進路は左
ナスル殿下とザリーフの話し合いは続いていた。でも、何時間話をしても、結論的には、「わからない」に落ち着くだろう。もし、この場にマリアがいれば、感知魔法により、「どちらの方向に進めばマシか」くらいは分かるかもしれない。でも、普通の人(リザードマンも含めて)にとっては、そもそも情報が少なすぎ、正しい判断などしようがない。最後には、右か左かの2分の1の確率ということで、運を天に任せて、気合いでエイヤと……
もっとも、わたしとアンジェラだけは、何が起こっても、「苦しいときの隻眼の黒龍頼み」で、無事のはずだけど。
しばらくすると、ナスル殿下とザリーフは話を止め、うなずき合った。どうやら、方針が決まったらしい。
ナスル殿下は、リザードマンの精鋭に向き直り、大きな声で号令をかけた。
「∬&∑、&♂◆♭#、⊿§⊥!!!」
すると、精鋭たちは、一斉に自分の舟に戻り、すぐさま出発の準備を整える。
ザリーフは、「やれやれ」という顔で、わたしたちのところに戻ると、
「一応、結論は出たけどな…… 一応やで」
そして、ひと呼吸置き、ずり落ちそうな大きなメガネを押し上げ、
「とりあえず、左に行くことになったわ。看板とは違うけどな。しかし、行った先でどうなるか、知らんでぇ……」
ナスル殿下とザリーフも、こちらが裏をかけば、相手が裏の裏をかき、こちらがさらにその裏(裏の裏の裏)をかけば、相手もさらにその裏(裏の裏の裏の裏)をかくみたいな、堂々巡りの議論をしていたのかもしれない。ならば、いっそのこと、「その中間を取って、左の川と右の川の間を(つまり陸路を徒歩で)突き進む」でもよさそうな気がするが、さすがにそれは蛮勇というものだろう。
ともあれ、わたしたちは、ナスル殿下の舟を先頭に、向かって左側の川の上に舟を進めた。舟は、密林を奥へ奥へと進んでいく。動物や鳥の鳴き声もなく密林はほぼ完全な静寂に包まれ、日の光は高い樹木に遮られ……と、いい加減、うんざりだけど、同じような景色が延々と続いていた。
「ほんまに、こっちで良かったんかなあ……」
ザリーフは、何やら自信なさげに、ポツリと漏らした。そして、「ふぅ~」と、短くため息をつき、
「うちでおったら、今頃、何しとったか……」
ここまで言いかけて、彼は慌てて口をつぐんだ。わたしが目の前にいるので、気を遣っているのだろうか。今回の旅に連れ出したのはわたし、途中で引き返そうという案を(事実上)却下したのもわたしだから。ただ、だからといって、このわたしが連れ出したことの「責任を感じる」なんてことは、有り得ない話だけど。
密林をさらに奥へと進んでいくと、聞こえてきたのは例によって、
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わたしとしても、大概にせえや、みたいな…… ザリーフの関西弁がうつったか?




