帝国宰相はご機嫌
わたしはプチドラを抱き、さらに歩き回った。ところが、いくら捜しても(どこかに隠れているのだろうか)、帝国宰相は見つからない。
プチドラは、長時間、抱きかかえられていたせいか、疲れた顔をしてわたしを見上げ、
「どこにもいないね。もしかすると、帝国宰相は宮殿にいないのかも」
「かもね。でも、ここまで来たんだから、もう少し頑張りましょう」
プチドラは、「ぶぅー」と、やや、不満顔。頑張ったからといって、どうなるものでもないことは、わたしにも分かっている。でも、このまま手ぶらで帰るのは口惜しいし、もしかすると、御都合主義的に魔法アカデミーのパーシュ=カーニス評議員に会えるかもしれない。
ところが、現実はやはりうまくいかないようで、何時間捜し回ってみても、帝国宰相にも、パーシュ=カーニス評議員にも出会わなかった。
わたしは、プチドラを廊下に下ろし、その場にしゃがみ込んだ。
「今日はダメかしら。せっかく宮殿まで出向いたのに、残念」
「事前にアポがあればともかく、いきなりやって来ても、なかなか会えないと思うよ」
わたしは、疲れた両足に力を入れて「よいしょ」と立ち上がった。「仕方がないので、今日は諦めて帰ることにしよう」と、そう思った矢先、
「おお、おまえは!」
背後から声がしたので振り向くと、果して……
「久しぶりじゃな、わが娘よ」
と、にこやかに声をかけてきたのは、帝国宰相だった。ご機嫌斜めかと思ったら、見た感じ、そうでもなさそうだ。
「行方不明になったと聞いて、大いに心配しておったのじゃが……」
「ご心配をおかけして、申し訳ありません。ちょいと野暮用で…… ところで、帝都では、あらぬ噂が広がっていたようですが、まさか、帝国宰相、その噂を真に受けて?」
「噂じゃと? ああ、おまえがツンドラ候と駆け落ちしたとかいう話じゃな。いや、打算的で怜悧なおまえのことじゃ、そんなことはあるまい。わしはおまえを信じておったよ」
帝国宰相は、「はっはっはっ」と豪快に笑った。ご機嫌斜めどころか、かなりご機嫌の様子。でも、「義兄弟」のツンドラ候はバイソン市で「変質者」として拘留されているし、次期皇帝の選出は思うように進まないし、機嫌がよくなる要素は何ひとつ存在しないはず。それに、ツンドラ候と同時に行方不明になったわたしが無事にいるのを見ても、怪しんでいるそぶりを見せない。これは、なんだかおかしい(ような気がする)。
宰相は、顔に満面の笑みを浮かべ、
「わが娘よ、久しぶりに、中庭の散歩でもしようではないか」
「え~っと、今日は挨拶だけ。これにて失礼いたします」
わたしはプチドラを抱き、後をも振り返らず宮殿を出た。今日の帝国宰相は異常だ。満面の笑みの裏には、きっと、何かある。面倒なことに巻き込まれないうちに、退散することにしよう。