ブヒブヒブヒ
わたしはプチドラを抱いて馬車を降り、ニッコリと神がかり行者に微笑みかけた。
「久しぶり。相変わらず基地外じみた名演説ね。誰からも相手にされないようだけど」
「フン! おまえのようなメスブタが大手を振って街中を闊歩しておるようでは、この帝都もお終いじゃ!!」
相変わらずの減らず口だこと。
「あのゴリラをたぶらかして、帝都から連れ出すとはな! さぞ、楽しい思いをしたことであろうな!! この淫乱なメスブタめ!!!」
ゴリラとはツンドラ候を意味することは明らか。ツンドラ候とわたしが駆け落ちしたという噂は、神がかり行者への耳にも入っていたようだ。
「ブタ、ブタ、ブタ、ブタ、ブタ! ゴリラやイボイノシシが、メスブタにはお似合いだ!!」
イボイノシシとは、バイソン市の市長候補だったブライアンの意味だろう。いつどこで会ったか知らないけど、神がかり行者にもブライアンがイボイノシシに見えるらしい。もしかして、わたしがバイソン市でアイアンホースとつるんで行ったいろいろなこと(つまり悪事)を、神がかり行者は知っているのだろうか。つかみ所がなくて計り知れない神がかり行者のことだから、十分にありそうな話だ。でも、半ばルンペンの彼から、情報(真相)が帝国宰相に伝わるようなことは、ないだろう。
しばらくの間、神がかり行者は口から泡を飛ばしながら、大声でわたしを罵り続けていたが、やがて、疲れたのか、ゼェゼェと息を切らし、その場にしゃがみこんだ。
「あら、もうガス欠かしら? 意外と大したことないわね」
「うっ、うるさい! ハァ、ハァ……、そんなに罵倒されたいか、このマゾ女が……、ゼェ、ゼェ……」
どうやら神がかり行者は、かなりグロッキーのようだ。これで、多少はマトモな話もできるようになったろうか。
「ところで、ひとつ聞きたいことがあるんだけど……」
神がかり行者はプィと顔を背けたが、わたしはそんなことに構わず、
「『ゴールデンフロッグ』って、知ってる?」
すると、神がかり行者は、目をカッと開いて立ち上がり、
「このメスブタめ、今度は畏れ多くも、『黄金の蛙』にも手を出そうというのか! この恥知らずめ、ゲスめ、どこまでも淫乱なメスブタめ!! だが、思い知るであろう、蛙の怒りに触れてブヒブヒブヒブヒブヒ!!!」
そして、神がかり行者は、大笑いしながら公園中を転げ回った。本当に狂い死にそうな勢いで、道行く人たちは怖がって、誰も近寄ろうとしない。今日の神がかり行者は、普段にも増して神がかっているようだ。
プチドラは、「ダメだこりゃ」とばかりにため息をつき、首を2、3度、左右に振った。
わたしはプチドラを抱き、再び馬車に乗った。結局、時間の無駄に終わったようだ。でも、底知れない神がかり行者のこと、ゴールデンフロッグについて、とても重要な事実を知っているような気もするが、あの態度から察するに、知っていても教えてはくれないだろう。