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力の変容

無言でいるダネットのことは放っておき、テラントは『ビンス園』を歩いて回った。


防衛に適した建造物ではない。

デリフィスも、同じことを感じただろう。


『ビンス園』襲撃計画がもし事実だとしたら、状況はかなり悪い。


敵に、強力な魔法使いがいるのが問題だった。


高威力の魔法を遠くから放たれれば、テラントには為す術がない。


こちらにも、シーパルとユファレートがいる。


狙われている対象が個人ならば、あるいは攻撃が来る方向を特定できていれば、必ず守ってくれるだろう。


だが、周囲は草原であり、遮蔽物がほとんどない。


どこから攻撃をするかは、相手の判断次第である。


守るこちらは、受け身に成らざるを得ない。


そして、建物が大き過ぎる。

他の住居まで含めれば、集落ほどの規模がある。


いくらシーパルとユファレートでも、全域を守ることや全方向に備えることは不可能である。


敵の魔法使いに、遠距離から魔法を撃たれれば、犠牲は免れないかもしれない。


犠牲になるのは、テラントやダネットである可能性もあった。


そこまで思考を纏めてから、テラントはダネットの元へ向かった。


ダネットは、なにかに悩んでいる。

話し相手くらいなら、なってやってもいい。


だが、悩みを解決できるとは限らない。


そして、ダネットは話したがっていない。


だから、テラントは聞くつもりはなかった。


ダネットの様子を見て感じたのは、考え込みすぎなのではないか、というものだった。


一旦、別のことに思考を向けさせた方がいいのではないか。


思考を逸らさせることは、難しくない。

なにしろ、この状況である。


攻める者がいて、守る者がいる。

言ってみれば、戦争のようなものが起きようとしているのだ。


襲撃はあるものと、テラントは決め付けていた。


なにもなかった時は、笑い話にすればいいだけのことだ。


危険の可能性を無視するのは、愚かだろう。


そして、襲撃があるのならば、今の状況は非常にまずい。


敵に魔法使いがいる。守りに適した建物ではない。


この条件だけで、ダネットも危険だとわかっているはずだ。


傭兵として、各地を転戦してきた男である。


おそらく、シーパルやユファレートよりもわかっている。


状況の話し相手として、テラントがダネットを選んでも、不自然なところはない。


ダネットも、気が紛れるだろう。

なにしろ、身の危険が迫っているかもしれないのだ。


それは、命が危ないということでもある。


なにを悩んでいるのかは知らないが、自分の命よりも重いものではないだろう。


敵に魔法使いがいて、どこから攻撃が来るか見当も付かない。


それを言っただけで、ダネットは反応を見せた。


「……暗くなってきたな」


窓の外へ眼を向けるが、然り気無くナーシィーの居場所も確認していることに、テラントは気付いた。


ナーシィーは、ダネットの側を余り離れようとしない。


数日見ていた限りでは、声が届く範囲にいることが多いようだ。


そして、ダネットの指示に機敏に動く。


暗くなるに連れ、落ち着きを無くしてきた。


ダネットにくっついて、戦場に出たこともあるはずだ。


夜が襲撃を容易くするのを、理解できているのだろう。


「……避難してくれればいいんだけどな」


頭を掻きながら、ダネットが言う。


襲われるかもしれないとテラントたちが告げても、職員たちは笑うだけだった。


襲われる理由がない、ということだ。


確かに、古い建物と甘い警備を見る限りでは、金を溜め込んでいる様子ではない。


王族や貴族の関係者が利用している、ということもないようだ。


一応警備の者もいる。

他にもっと襲いやすく、蓄えがある集落や村は、いくらでもあるはずだ。


総合的に考えて、襲撃などあるとは思えない、職員たちはそう言った。


避難させることについては、テラントは諦めていた。


一度攻撃を受けた後でなければ、職員たちは動こうとしないだろう。


剣を突き付けるなどして、無理矢理避難させる手もあるが、施設利用者の中には歩けない者もかなりいるようだ。


強引なことをしても、避難できない者が大勢出てくる。


そして、安全な避難先というものもない。


「シーパルたちには、ここを任せるとして。俺たちはとにかく、敵に近付きたいな。そしてできれば、先制したい。なんかいい案ないか、ダネット?」


「……難しい注文だな。なにしろ草原が拡がるばっかで、障害物がない。暗闇に紛れても、限度がある。近付く前に、ズドンだろ。もしくは、『ビンス園』に魔法を撃ち込まれるか」


「ルーアが来れば、また状況は変わるんだけどな」


魔法使いが三人になる。

攻めにも守りにも、多様性を持たせられる。


デリフィスやティアが無事連れてきてくれることを、期待するしかない。


「……とにかく、人数不足だな。あんた、ラグマの元『若き常勝将軍』様なんだろ? コネでザッファー軍を呼んだりできないのかよ?」


「無茶言うな」


いくらなんでも、ザッファー軍を動かせるわけがない。


ダネットも、もちろん冗談で言っている。


「……いや、待てよ。軍か……」


ふと思い出した。


「軍じゃないけど、ヘイム・デロ・ツオサートの私兵たちが、街の広場に集まってたとかなんとか。シーパルによればな」


「……なんでだ?」


「アランたちがここを襲うって情報が、街に流れ出していたらしい。奴らも、それを掴んでいるんだとしたら……」


「アランを捕らえようとしていた。当然、ここを目指すな」


情報を入手し、戦いの規模が大きくなると予想したのではないのだろうか。


だから、一旦広場に集合しようとした。


「実は、あんたやデリフィスが宿にいない間に、一悶着あった。だけど、本来なら味方にできる勢力なはずなんだ。敵の敵なんだからな」


戦い方など色々気に喰わない連中だが、味方にすれば頼もしいだろう。


武装した二百人が『ビンス園』を守っているということになれば、アランたちにとってはとてつもない脅威になる。


「連中に聞く耳があれば、味方にするのは難しくないだろうよ。俺たちはずっと、ここを守るという姿勢を、『ビンス園』の職員たちに見せている。誤解を解きやすい状況にはなっているはずだ」


そこで、ダネットが耳に手を当てる。


「まあ、まずは確実に味方である奴らを迎えるか」


馬蹄が地を蹴る音だけで、誰が手綱を握っているか、ダネットにもわかったようだ。


デリフィスたちが、戻ってきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


魔法で地面に大きく穴を空け、そこにジョサイアは身を潜ませた。


大勢の兵士たちも共にいるので、鼻が曲がりそうな悪臭が立ち込めている。


ネイト・ホルツマンは、穴に入ろうとしなかった。


堂々と立ち、遠い『ビンス園』の灯を眺めている。


日が落ち、すっかり暗くなった。

『ビンス園』から、肉眼でこちらが見える距離ではない。


それでも、双眼鏡などを遣われたら、見付かるかもしれないのだ。


ジョサイアが何度忠告しても、ネイト・ホルツマンは動こうとしなかった。


「……クロイツ……欺くには……時間稼ぎ……」


ぶつぶつと独り言を呟いている。

思考に夢中になっているのか、口から言葉が零れていることに、気付いていないようだ。


「……魔法使いの位置は……距離……いけるか?」


夜に、ネイト・ホルツマンの呟きと、風で草が擦れる音、兵士たちの息遣いが響く。


いつも思う。

動く死体である兵士たちに、呼吸が必要なのだろうか。


生前の習慣が残っているのかもしれない。


兵士たちの不規則な呼吸と、大男の呟きだけを聞いていると、頭がおかしくなってしまいそうである。


アランはいない。

ルーアと戦い、それなりに苦しめたが、倒すことはできなかった。


何人かの兵士が返り討ちにあったが、アランは無事である。


今は、こちらに向かっているはずだ。


到着が待ち遠しかった。

まともに会話をできる者がいない。


「……ああ、やっぱりそうだな。それが一番手っ取り早い」


ジョサイアは、はっとした。


ネイト・ホルツマンの独り言が、変わったのだ。

呟きから、決意の独白へ。


足下に、魔法陣を描き始める。


「ネイト・ホルツマン、なにをするつもりだ……?」


返事はない。


ジョサイアの問いを無視して、ネイト・ホルツマンは作業を進めている。


魔法陣を描き終えたか、右手を上げた。

『ビンス園』に向けて。


掌の先に強靭な魔力が集い、膨れ上がっていく。


「……なにをするつもりだ!?」


派手な魔法を使えば、敵の魔法使いに探知されてしまうかもしれない。


いや、問題はそんなことではなかった。


「やめろ、ネイト・ホルツマン!」


穴から身を出したジョサイアに、ようやくネイト・ホルツマンは反応した。


「私たちの目的は、『中身』だろう? そんな魔法を使えば、どれだけの犠牲が出るかわからない。確実に国軍を敵に回すことになるぞ」


「……これが一番手っ取り早いんだよ。魔導災害の現場には、クロイツの眼も届かない。魔力の大量放出することで、同じような状況を作れば、時間稼ぎができる。……これで、『中身』も壊せるだろ」


「だからと言って……」


ネイト・ホルツマンの魔力が、更に強大なものになっていく。


「やめろ!」


解除の魔法を打ち込んだ。

完成しかけていたネイト・ホルツマンの魔法が、大きく崩れる。


「……」


睨まれた。


殴りかかってくるかと、ジョサイアは身構えた。


ネイト・ホルツマンが、溜息をつき、そっぽを向く。


ほっとした、次の瞬間だった。

衝撃を受け、ジョサイアは呻いた。

ネイト・ホルツマンの大きな拳に、腹を打たれたのだ。


悶絶し、うずくまったところで、蹴り飛ばされる。

ジョサイアは、穴に転がり落ちた。


「邪魔すんじゃねえよ……」


ネイト・ホルツマンは、冷たく見下ろしている。


「てめえは、そこで黙って見ていろ」


再び、魔法の準備に取り掛かる。


腹を強打され、ジョサイアは動けない。


呼吸もままならず、言葉は呻きに変わる。


「貴様っ……!」


「……ああ、そうだ」


完成間近だったネイト・ホルツマンの魔法が、突然解除される。


ジョサイアが解除したのではない。

ネイト・ホルツマン自ら解除したのだ。


「俺としたことが、うっかりしてたな。このままじゃ、俺が犯罪者になるじゃねえか」


穴から見上げる形であり、しかも後ろ姿である。


ネイト・ホルツマンの表情は見えない。


「そうだった、そうだった。アランとその仲間であるジョサイア・フォルジャーが、『ビンス園』にいる者たちを皆殺しにしようとしている、だったな。アランが街に流した噂は……」


(……なんだ……?)


ネイト・ホルツマンの魔力が変容していく。


ネイト・ホルツマンの魔力から、ジョサイアがよく知る、別の者の魔力に。


魔力にも、個性というものがある。


それは指紋のようなものであり、似ることはあっても、まったく同じということは有り得ない。

例え親兄弟であってもだ。


「ジョサイア、お前はまだ、奴らと顔を合わせたことはなかったな。……じゃあ、こっちか」


魔力の質が変わっていく。

ネイト・ホルツマンの魔力から、アランと同一の魔力へと。


そして、アランでは考えられないほどに、巨大な力になっていく。


ネイト・ホルツマンが呟いた。

『ビンス園』に、掌を向けて。


「ティルト・ヴ・レイド」


◇◆◇◆◇◆◇◆


ルーアが『ビンス園』に到着した時には、すでに夜になっていた。


デリフィスによると、なにも変化はない、ということだ。


襲撃があったわけでもなく、警備体制が強化されたわけでもない。


いつも通りの一日が終わろうとしている、ここで生活している人々は、そう感じているのかもしれない。


ルーアはもう、襲撃があることを疑っていなかった。


『ビンス園』の方にアランたちは向かっていたし、ここを守ろうという姿勢であるルーアを、攻撃してきたのだ。


最悪の事態を想定して備えなければ、最悪の事態が起きた時、とてつもない犠牲が出る可能性がある。


シーパルとユファレートが、『ビンス園』の周囲を見張っていた。


戦闘で疲労を考慮され休むよう言われたが、ルーアはシーパルと巡回を代わった。


敵の魔法使いに遠距離攻撃される可能性があることを考えると、魔力を察知できる者による見張りは必要である。


本来なら魔法使い三人で見張りを続けたいところだが、どれだけの長期戦になるかわからない。


それを考えると、交代で休みを取っていく必要があるだろう。


襲撃に適した時間帯は、明け方や深夜になるか。


防御魔法を最も得意にしているのは、シーパルである。


危険な時間帯で全力を出せるよう、今はシーパルに休んでいてもらう。


他のみんなは、シーパルの近くにいる。


守らなくてはならない範囲が、広すぎた。


ルーアにもユファレートにも届かない所を、敵の放った強力な遠距離魔法は通り、『ビンス園』を破壊する恐れがある。


最悪の事態の一つであるが、そんな場合でも皆には無事でいて欲しい。


だから、ティアたちはシーパルの側にいる。


シーパルならば、守ってくれるだろう。


可能ならば、全員を守りたい。

だがルーアは、自分が万人を助けられる超人でも天才でもないことを自覚している。


ルーアたちの中に、自分は特別だと考えている者はいないだろう。


自分たちの身も『ビンス園』にいる者も、全員守りたい。


だが、最悪の事態が起き、犠牲が出ることも有り得る。


非常時に優先するのは、まず自分たちの命である。


今、ルーアたちはそういう構えだった。


妥協しなければならないこともある。

超人でも、天才でもないのだから。


なに一つ見落とさないつもりで、ルーアは懸命に意識を研ぎ澄ませた。


できるだけ最悪の事態を避けられるように。


ユファレートも、別の所で同じく気を張り詰めているはずだ。


『ビンス園』は、まだ静かだった。

見える範囲に、敵らしき者の姿はない。


◇◆◇◆◇◆◇◆


『ビンス園』の敷地の外に、ティアたちはいた。


長い時間滞在することになるかもしれない。


『ビンス園』の客室など利用できればいいが、建物の中にいる間は武器を取り上げられる。

それはさすがに心許ない。


焚き火を起こし、ティア、テラント、デリフィス、シーパル、ダネット、ナーシィーの六人で囲んだ。


ルーアとユファレートは、集落の周りを巡回しているはずだ。


ティアたちの元に、『ビンス園』の職員が訪れてきた。


施設で生活している、ナーシィーの弟であるハーマシアが、高熱を出したらしい。


全身に湿疹が出ているらしく、これまでに似たような症状がなかったか、ナーシィーに聞いている。


心配なのか、ナーシィーはハーマシアに会いたがった。


面会の時間は過ぎていそうなものだが、『ビンス園』の職員は別に構わないという態度である。


ダネットは反対したが、シーパルがナーシィーに防御魔法を掛けたことにより、一応納得した。


ただし、ナーシィーだけでは危険である。


スカートの上から太股を叩いて、ティアは同行を申し出た。


『ビンス園』の敷地内に入る時は、武器を預けなければならない。

だが、身体検査は甘かった。


ティアが右太股に巻いているホルダーに短剣を差していることを、仲間たちは知っている。


主武器になる『フラガラック』は持ち込めないが、丸腰ではない。


ナーシィーと同じく、シーパルに防御魔法を掛けてもらう。


ぼんやりとした光に、ティアの体は包まれた。


職員の案内で、『ビンス園』の中を歩く。


廊下にはまだ明かりが残っていたが、光に包まれた体というのは、やはり目立つ。


魔法を見慣れていないのか、職員や施設利用者の好奇の眼に晒されながら、ティアとナーシィーはハーマシアの元へ向かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


(なんで!?)


察知した魔力に、ユファレートはうろたえた。


強烈な魔法が、『ビンス園』目掛け突き進んでいる。


とてつもない魔力が込められている。


「そんなっ!? あの人に、こんな……」


感じた魔力は、元『コミュニティ』の一員、顔に傷がある男、アランのものだった。


だが、あの男にそんな力があるとは思えない。


何度か眼にした魔法は稚拙で、粗ばかりが目立った。


高度な魔法をまともに制御できるはずがない。


アランの実力を読み違えていたのだろうか。

おそらく、それはない。


知っている魔法ならば、一眼見ただけで正確に解析できる。


威力、効果範囲、発動持続時間、術者の力量まで。


ハオフサットの街で何度かアランの魔法を見て、評価は固まっていた。

彼は、未熟な魔法使いだと。


アランが実力を隠すため、敢えて稚拙な構成で魔法を発動させていた可能性はある。


しかし、片足を失ってまで隠すものではないだろう。


飛んでくるのは、光芒の魔法だ。

遠距離まで効果が及ぶ、最大威力を対象にぶつける魔法。


敵の遠距離魔法による先制攻撃は警戒していた。


だが、守らなければならない範囲が広すぎる。


どこから飛んでくるかもわからなかった。


魔法使い三人で、完全にカバーできるものではない。


それでも対策として、集落の周りを交互に巡回することにした。


初撃を受け止められる可能性は、それなりにあったはずだ。


光は尾を引きながら、ユファレートの現在位置からでは届かない所を貫いていく。


強大な破壊の力が吹き荒れる中で、微かにルーアの魔力を感じたような気がした。


それも、遠い。

光を受け止められる位置ではない。


ユファレートたちの居場所がわかっているかの如く放たれた光芒は、まるでこちらを嘲笑うかのように『ビンス園』を破壊していった。

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