦力を集中させたいからだ。


橋を渡り崖を越え、峡谷を北へ行けば、すぐリーザイ王国である。


ネイト・ホルツマンに従い『ビンス園』に向かっていた兵士の一人が、戻ってきた。


ナーシィーを追跡中という報告をするため、ジョサイアを捜していたようだ。


兵士は、ジョサイアを指揮官だと認識していた。


ネイト・ホルツマンに奪われた指揮権が、戻ってきた。


どういうことなのか。

ネイト・ホルツマンの身に、なにかが起きたのかもしれない。


あるいは、もう手駒である兵士が必要なくなったのか。


それは、ネイト・ホルツマンは目的を達成したということかもしれない。


ネイト・ホルツマンの目的。それを考えた。


ネイト・ホルツマンは、協力者のふりをしてジョサイアたちに近付き、味方面で共に行動し、だがきっと、別の目的を持っていた。


不可解な言動は、その目的のためだろう。


いくら考えてもネイト・ホルツマンの目的がわかりはしないということに気付き、ジョサイアは一旦忘れることにした。

もう、関わりたくない。


早く北に逃げたかった。

その前に、ナーシィーだけは殺さなければならない。


『中身』が『コミュニティ』に渡れば、なにもかもが終わる。


ナーシィーは、北へ向かっているようだ。

兵士たちが数人で追っている。


ジョサイアは、アランと共に兵士を従え、『ビンス園』がある集落へと入った。


焼け崩れる『ビンス園』に、人々は混乱し逃げ惑っている。


兵士たちが住人を襲い、混乱に拍車を掛けている。


ネイト・ホルツマンから受けた指示の影響が、まだ残っているようだ。


見付け次第やめさせた。

殺すのは、ナーシィーだけでいい。


たまに、ナーシィーを追っている者が報告に現れる。


ダネット、そしてティア・オースターと共に逃げているようだ。


十人集まったところで、兵士たちに先行するよう命令を出した。


ナーシィーを殺すための、十人編成の部隊である。


『中身』が宿っていると言っても、外側は無力な子供に過ぎない。


楽に殺せるだろう。


道々兵士を拾っていく。

またすぐに十五人以上の兵士が集まった。


損傷の少ない兵士を十人選び、ジョサイアは進撃を命じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ただ、ローブの大男から遠ざかる方向に逃げる。


あれは、何者なのか。

自分と同じような体格であることを、ダネットは気付いていた。


その正体については、おおよその見当がつく。


だがダネットは、深く考えないようにした。


全部終わってから、整理すればいい。


助けに現れたテラントとシーパルが、突然いなくなった。


ローブの大男の仕業だろう。

訳のわからない力だ。


近付いても、簡単に斬れそうにない。


戦うべきではない、とにかく逃げろ、ダネットはそう判断した。


兵士たちが追ってくる。

ナーシィーを殺せ、と口にしながら。


自分たちを追跡する者たちの中に、ローブの大男の姿はない。


ダネットは、足を痛めているナーシィーを担ぎ走っていた。

ティアは、左肩を負傷している。

迅速に移動しているとは言い難い。


だが、兵士たちに追い付かれることはなかった。


兵士は三人。

追い付かれ戦闘になっても、ダネット一人で勝てる。


だから、兵士たちは追い付こうとしない。


途中で兵士は二人となり、それからまたしばらくすると、五人になった。


仲間に連絡し、近くにいる者を集めている。


ダネットが引き返す素振りを見せると、兵士たちは後退して距離を保つ。


兵士たちは、七人になった。

ダネットたちを追い、だが戦闘は避けている。


それも、人数が揃うまでだろう。

殺せると確信した時、一気呵成に襲い掛かってくるはずだ。


敵の戦力が整わないうちに、こちらから仕掛けるべきか。


テラントとシーパルはどこかに消えてしまったが、他にもまだ頼れる者はいる。


反転し、敵の中央をぶち破り、デリフィスたちの元に帰る。


できるかもしれないが、ローブの大男に近付くということでもある。


ナーシィーとローブの大男を、向かい合わせていいのか。


ナーシィーの側を離れる訳にはいかなかった。


怪我をしているティアだけでは、守り抜けないだろう。


足手纏いが二人もいる状態では、縦横に暴れ回ることはできない。


兵士が、また増えた。

十人を超えている。


ダネットたちが足を止めると、兵士たちも追跡をやめる。

しばらく、息を整えることに専念した。


「引き返せよ……!」


担いでいるナーシィーが、ダネットの背中を叩く。


「ハーマシアが、瓦礫の下敷きに……! 早く助けないと!」


「……ナーシィー君……あのね、ハーマシア君は……もう……」


ティアがなにか言い掛け、しかし口篭る。


傷口に巻き付けてある布が赤く染まっているのが、月明かりの下でもわかる。


視線を向けると、ティアはかぶりを振った。


(そうか……)


以前関わった事件により、この少女がどういう性格なのか、少し知っている。


おそらく、子供を見捨てられるような女ではない。


それが、ダネットたちと一緒になって逃げているのだ。


つまり、ハーマシアは死んでしまったのだろう。


もしくは、もう助けられないような傷を負ったか。


「ナーシィー、よく聞け」


息は整った。

ダネットは、歩みを再開した。

ローブの大男と、ハーマシアから遠ざかる方へ。


兵士たちも、付いてくるだろう。

また人数が増えているようだ。


「ハーマシアは、死んだ」


「……!」


ナーシィーが、背中を叩く。


「だから、もう忘れろ。てめえが生き延びることを第一に考えろ」


何度も何度も背中を叩かれる。

ダネットは、ナーシィーを離さなかった。


唸り声が聞こえる。


泣いている。


ナーシィーも、見たはずだ。

いくつも積み重なった瓦礫を。


わかるはずだ。

その下敷きになった意味を。


「……俺……あんたに言われたのに……!」


「……」


「……弟を守れって……なのに……!」


無言で、ダネットは担いでいるナーシィーの腰を叩いた。

ティアも無言で付いてくる。


橋が見えた。

北に向かっていたようだ。


崖を渡るための橋である。

その先は峡谷で、通り過ぎればリーザイ王国だった。


背後の兵士は、二十人を超えている。


まだまだ増える予感がした。

ただの勘だが、なぜか間違いないような気がする。


仕掛けてくるのは、三十人になった時か、五十人を超えてからか。


限界だった。

一人で相手できる人数を超えている。


地形を考慮すれば、ここで戦うしかない。


橋は、一本道のようなものだった。

どこへ向かったか丸わかりという危険もある。


だが、ここで遮る者がいれば、魔法でも使わない限り進むことはできない。


ダネットは、担いでいたナーシィーを降ろした。


「先に行け」


「えっ?」


「……ダネットさんは?」


「俺はここで、あいつらを喰い止める。悪いがあんたは、ナーシィーに肩を貸してやってくれ」


ティアは、傷付いた左肩を掴んでいる。


もう満足に戦えないと自覚しているはずだ。

足手纏いにしかならないと。


そして、ナーシィーを守るためには、誰かがここで敵を止めなければならないということも、わかっている。


「無茶だ、そんな!」


喚くナーシィーの額を、ダネットは指で弾いた。


たったそれだけの衝撃でも、足を痛めているナーシィーは大きくよろける。


ティアが、それを支える。


「……そいつ、頼むな」


「……わかりました」


「待てよ! あんた一人で……俺も一緒に戦う!」


「馬鹿野郎!」


ダネットは一喝して、ナーシィーを黙らせた。


「てめえみてえな痩せっぽっちなガキが、俺と一緒に戦うだと? そんなことは、もっと図体でかくなってから言いやがれ」


涙を湛えたナーシィーの眼を、見返す。


「行けよ。足手纏いだ」


「……ダネット、死なないよな」


「ガキが。誰に言ってやがる。あんな連中、一人残らず捻り殺してやる」


「……行こう、ナーシィー君」


ティアが促し、半ば引き摺るようにナーシィーを連れていく。


「絶対だからな!」


ナーシィーの声が響く。


「死なないって……死んだら許さないからな!」


(……アホか)


死んだら、それで終わりだった。

生者に許されようと許されまいと、死者には関係ない。


リーザイ王国へ戦争を仕掛ける時、軍勢はここを通る。


さすがに橋は、石造りの立派なものだった。


木製の橋ならば、落とすこともできた。

兵士の足止めも容易だっただろう。


もっとも、敵に魔法使いがいる以上、一時的な足止めにしかならないが。


魔法で飛べば、崖は越えられる。

橋を繋ぎ直すこともできる。


ナーシィーたちの姿が小さくなったところで、ダネットは振り返った。


ナーシィーを殺せ。兵士たちは、まだ言っている。


ナーシィーが動いた分、兵士たちも動いている。


ただ、半数以上は立ち止まっていた。


橋の前で立つダネットのことを、認識しているのだろう。


「……馬鹿なガキだ。なあ、お前らもそう思うだろ?」


二十を超える刃が、夜に光る。

遠くには、燃える『ビンス園』が見えた。


「……糞どもめ。俺は、デリフィスじゃねえんだよ」


一人で、これだけの数を相手できるわけがない。


(……非常時にピーピー泣きやがって。そんな暇あるなら、考えんだよ)


そして、武器を振り、走り、戦い、逃げろ。


戦場ではそうしろと、いつも教えてきた。


いつまで経っても、泣き虫な子供のままである。

向いていないのだ、傭兵など。


「……まったく、最悪だ。あんなのが……」


ふらふらと近付いてくる兵士がいる。


ナーシィーの命を求めているのだろうが、間にいるダネットのことが見えていないようだ。

首筋に、遠慮なく剣を叩き付けた。


「……あんなのが、俺の弟かよ」


本当に、最悪だ。


兵士たちが、一斉に武器を向けてくる。

いくつかの矢が飛んできた。

死んだ兵士を掴み上げ、盾にする。


更に十人ほどが、『ビンス園』からこちらに向かってきていた。


兵士だろう。

遠眼にも、走り方が普通の人間と比べぎこちないのがわかる。


まだ敵は増えるのか。

剣の柄を無駄に強く握る。


ナーシィーは、先に行かせた。

後陣を破らない限り、逃げる本陣の元へは辿り着けない。


何十もの敵。

ナーシィーという、子供を殺すための。


後陣にいるのは、たった一人の傭兵だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


歩くたびに、熱を持った左肩に激痛が走る。


肩を貸しているナーシィーを不安にさせないために、できるだけ表情には出さないようにした。


それでも、脂汗を止めることだけはできない。


鞘を失ったため抜き身なままの『フラガラック』は、ナーシィーに持ってもらった。


右手一本で少年を一人引っ張っている状態であり、かなり辛い。


ナーシィーは、ずっと後方を気にしていた。


ダネットが、ティアとナーシィーを逃がすために、一人で兵士たちと交戦している。


「……大丈夫よ、ダネットさんなら、きっと」


なにしろ、自分にも他人にも厳しいあのデリフィスに、認められている男だ。


いくつもの戦争を経験した、百戦錬磨の傭兵である。


傭兵として長く生きるのは、ティアが想像しているよりも、遥かに難しいのだろう。


最初から負けることが決まっているような戦争に、身を投じることもあったはずだ。


なぜ、生き延びることができたか。

見極めが上手いからだろう。


どこまで戦えばいいか。

いつ逃げればいいか。

正確に見極めてきたから、死を避けることができた。


今回も、見極めてくれるはずだ。

ぎりぎりまでティアとナーシィーが逃げる時間を稼ぎ、自身が殺される前に逃げる。


ダネット一人なら、足手纏いのティアたちが側にいなければ、きっとそれができる。


ティアたちは、ダネットが敵を引き受けている間、全力で逃げ続ければいい。


ここ数日、雨ばかりだった。

泥濘に嵌まらぬよう、意識しながら進む。


泥に、足跡がしっかり残ってしまう。


峡谷には、草地も川もなかった。

逃亡の形跡を完全に消すことは、不可能だろう。


小細工しても、真っ直ぐ追跡される。


だから、ティアは真っ直ぐ逃げることを選んだ。


少しでも距離を拡げるために。


「……大丈夫、ダネットさんなら……」


それに、みんながいる。

ユファレートやルーアやデリフィスが。


テラントとシーパルも、きっと無事だろう。


必ず助けにきてくれる。

ダネットの力にもなってくれるだろう。

信じて逃げていればいい。


気を緩めると、卒倒しそうになる。

奥歯を噛み締め、前をしっかり見て、ティアは進み続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


右手で剣を、左手で兵士の死骸の足首を掴み、滅茶苦茶に振り回す。


人並み外れて大きい自分の体と、筋力を最大限活かした戦い方だった。


近付く者は、全員敵。

誰かを巻き添えにする心配はない。


ダネット一人を殺そうと、次々兵士が襲い掛かってくる。

刃物が、体を掠めていく。


いずれも浅手だが、いくつも傷を負っていた。


この大きな体は、良い的だろう。

あちこちから矢が飛んでくる。


兵士の死骸を盾にして、なんとか遣り過ごす。


体力には自信がある方だが、すでに息が切れている。


常に、二、三人を相手にしている状態だった。

さすがに苦しい。


太く長い腕を大きく振り敵を払いのけるが、すぐに他の者が向かってくる。


そろそろ潮時かもしれない。

このまま戦い続ければ、やがて致命的な傷を負うことになるだろう。


そうなってからでは、手遅れである。


ナーシィーとティアが、逃げている。


兵士たちの目的は、ナーシィーであるはずだ。


道を開ければ、兵士たちはダネットには構わず、ナーシィーを追うだろう。


おそらく、ナーシィーたちは追い付かれる。


ティアに、抵抗する力は余り残っていない。

二人とも、殺される。


それでもいいだろう、と思う。


これ以上戦うのは、自分が危険だった。


弟だとしても、特別な情があるわけではない。


しばらく前に出会い、たまたま行動を共にしていただけである。


巻き込むことになってしまったティアには悪いが、所詮は他人の命でしかない。


自分の命よりも、あの二人の存在が重いわけがない。


それに、二人が逃げ切る可能性だってある。


道を譲ってしまえ。

まだ死にたくはないだろう。


突っ込んできた兵士を、剣で払い飛ばす。

体勢が崩れた。


ダネットの脇を駆け抜けようとしている兵士がいる。


このまま行かせてしまえ。

そして自分は、横に駆ければいい。

それで、見逃してもらえる。

自分だけは、助かる。


剣を、兵士の頭蓋に叩き付けていた。


別の兵士が飛び掛かってくる。

剣が閃く。

背中を、浅く斬られた。


声を上げ、死骸を振り回し追い払う。


(痛えな、畜生!)


なにをやっているのか。

道を開けるのではなかったか。

そこまで体を張る必要はないはずだ。

早く逃げろ。


それでも、足は地に根を下ろしたように、動かない。


ダネット目掛け、いくつもの矢が降り注いでくる。


左右から、槍を突き出した兵士が向かってきていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


混乱が治まってきていると、ルーアは感じた。


破壊された『ビンス園』。もっとも甚大な被害を受けた棟へ、ルーアたちは来ていた。


今なお、生き埋めになっている者がいるだろう。

怪我をしている者が、何人もいる。

それでも、大分落ち着いてきた。


ユファレートの存在が大きい。

魔法で巨大な瓦礫を次々撤去し、人々を救出している。


ルーアでは手に負えない重傷者の命を繋ぎ止めているのも、ユファレートだった。


女性や子供たちは、近くに集められていた。


魔法で攻撃されたとしても、すぐにルーアとユファレートが助けに向かえる距離だ。


デリフィスと『ビンス園』の警備員たちも、彼らの周囲で眼を光らせている。


男たちは、瓦礫の撤去や怪我人の運び出しのために駆け回っていた。


救援依頼のために、近隣の村や集落を回っていた者が戻ってきた。


魔法使いだという者を、三人連れている。

うち二人は、魔法医であるらしい。

なかなかの腕前のようだ。


「ユファレート、少し休もう」


「……わかった」


しばらく迷ってから、ユファレートは頷いた。

いくらか呼吸が乱れているようだ。


魔力は、無限にあるわけではない。

いくらユファレートでも、休みなしで魔法を延々と使い続けることはできない。


瓦礫はまだ、あちこちに積み重なっている。

怪我人は、きっとまだ大勢いる。

長期戦になるのは間違いない。


犠牲を減らすために、休息を取ることも必要だった。


余力のある魔法使いが三人現れた今が、休むべき時期になるだろう。


馬に跨がったデリフィスが、近寄ってきた。


「兵士たちの姿が、まったく見当たらん」


「そうか」


住民たちは、十人以上の武装した者に守られている。


兵士たちが攻撃を躊躇うだけの人数ではあるかもしれない。


「ティアとナーシィーが気になる」


「様子を見に行くか?」


首肯する代わりか、馬の首を叩くデリフィス。


「ダネットが向かった。テラントとシーパルもだ。大丈夫だとは思うが、一応な」


「わかった。こっちは、まあ……なんとかなるだろ」


『ビンス園』が魔法による遠距離攻撃を受けたのは、おそらく午後九時前くらいだっただろう。


それから、二、三時間は経過している。


しばらくは住民を襲う兵士の姿があったが、今はそれもない。


遠くから狙撃のための魔力を感じることもなかった。


もっとも、感知できていないだけかもしれないが。


辺りには、未だに破壊の魔力が充満している。


魔力の感知が難しい状況にあるのだ。


そのため断言はできないが、取り敢えず今は、襲撃の気配を感じない。


「任せた」


デリフィスが、馬を進めようとする。

だが、すぐに手綱を引いた。


女が一人、こちらに向かってきている。


ティアたちが向かった棟の方からだ。


怪我をしているのか、足を引き摺っている。

右肩を押さえてもいるようだ。


駆け寄り、体を支える。


「大丈夫ですか?」


服装で『ビンス園』の職員であることがわかる。


額からも血が流れている。

負傷している箇所は多いが、重傷ではないようだ。


ユファレートを制して、ルーアは治療を開始した。


女は、男に比べると、なぜか治癒魔法が効きやすい。

この程度の傷ならば、問題ない。


誰でも治せるような傷ならば、治療はルーアが担当し、ユファレートには魔力を温存してもらった方がいいだろう。


「……あなたたちは……確か、昼間……」


ルーアたちが今日、あるいは昨日になるかもしれないが、『ビンス園』を訪れた旅人であることを、女性は知っているようだった。


「……この傷」


肩の治療を開始して、ルーアはそれに気付いた。

刃物で斬り付けられた傷である。


「……黒い覆面を被った人に、いきなり襲われて……」


(……兵士か)


「……私、必死で逃げて……」


女性は、青冷めていた。


「助けてください!」


「……もう、大丈夫ですよ」


「そうじゃないんです! 私、怖くて、隠れていて、ずっと知らせることができなかったんですけど、子供が、生き埋めになっているんです!」


「……子供が」


「ハーマシア君が!」


「ハーマシアって、確か……」


「ナーシィーさんの、弟です!」


「……」


ルーアは、半壊した棟へと眼を向けた。


「ナーシィーさんも怪我して……あなたたちの、御友人も意識を失って……」


「ティアが!?」


ユファレートが、顔色を変える。


まずい状況かもしれない。


瓦礫の下敷きになっているというハーマシア。


ナーシィーは怪我をしていて、ティアは意識がないという。


怪我の具合によっては、シーパルだけでは手が回らないかもしれない。


兵士たちの襲撃を受けている可能性だってある。


駆け寄ってきた魔法医に、女性職員を預けた。


三人の魔法使いが応援に来てくれたのだ。


一人は治療系統の魔法に特化した魔法使いのようだが、あと二人は他の魔法も一通り使えるようだ。


特に一人は、なかなかの腕前である。


明かりを打ち上げ、水を生成し、力場の魔法を駆使し、瓦礫を動かしている。


魔法で遠距離狙撃されても、防いでくれそうだ。


「……よし。俺たちも行こう」


ナーシィーを殺すと言っていたという兵士。


『ビンス園』を吹き飛ばすような予想外の力を隠し持っていたアラン。


アランには、ジョサイア・フォルジャーという仲間もいるはずだ。

その力は未知数である。


一旦固まり、状況を整理した方が良い。


「先に行っててくれ。すぐ追い付く」


デリフィスが頷き、ユファレートを馬の背まで引っ張り上げる。


二人乗りの馬ならば、飛行の魔法ですぐに追い付けるだろう。


デリフィスが馬を駆けさせるのを見て、ルーアは事情を説明するために、『ビンス園』の警備員たちの方へ爪先を向けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


おかしなことになった。


見渡す限り、草原が拡がっている。

火を上げる『ビンス園』など、影も形も見えない。


テラントは最初、魔法で遠くに飛ばされたのだろうと思ったが、シーパルが言うには違うらしい。


とてつもなく広大な空間に閉じ込められている、ということだった。


(広大な空間に閉じ込められているってのも、おかしな表現な気がするけどな)


空を見上げる。

夜の空だった。


星や月の位置からすると、座標が大きくずれたということはなさそうだ。


自分たちが動いたのではなく、周りにあった建物や人々が、どこかに行ってしまったかのようだった。


ティアたちからすれば、テラントやシーパルが不意に消えたように感じられたかもしれない。


空間の中を適当に進んでも、なぜかシーパルのいる所まで戻ってしまう。


歩いても歩いても、同じことの繰り返しだった。


どうやら、魔法を使えないテラントでは、自力での脱出は無理なようだ。

シーパルに任せるしかない。


「頼むぞー、シーパル。お前、こういうの得意だよな?」


「……なんとかしますけどね」


シーパルの頬を、一筋の汗が伝う。

顎先から垂れ落ち、地面に染み込む。


造られた空間とは思えない、現実感溢れる光景である。


シーパルによれば、魔法により生成されたものではない、ということだった。


おそらく、ローブの大男が持つ、なんらかの能力なのだろう。


空間の構成が細かく変更されるため、なかなか崩壊させることができない、とシーパルは言っていた。

少し焦っているようだ。


夜であり、更に建物の陰ではっきり確認できなかったが、ティアはどこか怪我をしているようだった。


バランスの崩し方からして、おそらく左肩。


急がなくてはならないかもしれない。


ローブの大男は、よくわからない力を持っている。


ダネットだけでは苦戦は免れないだろう。


ナーシィーでは、戦力にならない。

厳しい評価かもしれないが、それがあの少年の、現在の実力だった。


すでに殺されているかもしれないという考えは、頭の隅に追いやる。


とにかくまずは、ここを脱出することだった。


「……必ず、この空間を破ってみせます。ただ……」


「なんだ?」


「凄く消耗するかもしれません」


「いいぞ、べつに。消耗しまくっても、力尽きても」


風がまったくないことに、テラントは気付いた。


草が揺れていることで、風があるものだと体が勘違いしていたようだ。


この空間が人工的なものであるという、証明なのかもしれない。


「出してくれさえすれば、敵は俺がぶった斬る」


今はできることがないので、テラントはシーパルの邪魔にならぬよう、夜空を眺めた。


風がないのに流れる雲が、月を隠す。

いつの間にか、日付が変わっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


矢が、槍が、ダネットの体に突き立つ。


剣を振ると、接近していた兵士は逃げていった。


鎖骨の近くに刺さった矢を抜き取り、掌で二つにへし折って捨てる。


兵士たちは、無闇に掛かってこなくなった。


ダネットの負傷具合や出血量などを、測っているのだろう。


(……痛え……痛えな、ちくしょう……)


特に、右の脇腹が痛んだ。

槍が、肉を裂いていったのだ。

出血のため、くらくらする。


(なにやってんだよ、俺は……)


好きなように生き、好きなように飲み、喰らい、好きなように暴れる。

それが、自分だった。


勝ち目がなければ、逃げればいいのだ。

こんな戦いは、自分らしくない。


ずっと、自分勝手に生きてきた。

自分が満足できれば、それでいい。


ズターエ王国王都アスハレムでは、デリフィスの戦いに首を突っ込んだ。


デリフィスは友人だから、というのも理由の一つだっただろう。


だがなにより、面白そうだと感じたから、協力したのだ。


サンという男を助けようという決意があったわけではなく、戦争を喰い止めるためという意識もほとんどなかった。


関わってみると思ったよりも大事で、降りるに降りられなくなった、というのが実際のところである。


一斉に矢が放たれた。

剣で払い落としきれない。

体に突き刺さっていく。


なぜ、こんな無謀な戦いを続ける。

どれだけ血を流しても、一ラウにもならない戦いだ。

金のために戦う傭兵にあるまじき行為である。


小剣を手にした兵士が近付いてくる。


今ならまだ間に合う。

剣を捨てて、膝を屈してしまえ。


涙を流し許しを乞えば、命だけは助けてもらえるかもしれない。


なんなら、みっともなく小便を垂れ流してもいい。


剣を振り上げた。


まともに喰らった兵士の体が、ゴム毬のように跳ね上がる。


(……ああ……くそっ……そうか……思い出しちまった……)


一ラウにもならない戦い。

自分のためではない戦い。

だが、思い出してしまった。


(……あのガキが……あんまりにも情けなく泣いているもんだからよ……)


剣を掻い潜られた。

小柄な兵士だ。

短剣を、腕に突き立てられる。


懐に入られると、剣は使えない。

顔面を掴み、持ち上げた。

他の兵士たちに、投げ付ける。


(……俺が、言ったんじゃねえか……だから、仕方ねえだろ……)


いつもより、足の幅を拡げて構える。


そうしなければ、倒れてしまいそうだった。


(……兄貴、だったら……)


確かに、ナーシィーに言った。


(……弟を、守らねえとな……!)


戦斧を受け止めるが、衝撃で剣が折れた。


柄から手は放さない。

折れた剣を、兵士の首筋に打ち込む。


今、戦っている。

自分のためではなく、ナーシィーのために戦っている。


戦うべき理由を、初めて見付けたかのような気分だった。


誰にも理解されないかもしれない。

少し前の自分なら、鼻で笑ったかもしれない。


だがこれは、今の自分が納得できる戦いだ。


また、矢が一斉に放たれる。

まるで糸で繋がっているかのように、次々ダネットの体に刺さっていく。

腕にも、足にも、顔にさえ。


それでもダネットは、倒れなかった。

橋の前から、動かなかった。


この背中の後ろに、自分の情けない弟がいる。


折れた剣を構えたまま、ダネットは意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ