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第三者

薄く眼を開き、クロイツはソフィアと意識を繋げた。


ザイアムは、クロイツとの会話を面倒臭がるだろう。


それに、ストラーム・レイルとの戦闘で余裕がない。


ソフィアはライア・ネクタスの相手をしているが、退屈な戦いであるはずだ。


『……珍しいわね。まだ雨、止んでないわよ』


(……そうだね)


雨が降っている。

億劫になる。

ソフィアの鼓膜を震わせる剣撃は、クロイツの耳にも届いていたが、それよりも雨が地面に落ちる音の方が気になる。


(……腑に落ちない点があってね。雨の中で思考したよ)


『なにを考えていたのかしら?』


(ロンロ・オースターについて)


ホルン王国北部にいる、エスの力を扱う若者。


『……気にするほどではないと思うけど? あなたやエスに比べたら、小さな力でしょ』


(無視するというのもね。……腑に落ちないと言うよりも、気に喰わないのだな、これは)


『……いつものことだけど、回りくどいわね。なにが言いたいのよ』


(半年以上前から、ロンロ・オースターはエスの力を使っていた)


ザイアムが、オースター孤児院の攻略をしていた時だ。


あの若者はエスの力を用い、クロイツの所まできた。


そして、降伏することによって家族を守ったのだ。


(エスの力を使う姿に、驚かされた記憶があるよ)


『……それはまあ、エスから力の一部を譲渡されていたのだもの。使いこなせるわよ』


(しかし、エスに力を返還した今も、同様の能力を使用している)


『リーザイの地下百三十階で、エスの本体を見たからでしょ』


(……そうだね。となるとロンロ・オースターは、リーザイの地下百三十階に到達することができるだけの、幸運の持ち主と言える)


『……』


(尚且、エスの力を理解できるだけの天才的な頭脳の持ち主でもあり、それを自分の力として体現できる、アーティストでもあるということになる)


『……それじゃいけないの?』


(と言うよりも、それで納得するしかなかった。私も、エスも)


ロンロ・オースターは、実際に力を使っているのだから。


(現在私たちは、『中身』やネイト・ホルツマン、ジョサイア・フォルジャーらの情報を得ることができない。だが、エスにも同様のことが起きているようだ)


話ながら、クロイツは目眩を感じた。

まだ、本調子ではない。


(ロンロ・オースターとしても、『中身』は破壊したいはずだ。それができそうなのは、ストラーム・レイルとライア・ネクタスだろう。二人には、エスの助力が必要なはずだ)


『……エスを嫌っているだけでは、彼の妨害をする理由としては弱い、と言いたいわけね』


(まさしく)


雨が降る音が聞こえる。

クロイツにとっては拷問だった。


雨に打たれすぎれば、存在を消滅できる自信がクロイツにはあった。


(ネイト・ホルツマンに力を奪われた、というようなことを、ロンロ・オースターは言っていた)


『それは、出来の悪い言い訳でしょ。自分には、『コミュニティ』に敵対する意思はない。『コミュニティ』の妨害をしているのは、ネイト・ホルツマンだって』


(私はね、ソフィア。ネイト・ホルツマンの葛藤を見たような気がするのだよ)


息子を死なせたくない。

だが、『中身』は破壊しなくてはならない。

最悪の時は、息子ごと『中身』を。


(エスには認識できず、ライア・ネクタスには認識できる。つまり、そういうことではないだろうか?)


エスが『中身』の居場所を知れば、即座にストラーム・レイルやライア・ネクタスを向かわせ、破壊しようとするだろう。

だから、エスの妨害をする。


最後の最後には、ライア・ネクタスに頼らざるを得ないかもしれない。


その最後の最後の瞬間は、突然訪れるかもしれない。


だから、『中身』を破壊できるライア・ネクタスは、妨害されていない。


『……私たちやエスの邪魔をしているのは、ネイト・ホルツマン?』


(私は、そう考えたよ。今回の件、最初から、あるいは最初に近い段階から、ネイト・ホルツマンはロンロ・オースターの力を利用して、妨害工作を行っている)


『でも、それじゃあ……』


(そう、新たな疑問が生じるね)


思考のせいで、ソフィアが集中を乱しているのが伝わる。


それでも、大鎌を振る音に、一切の乱れがない。


(エスの力を理解し、使用することができる大天才ロンロ・オースターから、力を奪えるネイト・ホルツマンとは、何者なのだろうか、と)


『……』


(私は、こう推測したよ。おそらく、ロンロ・オースターとネイト・ホルツマンの背後に、第三者がいる)


『……第三者?』


(そう考えれば、色々納得できるのだよ)


リーザイの地下百三十階に辿り着き、エスの力を理解し、自身の力として発動させる。


ロンロ・オースターは、幸運の星の下に生まれたから。

明晰な頭脳の持ち主だから。

類い稀なアーティストだから。


否。


冷静に考えれば、馬鹿げていた。

ストラーム・レイルやドラウ・パーターにさえ、不可能に近いことだろう。


結果至上主義とまではいかないが、クロイツは結果を重視する。

エスもそうだろう。

過程よりも結果が大事に決まっている。


その弊害かもしれない。


ロンロ・オースターがエスの力を使っているという結果に、あらゆるものを見落とした。

あるいは、第三者に干渉されたか。


(ロンロ・オースターをリーザイの地下百三十階に導き、エスの力を理解させ、使用を可能にさせた者がいる。そして、ネイト・ホルツマンにも分け与えた)


『……誰が?』


(ここまで推測すれば、あとは二十四人までに絞られる)


他の者は全員、エスに喰われたと思っていた。

だが、推測が正しければ。


(どうやら、ケイとエス以外にも、自我を残している者がいるようだ)


空を見るようなつもりで、クロイツは隠れ家の天井を見上げた。


存在を残しているのは、誰だ。

一番目か、十番目か、二十番目か、二十六番目か。


それとも、十八番目だろうか。


望んでいるのは、安定か、破壊か。


(それとも、調和に見せかけた混沌か?)


雨の中で笑う。

ティア・オースターの内側に一粒を見出だした、あの日以来のことだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ハオフサットの街のあちこちにあるアジトから兵士を集めていたが、思うように捗らなかった。


アランが重傷を負ったことが大きい。


追っ手は撒いたようだが、身動きが取れないようだ。


状況は、ネイト・ホルツマンが不可思議な力で調べて教えてくれる。


ジョサイアは、アランを迎えに行くことを考えていた。

見捨てることはできない。


「もう待ちきれん。俺は先に、街を出るぞ」


ネイト・ホルツマンが短気にもそう言ったのは、正午をいくらか過ぎてのことだった。


「待て。一人は危険だ。せめて兵士たちを連れていけ」


今潜伏しているアジトには、二十一人の兵士がいた。


大きな体をしているのでそれらしくはないが、ネイト・ホルツマンは魔法使いである。


前衛に守られてこそ、その真価を発揮する。


兵士がこれだけ揃っていれば、ネイト・ホルツマンも戦いやすいだろう。


「いらねえよ。目立ちすぎるだろ。ハオフサットを出られなくなるじゃねえか」


「アランが、何年この街に住んでいると思っている。人目に付かない道の一つや二つ知っているさ」


「そうか。けど、こいつらはいらねえよ。鬱陶しいからな」


「そういうわけにはいかない。今、あんたになにかあったら、困るのだ」


「……」


苛々とこめかみの辺りを掻く、ネイト・ホルツマン。


不慮の事態など、起こさせるわけにはいかなかった。


この男の力があれば、今後『コミュニティ』の追っ手を恐れる必要がなくなるかもしれないのだ。


「言っておくが、勝てるかどうかわからん奴とは、俺は戦わんからな。兵士を囮にして、逃げることもあるかもしれん」


「……好きにしてくれ」


兵士たちは、生きている間、同じ部隊の仲間だった。

だが、もう人間ではない。


それは、受け止めなければならない。


ここ数年の間に、生前の顔を思い出せなくなった者も、大勢いる。


兵士よりも、ネイト・ホルツマンを生かすことを優先しなければならなかった。


その能力は、絶大である。

街中に散らばっている兵士たちに、集合するよう命令ができたのも、ネイト・ホルツマンの力のお陰だった。


一人一人に、ジョサイアの声を届かせたのである。


兵士たちは今、悪天候が続き人通りが減った街の中を、粛々と移動中だった。


「じゃあ、先に行くぜ。抜け道は、アランの頭に直接聞くさ」


「わかった。アランとの合流、兵士の集合が終わり次第、私たちもあんたを追う」


総勢で五十人くらいにはなるはずだ。


全戦力を集めるのは、久し振りのことである。


その集合場所は、『ビンス園』だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


さすがに、平原と騎馬の国と呼ばれているザッファー王国だった。

そこかしこで馬が売られている。


おそらく、大半が老いた軍馬の払い下げだろう。


放牧されている馬を、テラントが値踏みしていた。


所在が確かなザッファー人ならば、手頃な値段で借りることができる。


だがルーアたちは、馬の持ち主たちからしてみれば、外国からの旅行者である。


簡単には信用を得られず、借りるだけというのはなかなか難しい。


買い取りと同額の金をまず払い、無事馬を返すことができたら、払いすぎた分の金額が戻ってくる、という仕組みだった。


途中で馬が脚を折りでもしたら、大変な出費である。


テラントの目利きを信じるしかなかった。


値下げできないかと、馬主を相手に交渉しているようだ。


ティアが、袖を引っ張ってきた。


「あたしね、あの子がいい」


「……お前な」


ティアが指したのは、草を食んでいる小型のポニーだった。

おそらく、まだ子馬だろう。


「……あんなので、テラントに付いていけると思ってんのか?」


「だって、さっき眼が合ったの」


「……」


交渉のために動いていたテラントの口が、止まっている。


「眼がすごいキラキラしてて、可愛かったの」


拳を振って力説するティア。


「……オースター。念のため聞くが、お前、馬に乗れるんだよな?」


「跨がるくらいなら」


「……お前な」


「大丈夫。ルーアがちゃんと教えてくれれば、すぐに乗れるようになるわよ」


馬術舐めんな。


「……テラント」


「ああ。置いていこう」


「なんでっ!?」


当然の処置に、ティアが図々しくも抗議の声を上げる。


ブーイングを決然と無視して、テラントは交渉を切り上げた。


馬が二頭引かれてくる。

鞍も手綱も鐙もある。


連日の雨で足下にやや不安があるが、これなら大丈夫だろう。


金を渡し、ルーアとテラントは馬に跨がった。


視線が上がると共に、視野が拡がる。


低い所では、ティアがぎゃあぎゃあ喚いていた。


「ちょっと!? ほんとに置いてくつもり!? 横暴よ! こんな治安悪い街に女子を一人きりにするとか、なにかあったらどうするつもり!?」


(うるせー……)


だが、確かに一人にするのは危ない。


「……仕方ねえなぁ」


同じことを考えていたか、テラントが頭頂部の辺りを掻きながら溜息をつく。


「ルーア、後ろ乗せてやれよ」


「はぁ? なんでだよ? どう考えても、あんたの後ろの方がいいに決まってるだろ」


馬術では、テラントに絶対敵わないという自信がルーアにはあった。


それなのにティアを乗せたりしたら、確実に付いていくことができなくなる。


「……お前がそう言うなら、それでもいいけどよ……」


テラントは、困ったような顔をしている。


「言っておくが、俺は嫁一筋」


「あん?」


「どれくらい一筋かと言うと、絶世の美女に素っ裸で迫られても、余裕で拒めるくらい一筋」


「……いや、なんだ急に?」


「あれ? でもテラント、奥さんいるくせに、昨日結構ノリノリでスケベ酒場に」


「あれは、空気読んだだけ。場をシラケさせないようにな。決して本意ではない。だから、黙っていてください」


なぜ敬語になる。


「……結局、なにが言いたいんだよ?」


「お前に、腹を立てるなよって言いたい」


「あん?」


「俺は、嫁一筋。よって、下心とかない」


テラントの注文で、鞍が変えられる。

二人乗れる造りの物である。


テラントに手を引かれ、ティアは身軽に馬に飛び乗る。


そして、テラントの腰に腕を回した。


「……だから、そんな怖い顔すんなって」


「……してねえし」


テラントが、軽く馬に鞭を入れる。


ルーアも、馬を進ませた。


街を出て、北東へ。

雨が長く続いた影響だろう。

草原の空気は、湿気を多く含んでいた。


駆けさせやすい所を、テラントは選んでくれているようだ。


馬を休ませるタイミングも、テラントの判断に任せた。


「あれは……」


行く手に二十ほどの人影を見たのは、夏の太陽が西に大きく傾いた頃だった。


隊列を組んで進んでいるようだが、軍隊ではない。


「……兵士か」


距離があってもそれに気付けたのは、これまでに嫌になるほど『コミュニティ』と戦ってきた経験があるからか。

人とは違うと、直感的に悟った。


兵士が従うのは、アランとその仲間か、現『コミュニティ』の構成員か。


どちらにせよ、『ビンス園』の方に向かっている。


戦闘を避けるのは、難しいかもしれない。


『コミュニティ』は、基本的にいつも敵だった。


アランの手勢だとしても、これまでに二度戦っている。


アランの片足を奪うようなこともした。


手綱を引き掛けるが、テラントはそのまま馬を進めている。


魔法使いであるルーアには、すでに仕掛けられる距離。


だが、敵にも魔法使いがいるなら、遠距離攻撃は効果的ではない。


そして、テラントが力を発揮するのは接近戦である。


「風上だ! 突っ切るぞ!」


『カラドホルグ』を抜き、テラントが吠える。


馬を全力で駆けさせながら魔法でなにかを狙うのは、なかなか困難な作業である。


魔法の使用を諦め、ルーアは手綱を握り締めた。


いつでも剣を抜けるよう、心構えだけはしておく。


兵士の集団が迫る。

ルーアたちに気付いたか、兵士たちが迎え撃つよう隊伍を変える。


(……ん?)


集団に守られる位置に、大男がいる。

表情までは、まだ見えない。


その男の魔力が膨れ上がるのを、ルーアは感じた。


魔力障壁をいつでも展開できるよう、集中する。


前にいるテラントとティアも、魔法から守らなくてはならない。


大男の体が、光に包まれているように見えた。


足下に、魔方陣を展開させているのだろう。


かなり大きな魔法を使おうとしている。


このまま、突っ込むべきだ。

遠距離では絶大な力を持っていても、接近されると途端に無力になる魔法使いは、少なくない。


しかも、先頭で突っ込むのはテラントである。

接近さえすれば、圧倒できる。


ただし、そのためにはまず、一撃を防がなくてはならない。


速度を上げるために、馬の首を押す。


テラントに引き離される訳にはいかない。


馬の口から、泡が出ているのが見える。


ここは、無理をさせてでも急ぐところだ。


違和感があった。

なにか引っ掛かる。


迫るだけ大きくなる敵の魔法使いの姿。


兵士の陰に隠れているが、どこかで会ったことがあるような気がする。


大男の魔力が、最大と思われるところまで膨張する。


「なっ!?」


魔力を読み、ルーアは驚愕した。


そして、大男の魔法が発動する。

その巨躰が、視界から消失する。


「長距離転移!?」


使い手がほとんどいない、最高難度の魔法である。


魔法使いと魔法の間にも相性というものがあり、シーパルでさえも使用できないはずだ。


あの大男は、シーパルやユファレートにも劣らない魔法使いなのかもしれない。


いくらか動揺してしまうのを自覚する。


大男が何者かは、わからない。

だが、アランたちが『ビンス園』を襲撃するという情報と、大男が進んでいた方向から考えれば、ある程度予想はできる。

おそらく、アランの仲間だ。


アランは、未熟な魔法使いだった。

その仲間もたいしたことはないだろうという、根拠のない思い込みがあったのかもしれない。

それが、動揺してしまった理由。


動揺したのは、ルーアだけではなかった。


主力であっただろう魔法使いが、いきなり去ったのだ。

兵士たちは戸惑っているようだ。


テラントは、迷わず突き進んでいる。


まばらに矢が飛んでくる。


テラントが『カラドホルグ』を振り、矢を叩き落としていく。


ルーアも剣を抜き、矢を払った。


第二射。今度は二十ほどの矢が、一斉に放たれる。


テラントと二人で剣を振り、払い退けていく。


しかし、ルーアの乗る馬がバランスを崩した。


払い損ねた矢が、馬の顔と足に刺さっている。

宙に投げ出された。


受け身を取らなければ、危険な高さと勢いである。


咄嗟に剣を捨てる。

下手をしたら、受け身を取る際に、自分の剣で自分の体を貫く。


体を丸め、肩、背中、尻と地面に付けていき、落下の衝撃を流す。

転がり、すぐに身を起こした。


テラントはすでに、兵士の集団の中に馬を乗り入れている。

道を譲るように、集団が割れる。


テラントが振る『カラドホルグ』の一撃を喰らい、逃げ遅れた兵士の体が撥ね上がった。


テラントの腰にしがみついているティアが、振り返ろうとしている。


「ルーア!」


「そのまま行け!」


叫びながら地面を叩き、腕を振り上げる。


「フォトン・ブレイザー!」


出力をかなり上げて放った光線が、熱波を撒き散らしつつ湿った空気を貫いていく。


兵士が四人ほど、まとめて蒸発した。


集団を貫通して出来上がった道に、テラントが馬首を向ける。


兵士たちは、『ビンス園』の方に向かっていた。


そして、一団の中にいた魔法使いが、長距離転移を使い姿を消した。


転移先は、『ビンス園』なのではないか。


ナーシィーの弟がいるという施設に、危機が迫っているのかもしれない。


デリフィスやダネットがいるはずだが、魔法使いに距離を取られれば、対抗できないはずだ。


それはティアやテラントも同様だが、少なくとも警告はできる。


人々を誘導し、避難させることもできる。


ルーアは、馬を潰された。

テラントに付いていけない。


そして、誰かがここで、兵士の相手をしなければならない。


兵士が二人で、テラントの行く手を遮る。


馬上のティアに、右から飛び掛かる兵士がいる。


テラントが、『カラドホルグ』を振り回した。


遮る者、近付く者の体が、次々裂けていく。


兵士の集団を駆け抜け、テラントは振り返ることなく馬を走らせた。


敵の魔法使いが、長距離転移の魔法を使った


それにより考えられる、『ビンス園』の危機をわかっている。


テラントには追い付けないと悟ったか、兵士たちがルーアに対する陣形を敷く。


先程捨てた自分の剣を、ルーアは拾った。


あと、兵士が十五人弱。

間合いは充分にあり、兵士たちは正面にいるだけなので、こちらが深く突っ込まない限り、すぐに取り囲まれる心配はない。


落ち着いて堅実に戦えば、ほぼ確実に勝てる状況。


「フレン・フィールド」


力場を発生させ、矢を防ぐ。


テラントたちの姿は、すでに見えなくなっている。


急いで追い掛けなければならない。

敵に魔法使いがいるのだ。


防衛のために、魔法使いの力が必要になる。


馬を駆けさせられないユファレートとシーパルは、まだまだ後方にいるはずだ。


矢で射られた馬のところへ駆け寄った。


呼吸が弱々しい。

脚も折れている。


自分の治癒魔法では助けられないと悟り、ルーアは横たわる馬の胴体を軽く撫でた。


ここから先は、徒歩で向かうしかない。


魔法により生み出された破壊の炎は、ルーアの制御と小雨、湿った空気により消えている。


火事の心配はないことと北東の方角を確認し、ルーアは進み始めた。


足場が悪い。

道が泥で覆われている所もある。


何日も続いた雨を考えれば、この程度で済んで良かったというところだろう。


地域によっては、川の氾濫などもあったと聞く。


馬があれば、とルーアは思った。

そこまで苦労せずに進めただろう。

だが、射殺された。

馬屋に返すことができない。


余分に渡した金が返ってくることがない、ということである。

とんだ出費だった。


馬の息絶える前の弱々しい呼吸がまだ聞こえるような気がして、ルーアは耳を掌で擦った。


ふと立ち止まる。

地平が、歪んで見えた。


(……なんだ?)


脈打つ音が、はっきり聞こえる。

首を絞められている時のように、鼻の頭が熱い。

意識が朦朧とする。


脳に、小さな痛みがあった。


(……エスか?)


他人の意思を、自分の頭の中から感じた。

エスからの返事はない。


(……エスじゃ、ない……?)


あの男なら、もっと堂々とプライバシーの侵害をする


ならば、クロイツだろうか。


直接関わったことは余りなく断言はできないが、違うような気がする。


エスよりも巨大な力を持つというクロイツならば、ルーアに気付かれることなく頭の中を覗けるのではないか。


不快感を与えるのが目的にしては、遠回しすぎる。


エスでもクロイツでもない。

何者かが、頭の中に入ってこようとしている。


体の中から、なにかを引きずり出されている感覚。


記憶を奪われるのではないかという恐怖。


「……!」


嫌悪感から、ルーアは声にならない叫び声を上げた。


腕を振り回し、暴発に近い形で魔力を放出し、地面に叩き付ける。


泥が弾けると同時に、ぶちりという音が脳内で響いた。


ふっと頭部に感じていた重みが消え失せた。

不快感もなくなっている。


ルーアは辺りを見渡し、敵を捜した。

何者の姿もない。


(……気のせいじゃない。誰かに、なにかをされた……)


額を拭うと、掌が汗で濡れた。


眼に映る攻撃はない。

それでもルーアは、警戒する姿勢を崩さなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


アランの救助は、上手くいった。

まずそれに、ジョサイアは満足した。


追っ手はどこぞの貴族の私兵団らしいが、街中に於ける効率の良い人の探索法など知らないようだった。


そして、軍でも警察でもない彼らに、強引な手法による調査はできない。


アランを闇雲に捜しているだけである。


アランは、ハオフサットを知り尽くしている。


右足を失い移動が困難になっていても、捕まりはしない。


ただ、侮ることはできなかった。

貴族の私兵たち一人一人の戦闘能力は、なかなかのものであるようだ。


百か二百か、かなりの人数が探っている。

魔法使いらしき者はいない。


魔法で光を屈折させることにより身を隠し、ジョサイアはアランを馬車に運んだ。


右足の傷口からは、血が滲み出ている。


アランの魔法では、止血しきれなかったようだ。


ジョサイアが、魔法で手当てをした。


アランは、足を一本失っても、まだ余力を残している。


『コミュニティ』により『悪魔憑き』にされた者は、その程度で死ぬことはない。


脳に極小の針が刺さったのではないかというような、微かな刺激を感じたのは、アランの案内で街を脱出してからのことだった。

ネイト・ホルツマンの仕業である。


「……なんだ?」


思うだけで伝わる。

声に出したのは、同じ馬車にいるアランにも会話を伝えるためだ。


『襲撃を受けた。ダネットとかいう傭兵の、仲間だな』


「なんだと? 無事なのか?」


『俺はな。兵士は、半分くらい殺されたようだが』


「……そうか」


兵士にされる前は、同じ部隊の仲間だった者たちだ。

だが、ジョサイアは嘆かなかった。


ネイト・ホルツマンを守るために付けた者たちである。


そして、ネイト・ホルツマンは生きている。


兵士たちは、ジョサイアの命令通り全力でネイト・ホルツマンを守ったのだろう。


ならばその死は、名誉ある死に他ならない。


『襲撃してきた奴らのうちの一人は、クロイツやエスのお気に入りらしくてな。記憶を、覗いてみた』


「……それで?」


『あっさり弾かれちまったよ。ま、ちょっかいを出され慣れてるってこったな』


「誰だ、それは?」


『ルーアという小僧だ』


「ルーア……」


ジョサイアが呟いた名前に、アランが反応する。

右の太股に爪を立てていた。


『……俺のガキと同じだ。化け物を飼っている』


「……それで、クロイツとエスのお気に入りか」


『殺しておいた方がいい存在なんだけどな。クロイツもエスも、化け物の力を利用しようとしている。システム絡みでな』


「……崩壊か維持か、だな」


そして、クロイツにエスが知恵比べで敵うとは思えない。


ルーアという者の力は、システムの崩壊のために使われることになるだろう。


「……殺しておいた方がいいと言うが、まずはあんたの息子の中にいる化け物だろう? そのルーアは、後回しだ」


『そうだが。今、仲間とはぐれていやがるんだよ』


「……単独行動中か」


「ジョサイア」


黙って馬車に揺られていたアランが、口を開いた。


「俺が行く」


「……」


右足を奪っていった相手だ。

アランにも、思うところがあるだろう。


傷口は塞いだ。

まだ戦う力は残しているはずだ。

だが、危険だった。


『アランとも繋げるぜ』


アランが、表情を歪める。

ジョサイアと同じく、脳への刺激を感じたのだろう。


『ちょっと覗けただけなんだけどよ……強えぞ。ガキのくせに、信じられねえくらいの場数を踏んでいる』


「強いのは知っている。なにしろ俺は、直接戦ったからな」


アランの顔の傷が、表情の変化に合わせて動く。

奥歯を噛んでいるようだ。


「一人で戦うような真似はしない。奴は一人なんだろう? 兵士を盾にして、魔法で援護だけをするさ」


「待て。目的は『ビンス園』だということを忘れるな。そのルーアのために、戦力を大きく分けるわけにはいかない」


今、ジョサイアたちと行動を共にする兵士は、三十人を超えていた。


だが、『ビンス園』に向かわなければならないことを考えれば、あまり大勢の兵士をアランに付けるわけにはいかない。


『……こっちで散った兵士を集めれば、九人になるぜ』


「……」


一人の相手にそれだけの前衛がいれば、アランは魔法による補助に専念できる。


『俺も、協力できる。長距離転移を使ったばかりだから、魔力は不足しているが、この能力で思考を掻き回すくらいはできる』


「……そうか」


ネイト・ホルツマンの息子と同じ存在。

いずれは滅ぼさなければならない。


今、ルーアは一人でいる。

こんな好機は、二度とこないかもしれない。


「……わかった。アラン、行け。『ビンス園』には、私が向かう」


迷いに迷い、ジョサイアは決断した。


道中の護衛のために、アランに兵士六人を付ける。


ネイト・ホルツマンが集める兵士と合わせれば、十五人になる。


それに、アランの魔法とネイト・ホルツマンの能力。


常識的に考えて、一人でどうにかなる戦力ではない。

ルーアは、これで殺せる。


部隊を二つに分けた。

アランは、やる気を見せている。

やり遂げてくれるはずだ。


『ビンス園』に到着するのは、夕方か夜になるだろう。


ネイト・ホルツマンとの接続は切れている。

アランは、別行動中だ。


兵士は、話し相手として適当ではない。


ジョサイアは、無言で馬車に揺られた。


眠気を感じるようになってきた。

落ち着いている証拠だと、ジョサイアは思った。


気持ちが昂るのは、決戦の時だけでいい。


うとうとしながら、ネイト・ホルツマンに聞かされた話を思い出す。


世界に起きている出来事。

クロイツの企み。

『ルインクロード』という力と、その『中身』の存在。


『中身』は、『ビンス園』で生活している、ネイト・ホルツマンの息子であるハーマシアという少年の中にいる。


処分をするのは、『リーザイの亡霊』エスでも、『英雄』ストラーム・レイルでも、『ネクタス家の者』でもない。


このジョサイア・フォルジャーである。


知らぬ間に眠り、車輪が石かなにかを踏んだ拍子に眼を覚ました。

妙に頭がすっきりしている。


辺りは、薄暗くなっている。

間もなく、『ビンス園』に到着するようだ。


『ルインクロード』の『中身』がいる『ビンス園』に。


確認のために、ネイト・ホルツマンに聞かされた話を思い出す。


『中身』は、『ビンス園』を訪れている、ダネットという傭兵の弟分であるナーシィーという少年の中にいる。


処分をするのは、『リーザイの亡霊』エスでも、『英雄』ストラーム・レイルでも、『ネクタス家の者』でもない。


このジョサイア・フォルジャーだった。

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