耳や脳髄が腐りそう
ここまで来て、またまた例の「@@@」。ナスル殿下の命令で、舟は一斉に停止した。しかし、殿下は立ち上がり、頭を上下左右に向けて周囲の安全を確認すると、すぐに出発の合図。いちいち警戒態勢でじっとしていることにも飽き飽きしてきたのだろう。今回も「@@@」とやかましいだけかもしれないし、もしかすると、今度こそ本当に襲ってくるかもしれない。ただ、その時はその時のことで、なんとかしよう。
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「ほんま、いつ聞いても、鬱陶しいヤツらやで……」
ザリーフは、ずり落ちそうなメガネを押し上げ、恐る恐る頭上を見上げた。密林を流れる川の上には、両岸から木の枝が覆い被さり、日の光が届かないくらいに重なり合っている。しかし、(落下物の)罠が仕掛けられていたり、トードウォリアーが武器を持って潜んでいたりということは、なさそうだ。
ザリーフは少し安心したように、ホッとひと息ついて、
「しかし、これは、ある意味、よかったかもしれんな」
「『よかった』ですか? それは、一体、どういう意味??」
「なんでって…… ここで『@@@』が聞こえてくるっちゅうことはやな、やかましけども、トードウォリアーの本拠地に近づいてるっちゅうことちゃう?」
なるほど、言われてみれば、そういう考え方もできるかもしれない。
わたしたちは、ナスル殿下の舟を先頭に、密林をさらに奥へと進む。ザリーフはあのように言ってたけど、本当に、こちらの方向が正しいのだろうか。この辺りがトードウォリアーのホームグラウンドなら、どこに彼らがいてもおかしくはなく、「@@@」が聞こえるからといって、彼らの本拠地に近づいているとは、必ずしも断言できないだろう。
周囲からは、相変わらず、
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単調なテンポでトードウォリアーの声が響いている。これまで合計で何十時間聞かされただろう。冗談ではなしに、耳や脳髄が腐りそうだ。基本的に温厚なわたしだけど、やはり限度というものがあり、
「プチドラ、ちょっと……」
と、プチドラを抱き上げた。
「もうそろそろ、本気でいきたいわね。あまり調子に乗っていると、どんな目に遭うか、思い知らせてやらないと……」
「マスター、思い知らせてやるって?」
プチドラは、「はて」と首をひねった。




