前衛芸術か
舟は水の上をすべるように、草地を抜け、密林に向かっていった。リザードマンたちは、船が薄暗い密林に入っても、ガヤガヤと雑談を続けている。ナスル殿下も部下をつかまえ、何やら話しかけているようだ。
今回の(リザードマンやアンジェラにとって)未知との遭遇は、彼らの心理状態に対して良い方向に作用したらしい。「あの怪しげな物体の正体は、一体、なんなんだ」と考えることにより、鬱々とした感情が少し薄らいだようだ。しばらく前までは陰々滅々として、お互いに首を絞め合いそうな雰囲気だったが、今では空気が和んでいる。
「最初に見たんは誰ぞの家で、次の三角形のは前衛芸術ちゃう?」
「そうなんですか」
「いや、ホンマはどうか知らんでぇ。多分、そうちゃうかな、……っちゅう話や」
ザリーフとアンジェラも、知的好奇心を大いに掻き立てられたようで、初めて見た不思議な物体の正体について、あれこれと議論を続けている。
「あの……、お姉様は、どう思いますか?」
珍しく、今回はわたしにもお呼びがかかった。さすがのザリーフも、今回は完全にお手上げのようだ。わたしとしては、戦車や戦闘機の残骸で間違いないだろうとは思うけど、なぜ、そのようなものがこの世界にあるか分からないし、知らない人に戦車や戦闘機の説明をするのも面倒なので、
「さあ、何かしら…… ザリーフさんでも分からないんだから、わたしに分かるわけがないけど……」
と、適当に言葉を濁した。
密林の中を、舟はゆったりとした速度で進んでいく。動物や鳥の鳴き声もなく、日の光は高い樹木に遮られ、昼間なのに夕暮れ時のようだ。静寂に包まれた密林に響いていたリザードマンたちの話し声は、話のタネが尽きてきたのか、時間が経つにつれ、だんだんと小さくなっていった。どうしてこの世界に近代兵器の残骸があるのか知らないが、最初が戦車、次が戦闘機ということは、その次に出会うのは軍艦だろうか。そんなことを考えながら、ぼんやりと変わり映えのしない光景を眺めていると、
「ふぅ~」
不意に、プチドラが小さくため息をついた。
「あら、あなた…… いたのね……、いえ、これは、そうじゃなく……」
すると、プチドラは不思議そうな顔で、わたしを見上げた。すっかり忘れていたというと失礼だけど、このところ、なんだか影が薄かったので、つい、そんな気がしたということ。でも、よくよく考えてみれば、ドラゴンの寿命は人に比べるとはるかに長い。前から「トードウォリアーの領域のことはあまり詳しくない」みたいなことを言ってたけど、こんな不可思議ことは、ドラゴンにきく方がよさそうだ。
わたしはプチドラを抱き寄せ、小さな声で、
「プチドラ、あなたはどう思うの? 立て続けに、わけの分からないものを見せられたけど……」
「いやあ、なんというか…… その……」
なんだか微妙な反応だけど、もしかして、何か知ってるのだろうか。




