トードウォリアーの行動様式
ナスル殿下と部下の話は、長い時間、続いていた。さすがのリザードマンの精鋭も、仲間の約半数が毒矢により戦闘不能となった今、これ以上の深入りは非常に危険と考えているらしい。しかし、殿下は頑として譲らず、自分の舟を傷つけられたまま、すごすごと引き揚げることは、どうしてもできないという。
「しゃーないなぁ…… そやから、エライ人はあかんのやで……」
ザリーフは、頭を抱えてため息をついた。彼もまた、「早く帰りたい」派の一人らしい。おそらく、ナスル殿下も合理的な判断としては(頭の中では)、部下に同意していると思う。しかし、殿下の意地と誇りとプライドが、どうしてもそれを許さないのだろう。
しばらく前から目を覚ましていたアンジェラは、疲れたような顔でわたしにもたれ掛かり、見るともなしに辺りに目を遣っていた。アンジェラも、こんなところからは早く離れたいと思っているのだろう。
密林は、ナスル殿下たちの話し声を除き、静寂に包まれていた。鳥や動物たちの鳴き声はないし、「@@@」すなわちトードウォリアーの声も今は聞こえない。一体、どうしたのだろう。近いうちに総攻撃を予定しているので、ひとまずは撤収して休憩しているのだろうか。それとも、リザードマンの精鋭の約半数にダメージを与えたことに満足して、引き揚げたのだろうか。
考えてみれば、トードウォリアーの行動様式には分からないことが多い。木の上から特大ヒルを落としたり、巨大肉食恐竜をけしかけたり、毒矢で不意を襲ったりと、どちらかと言えば、間接的な(まどろっこしい)攻撃ばかりだった。この辺りの地形などはトードウォリアーの方がはるかに詳しいはずで、言わば、ここは彼らのホームグラウンド。もっと積極的に攻勢に出てもよいはずだ。わたしがトードウォリアーの立場なら、巨大肉食恐竜をけしかけてリザードマンの注意を引き付け、背後から毒矢で攻撃するくらいのことは考えるだろう。
しかし、トードウォリアーの攻撃は消極的というか、遠慮がちというか……、今回の毒矢も、ザリーフによれば、「一応、命に別状はなさそう」とのことで、これまでのところ、リザードマンに死亡者はゼロ。ダメージを与えても、けっして殺さないよう、細心の注意を払って攻撃しているようにも見える。トードウォリアーには、わたしたちを撃滅しようという気はないのだろうか。もしそうだとすれば、一体、なんのための攻撃だろう。単なる嫌がらせで、わたしたちが慌てふためく様を見て喜んでいるのだろうか(もしそうなら、とてもイヤなヤローどもだ)。あるいは、死亡者を出さない程度の軽めの攻撃を幾度となく続け、わたしたちに撤退するよう促しているのだろうか(もしそうなら、カエルだけど、まれに見る人格者)。
やがて、話が終わったのか、ナスル殿下がわたしのもとに歩み寄り、
「★⊿∀、&‡¶√※◇#、≡□◎∴¶¶∮†⊆⊥〆☆§、〓@♭∥」
ザリーフの通訳によれば、「ちょっと相談があるので、そこまで来てくれないか」ということ。殿下から相談を持ちかけられるのは初めてだけど、一体、どんな話だろう(これまでの流れに鑑みれば、ある程度は想像がつくが)。




