大きな池
わたしたちは、小舟の上で身じろぎせず周囲を注視していたが、やがて……
ブ~~~ン…… バチン!
「やった」
プチドラは得意げに、小さな右手を上げた。手のひらには、ペチャンコになったヤブ蚊の死体が乗っている。
「ようやく来たと思たら…… なんや、ヤブ蚊やんか」
ザリーフが、緊張感から解き放たれたように、フゥと息を吹き、大きな眼鏡を外した。舟を停めてから、結構な時間が過ぎ去っていた。しかし、周囲には特に異常は見られず、これから何かが起こるという気配もない。おそらく、このまま待っていても、何事も起こらないだろう(根拠があるわけはないが、そう思う)。
先程のトードウォリアーの声は、わたしたちをビックリさせよう、あるいは、徒に神経を使わせて疲れさせようという、彼らの狡猾な策略かもしれない。もし、そうならば、トードウォリアーの知性は、「バカにできない程度」のレベルではなく、客観的に見て、リザードマンと同等か、それ以上だろう(リザードマンたちは絶対に認めないだろうが)。
やがて、ナスル殿下はしびれを切らしたのか、大声を出し、
「⊿☆∀⊆∟¶¶○£!!!」
それを合図に、小舟は前から順番に動き出した。
わたしたちを乗せた舟は、なんとなく、だれた感じで密林の中を進んだ。両岸に生える樹木の枝によって日の光は遮られ、昼間なのに夕方のように薄暗く、小動物や鳥の鳴き声が云々という周囲の景色は、これまでと同じ。
しかし、船が進む川の先に、ぽっかりとアーチ型に開いた白っぽい光が見えた。丁度、トンネルの出口付近に差しかかったような……
ザリーフは、ずり落ちそうな大きなメガネを押し上げながら、身を乗り出して前方を眺め、
「森の中も、そろそろ終わりかなぁ」
舟を進めていくと、やがて、その言葉のとおり、わたしたちは広々としたところに出た。
「まあ、広い!」
と、アンジェラが声を弾ませる。
密林を抜けると、そこは、25メートルプール5個分くらいの大きな池になっていた。池の上空には木の枝がかからず、燦々とした日の光が降り注いでいる。わたしは背筋を思い切り伸ばし、フゥ~と大きく息を吐いた。そこはかとなく開放感を感じるのは、今まで密林の中で狭苦しさを感じていたせいだろう。
舟は、岸に沿うように、池の中を進んだ。そして、丁度、半分くらいまで来たところで、突如、舟は速度を緩めた。どういうことだろう。不思議に思ってザリーフを見上げると、彼は指を立てて口に当て、「静かに」のジェスチャー。
そして、彼は無言で岸辺を指さした。




