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プロローグ

「……またか」


額を押さえ、ザイアムは呻いた。

また、同じ夢を見させられた。


薄汚い寝台から身を起こし、枕元に置いていた『ダインスレイフ』に手を伸ばす。


『魂喰い』などという別称があるが、『ダインスレイフ』に自分の魂を喰われているのか、ザイアムにはよくわからなかった。


『ダインスレイフ』のせいでザイアムは無気力になったという者もいるが、所持する前から、なにをするにしても気怠さを感じていた。


『知ある魔剣』とも呼ばれているが、人語を話したりなどしない。

ただ、夢を見るようになった。


『ダインスレイフ』が、なにかを伝えたいのだろうか。


夢の中に、二人出てくる。

そして、会話をしている。


それはきっと、過去に交わされた会話。

遠い遠い昔の出来事。


ザイアムは、宿を出た。

支払いを求められることはない。


組織の者が、立て替えているのだろう。


小さな村である。

名前があるのかないのか、ザイアムは知らない。

というよりも、興味がない。


村人たちが、ザイアムを見物にくる。


ストラーム・レイルだと噂されていた。


三十年前にストラーム・レイルを見たという腰の曲がった老人が騒いだのが、原因だった。


自分が、若い頃のストラーム・レイルと似ているのは知っている。


だが、今のストラーム・レイルは、六十歳を過ぎているはずだ。


別人に決まっているが、それでも勘違いする者が現れる。


ストラーム・レイルならば、若返ってもおかしくはない、とでも思っているのだろう。


村を出ると、村人は付いてこなくなる。


村の外でなにかが起きていて、それにザイアムが関わっていることは理解しているようだ。


ストラーム・レイルと戦っている時に生じる余波が、遠いこの村にまで伝わっているのだろう。


村を出ると、ザイアムは駆けた。


無謀にもザイアムを尾行しようという村人が現れるかもしれない。


だが、全力疾走をするザイアムに付いてこれる者はいない。


しばらく適当に移動したところで、ストラーム・レイルと遭遇した。


出会ってから、何日が経過したか。

もう何年という月日が過ぎ去ったような気もする。


初めて剣を交えた時は、一日半戦い続けた。


そして共に疲れ果て、どちらからともなく距離を取った。


その後は、丸一日眠った。

木の実や食べられる草を腹に入れ、また戦闘に臨む。


なかなか決着が付かなかった。

共に疲労のピークを迎えるまで、戦い続ける。


眠り、喰らい、そしてまた戦う。

何日も何日も、それを繰り返した。


戦い続けているうちに、随分と移動してしまった。


ある時から、ザイアムは村の宿で休むようになった。


ストラーム・レイルも、別の村で休んでいるようだ。


夜襲などは考えなかった。

そんなものが通用する相手ではない。


ある程度まで距離が近付くと、どちらからともなく互いの存在に気付き合う。

奇襲などは成り立たないのだ。


それに、ストラーム・レイルとは正面から堂々と戦いたい。


ストラーム・レイルが、原野の真ん中で待っている。


(……まったく)


面倒な老人だ。

いつになったら、死んでくれるのか。


いくつか手傷を負った。

ほんのかすり傷だ。

なんの問題もない。


ストラーム・レイルにも、同じ程度は傷を負わせた。

魔法ですぐに治せるはずだ。

なんの意味もない。


決定的な一撃を、互いにまだ入れていない。


『ダインスレイフ』から伸びた管が、ザイアムの腕に突き刺さる。


(……なぜ、私を選んだ?)


『ダインスレイフ』は、使い手を選ぶという。


なぜザイアムなのか。

他にも相応しい者がいるのではないか。


例えば、今、前に立っているストラーム・レイル。


最高の魔法使いであり、最高の剣士。


この老人ならば、『ダインスレイフ』の力を限界まで引き出せるのではないか。


以前、ストラーム・レイルは『ダインスレイフ』を手にしたことがあったはずだ。


だが、『ダインスレイフ』は応えなかった。


ストラーム・レイル以上のものが、自分の中にあるのだろうか。


幾度となく見せられた夢。


(……お前の望みがなにか、私なりに理解しているつもりだ)


しかし、ザイアムは一度絶望した。

『ダインスレイフ』の期待に、応えられなかった。


それでも、『ダインスレイフ』はザイアムに力を貸し続ける。


まだ、なにかできることがあるのか。


まだ、強くなれるのか。

絶望しなくてもいいところまで。


(取り敢えずは、そうだな……)


まずは、ストラーム・レイル程度叩き斬れるようにならなくては。


ストラーム・レイルが、剣を抜く。


休息は充分に取った。

また、戦える。また、始まる。


太陽に雲が掛かる。

取り決めがあった訳ではないが、それを合図にして、共に駆け出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ダネットは、若い頃から力任せに暴れるのが好きだった。


体格に恵まれ、同年代の者より一回り体が大きい。


殴り合いをして負けることは、ほとんどなかった。


ザッファー王国は、戦争が多い国である。


北にリーザイ、南にラグマの両国があり、国内では民族間の紛争が絶えない。


あちこちで、戦える者が求められていた。


十代半ば頃から、ダネットは傭兵として生きた。


もっと一般的な職に就くことも、軍人として国に仕えることも可能だっただろうが、ダネットは傭兵になる道を選んだ。


それが、もっとも自分の性に合っていると思えた。


しばらく気儘に一人で活動していたが、ある日、傭兵の軍を率いているという者に誘われた。


一千ほどの傭兵たちが集まることによりできた、集団である。


軍隊のように指揮官の指示に従い戦い、だが軍隊のような規律に縛られない傭兵の部隊。


ダネットは、そこを気に入った。

なによりも、強いのがいい。

同数ならば、政府の正規軍さえ蹴散らせるだろう。


戦場で、ダネットは剣や斧を振るった。


活躍が認められ、すぐに部下を与えられた。


デリフィス・デュラムという男と知り合ったのは、その頃である。


ダネットよりもいくつか年下のその子供は、誰よりも戦場で目立っていた。


年齢に合わない体格で、体格に相応しい分厚い剣を振り回す。


デリフィスの剣を前に、立っていられる者は稀だった。


剣を振るたびに、三、四人が吹っ飛んでいく。


見栄えの良い顔立ちをしているが、そんなことよりも剣を構えた無骨な姿が印象に残る男だった。


やがてデリフィスは、部隊長となり百の部下を率いるようになった。


ダネットも、デリフィスの部下の一人となった。


大抵の者が、デリフィスより年上である。


ダネットはなんとも思わなかったが、まだ若いデリフィスを侮り、反発する者が何人もいた。


彼らに対して、デリフィスはおもねることはなかった。


武器を持たせ、打ち掛からせる。


一人ずつではなく、五人、十人を同時に相手にする。


何人もの大人を圧倒する姿に、ダネットは感心した。


弾みで自分の部下を斬り殺すこともあるが、デリフィスは平然としていた。


力こそ全て、と言っているように感じられた。


戦場では、確かにそうなのだ。

勝つこと、そして生き残ることこそが正義であり、それに必要なのは、なによりも力である。


戦場では、弱さは罪でさえもあった。


弱ければ死ぬ。

死は絶対であり、仕方ないの一言で済まされる。

そして、死んだ者は土に還るか、獣の餌になる。


まだ若いが、デリフィスはよくわかっている。


ダネットは、この若者のことが嫌いではなかった。


デリフィスも、ダネットを嫌ってはいないだろう。


上司と部下という関係よりも、友人という関係に近い。


厳しい訓練を課せられる。

根を上げる者もいたが、ダネットは訓練を当たり前のことだとしか思わなかった。


訓練が行き届いていない部隊は、戦場では悲惨である。


ただ打ち負かされるだけの存在であり、最悪全滅だって有り得る。


傭兵団の中でも、デリフィスに率いられる部隊は特別なものになった。


百人が、千人にも匹敵する精強さである。


傭兵団の先頭で戦うのはデリフィスが率いる部隊であり、部隊の先頭はデリフィスだった。


若いデリフィスのことを認めない者は、傭兵団にいなくなった。


団長が、戦死した。


ザッファー王国とラグマ王国の、国境を巡る争いの中でのことだった。


ザッファー政府に雇われた傭兵団は、前線で戦った。

それなりの戦果は上げただろう。

だが、団長が死んだ。


普通ならば、傭兵団はそれで終わりである。


デリフィスがいなければ、終わっていただろう。


デリフィスが新たな団長となり、傭兵団を率いることになった。


本人は嫌がったが、他に務まる者はいない。


剣術、馬術、そして戦術眼。

全てにおいて、一千の傭兵たちの中でデリフィスがもっとも優れていた。


デリフィスが指揮を執るようになり、傭兵団は更に強くなった。


五千を超えるラグマ軍を打ち負かし、追い回すことも度々だった。


デリフィスが新団長となり数日後、停戦の条約が結ばれ戦争は終わった。


そして、デリフィスは傭兵団を去った。


ラグマ王国に行く、とだけは聞いた。


テラント・エセンツが目的なのだろう、とダネットは思った。


ラグマの将軍であり、戦場において唯一、デリフィスと互角に剣を合わせた男。


止めようとする者はいたが、誰も止められなかった。

ダネットは、止めなかった。


停戦となった今は、戦場で会うこともない。


一人の強敵のために一千の部下と別れられる。


勝手ではあるが、如何にもデリフィスだった。


デリフィスが去った後、間もなくして傭兵団は瓦解した。


デリフィスは、傭兵団という限られた範囲の中ではあったが、言わば絶対の王だった。

それも暴君である。


デリフィスの後に傭兵団を纏められる者はいなかった。


傭兵たちは散り散りになり、ダネットもザッファー王国を離れることにした。


行き先は、ズターエ王国。

ただの気紛れであるが、強いて理由を上げるとしたら、母方の祖父がズターエ人だからだろう。


といっても、なにか当てがある訳ではない。


ズターエ王国で適当に職を探し、警官募集の広告をたまたま眼にし、冷やかし半分で応募し、ノリで試験を受けた。


結果は、合格。

さすがに、これには驚いた。


二十年ほど前に、当時将軍位にあったサバラ・ブルエスは、『魔王』ミド・アラエルから王位を奪っている。


サバラ・ブルエスはそれまでの王家の血を引いておらず、そのため反発する勢力がズターエ国内にいくつもあった。


その対応のための軍人や警官が不足している、ということなのだろう。


時期によっては、誰彼構わず合格にしていたようだ。


警官となったダネットは、一応真面目に仕事をした。


堅苦しい仕事である。

やがて飽きてしまい辞めることになるのは、わかっていた。


それまでは、稼げるだけ稼いでおくか、という気分だった。


しばらく退屈な日々が過ぎた。

だが、退屈とは縁遠い男との再会により、打ち壊された。

デリフィスである。


人付き合いの下手な男であるが、仲間という者ができていた。


しかも、その一人はあのテラント・エセンツである。


巨大な組織を敵に回しており、そのために警官殺しの汚名を着させられていた。


昔の知人が無実の罪で追われているというのも、気持ちが悪い。


ダネットは、デリフィスに力を貸すことにした。


争いは激化していく。

それは、『魔王』ミド・アラエルの遺児、サン・アラエルを巡る争いだった。


結果として、デリフィスたちは勝利した。


世界大戦を未然に防いだ、といっても過言ではないかもしれない。


ただ、それを知るのはほんの一握りの者だけだった。


そして、これも結果的にではあるが、ズターエ王国は国家間における立場を悪くした。


デリフィスたちに味方したダネットは、政府に睨まれることになった。


ダネットは、警官を辞めた。

どうせ辞める予定だったのが、少し早まっただけのことである。


無職となったダネットは、ザッファー王国に戻ることにした。


郷愁などがあるのかどうかわからないが、なんとなくザッファー王国の方が、自分に合っているような気がする。


ザッファーに帰国したのは、去年の冬だった。

母が、病だった。


女手一つでダネットが独立できるようになるまで育ててくれた母だが、大きな欠点があった。


無類の酒好きなのである。

時間さえあれば、酒を飲んでいる。


どうやら、酒毒が回ってしまったようだ。


医者の話では、もう長くないらしい。


それでも、母は酒を飲むことをやめようとしない。


ダネットは、母の好きにさせた。


どうせ長く生きられないのなら、好きにさせようと思った。


母は、父に会いたがった。

ダネットは、父のことを知らない。

死んだか、母を捨てたのだろうと思っていたが、どうやら後者だったらしい。


母の、おそらく最後の頼みになる。

ダネットは、父を捜すことにした。


母の話によると、父は優れた魔法使いだったということだ。


ダネットは、本当に父親なのか疑った。


魔法使いの血を引く者は、魔法使いになれる可能性が高い。


ダネットに、魔法使いとしての素養はなかった。


魔力というものが視えたこともない。


父の写真を手渡され、スキンヘッドにしている自分の頭を掻きながら、こいつは俺の父親だ、とダネットは思った。


広い額に、太い眉、大きな鼻。男臭い顔付き。


写真は胸から上のものだったが、おそらく体つきも相当逞しいことだろう。


首の太さや肩幅、胸筋でそれがわかる。


どうやら、母と同じく酒好きらしい。

名前もわかっている。


ダネットは、酒を飲める店を回り歩いた。


父のことを知っているという者とは、すぐに会えた。

それも、次々とである。

ただ、行方を知る者はいなかった。


ダネットを息子ではないかと感付く者がいたが、全力で否定した。


どうやら、あちこちの店にツケがあるようだ。


調べるうちに、自分の父親だとダネットは確信した。


酒好きであり、酔っぱらっては騒動を起こしている。


警官の厄介になったのも、一度や二度ではないだろう。


何人もの恋人や愛人がいた気配がある。


母は、たくさんいる女のうちの一人だったようだ。


ダネットは、父を捜すのをやめた。


父にとって、母は特別な女ではないらしい。

見付かったとしても、母に会いに来てくれるとは思えなかった。


母は、本気で父を愛していたらしい。


派手な生き方をする男に惹かれる女も、いるのだろう。


捜索状況を頻繁に聞いてくるが、まだ見付からない、とだけダネットは言い続けた。


そして、母は死んだ。

季節が春から夏へと移り変わる頃のことである。

死んだ日も、酒を飲んでいた。


もう、父を捜すことはないだろう。

元々、興味はなかったのだ。


父の写真は、母の遺体と共に棺桶に入れた。


そしてダネットは、母に渡された『ネイト・ホルツマン』という父の名前が記されているメモ紙を、丸めて家のゴミ箱に捨てた。

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