さらに旅は続く
ナスル殿下は、水辺に戻ると右手を振り上げ、大きくひと声叫んだ(「吼えた」と言う方が正確かもしれない)。すると、すぐにリザードマンの精鋭が、ガヤガヤと話をしながら集まって来る。彼らの表情は微妙。今まで見てきたような精悍な顔つきとは違い、どこか自信なさげで頼りない印象を受ける。ナスル殿下から撤退の決定が伝えられることを期待しながら、そうでないかもしれないと危ぶんでいるようだ。
部下たちが集まると、ナスル殿下は、ひとつ、大きく息を吸い込んだ。決定は、「撤退」ではなく、誰もが望んでいない「進軍」なのだろう。殿下でも、あまり良くない結果を伝える場合、それなりに心の準備が必要らしい。
リザードマンの精鋭たちは、なかなか口を開かないナスル殿下を見ているうちに、薄々その話の内容を察したのであろう、ガックリと肩を落とし、ため息をついた。
やがて、ナスル殿下は口を開き、
「◆∬≡□⊿、†*∑&‡¶¶√◇∽§&……」
力が抜けたような声で話を始めた。
話の内容は、わたしの予想どおりだったようだ。リザードマンの精鋭たちは、しんと静まり返り、ザリーフも、何も言わずにうつむいている。いつもなら、ナスル殿下が話を始めると、間髪を入れず通訳を始めるのに。それだけ、落胆あるいは心理的ショックが大きいということだろう。
やがて、ナスル殿下は終えた。リザードマンからは、一斉にため息が漏れた。最後に殿下は力なく、
「☆〓⊿¶¶*∮£」
リザードマンたちは、舟の方に向かって歩き出した。その動作は、緩慢というよりもむしろ鈍重。本当はハッドゥの町に帰りたくてたまらないけど、殿下の命令だから、どうにもならない、みたいな……
わたしたちは再び、南の大河の支流のよどんだ水の上に舟を滑らせ、密林を奥へ奥へと進んでいった。毒矢で負傷したリザードマンを舟の中央に寝かせ、元気な者が艪を漕いで舟を進める。鳥や小動物の鳴き声は聞こえず、薄暗い密林の中は、ほぼ完全な、しかも重苦しい静寂に包まれていた。もちろん、雑談を楽しもうとする者はいない。ナスル殿下も、リザードマンの精鋭も、ザリーフも、アンジェラも、そしてプチドラさえも、自分から進んで口を開こうとはしなかった。
こうして、ゴールデンフロッグ探しの旅が再開されたわけだけど……
結果論から言えば、ナスル殿下は、面目やプライドや義理人情等々の個人的な感情を捨て、この時にハッドゥの町への撤退命令を出すべきだった。現在の状況を冷静に分析すれば(あるいは分析するまでもなく)、これ以上の前進が不可能であることは分かるだろう。にもかかわらず、さらに奥地へ進もうというのだから……
ともあれ、昔からタブーとされているところには近づかない方がよさそうだ。合理的な理由が考えられなくても、やはり、それなりの理由はあるものだから。




