裏の裏の裏の……
右に行くべきか、あるいは、左に行くべきか……
ナスル殿下は腕を組み、じっと看板をにらみながら、考え込んでいる。その後方では、リザードマンの精鋭たちも、輪になって、小声でヒソヒソと話をしている。しかし、いつまでもここにいても仕方がないだろう。どちらに進むか決めなければならない。
トードウォリアーは、何を考えて、こんなところに道標の看板を設置したのだろう。看板は、ナスル殿下でさえも疑問に思っているように、本来の意味の「道標」とは考えがたい。わたしたちを矢印の方向(右)に導くため、すなわち、わたしたちを罠にはめ、危険地帯に誘い込むために設置されたものだろうか。
しばらくすると、ナスル殿下はもう一度ザリーフを呼んだ。どちらに進むか決める前に、ザリーフの意見を聴こうというのだろう。ザリーフは「あらら」と天を仰ぎ、あまり気乗りがしなさそうに、殿下のもとに赴いた。
「う~ん……、どっちかしら?」
アンジェラも、何やらブツブツつぶやきながら、考えている。
わたしはアンジェラの肩をポンとたたき、
「どっちに進めばいいか、分かる?」
「いえ、お姉様、考えても……というか、考えれば考えるほど、分からなくなります」
「……と、いうと?」
「先程のザリーフさんの話では、こんなところに真新しい看板があるのはおかしいということでした」
「そうね。もしかすると、これは、トードウォリアーの罠かもしれないわ。わたしたちを右に、つまり、危険地帯か何かに誘い込むためのね」
「でも……、わたしたちが、それを察知して、左の方向に進むします。そして、このことをトードウォリアーが予想して、その裏をかいたとすると……」
アンジェラは困ったような顔で、わたしを見上げた。なるほど、言われてみれば、「右に進め」という看板は、実は偽情報で、左の方向に進んだ場合にこそ、本当の危険が待ち受けている、という可能性もある。トードウォリアーの知性が相当程度に(少なくとも、例えばナスル殿下以上に)高いとすれば、相手に「裏をかいた」と思わせて、自分たちは、さらにその裏をかくという策くらい、思いつくだろう。ということは、トードウォリアーの策のさらに裏をかき、看板に書いてあるとおり、右に進むべきだろうか。でも、わたしたちがそのように考えて右に進むことを、トードウォリアーがさらに予想して、右方向に罠を仕掛けて待ち受けているとしたら……
「なんだか、考えているうちに、わけが分からなくなってきたわ」
「お姉様もですか」
アンジェラは、「ふぅ~」と小さく息を吐き出した。ちなみにプチドラも、「お手上げ」というふうに、腕を広げて掌を上にして、うつむき加減に目を閉じている。プチドラにも見当がつかないらしい。




