ナスル殿下の決断
わたしは意識して、ナスル殿下やザリーフに気を持たせるように、しばらくの間、考えた。実のところ、わたしにとっても、ゴールデンフロッグを探し当てなければならない義務も義理もなく、引き返しても損害は一切ない。でも(万が一にでも)、それを発見することができれば、帝国宰相に高値で売りつけることができるだろうし、隻眼の黒龍がいれば、少なくともわたしとアンジェラに限れば安全度は100%(と考えられる)、であれば、引き返さなければならない理由はないだろう。この先、無理矢理進んで、ザリーフやナスル殿下が倒れ、リザードマンの精鋭が全滅したとしても、わたしには、なんの不利益もない。しかし、当然ながら、このことをストレートに表現することは得策ではない。
わたしはナスル殿下とザイールに向き直り、
「わたしとしては、異議はありません。でも、ナスル殿下はそれで構わないのですか? 自慢の舟のシンボルマークに矢を突き立てられて、黙って引き下がるのですか? ハッドゥの町を出るとき、お父様に、なんとおっしゃったのですか?」
ザリーフがこれを翻訳してナスル殿下に伝えると、殿下は腕を組み、考え込んでしまった。思っていたとおり、殿下はわたしの口から「帰りたい」と言わせたかったようだ。なのに、「わたしはいいけど、あなたはどうなの?」と、反対にボールを投げ帰されたものだから、困ってしまったのだ。
ナスル殿下は苦しげに、時折うめき声さえ上げながら、考えていた。今ここで引き返すかどうかは、殿下の決断ひとつに委ねられてしまったわけだ。撤退するのは簡単。でも、殿下自ら「帰ろう」とは言い出せないだろう。それでは殿下の面目が丸つぶれだ(だからこそ、ボールを投げ帰したのだが)。
ザリーフは不安げに殿下を見守っている。しかし、なかなか結論は出ない。
ここで、わたしは、殿下にさらに追い打ちをかけるように、
「トードウォリアーの領域でゴールデンフロッグを捜すのは、わたしたちの使命ではありますが、あなたたちリザードマンにとっては、本来、なんの関わりもないことで、ここでお帰りになっても結構です。これから先は、わたしたちだけで、なんとかしますから」
ザリーフは律儀に、わたしの言葉を翻訳して、殿下の耳元でささやく。すると、殿下は、苦悶の表情を浮かべながら、わたしに顔を向けた。「そうですか、ならば、さようなら」と言われる危険もあるが、その可能性は極めて低いと思う。自分たちの神の使い(隻眼の黒龍)や女性ふたりを密林の中に置いて帰ったということになれば、ますます殿下の立つ瀬がなくなるだろうから。
やがて、ナスル殿下は小さい声で、ひと言かふた言、つぶやいた。ザリーフは「あらぁ」と天を仰ぐ。彼の反応を見れば、殿下の言葉がどのような内容なのか、想像がつく。ナスル殿下は重い足取りで、仲間のいる岸辺に向かって歩き出した。わたしとザリーフも殿下に続く。お互い、言葉は交わさなかった。とても、そんな雰囲気ではなかった。




