待てども待てども
わたしたちを乗せた小舟は、密林の中をゆっくりと進んでいった。川幅はさらに狭くなり、頭上から降り注ぐはずの日光は、両岸に生える樹木の枝によって遮られている。昼間なのに、まるで夕方の黄昏時のように薄暗い。小動物や鳥の鳴き声が密林にこだまし、より一層、静寂さが引き立っている。
このところは、ナスル殿下の下手くそな歌も聞こえてこなくなった。これは単なる心境の変化かもしれないし、密林の静寂の中では自分の歌の下手さ加減がより一層ハッキリすると思ったからかもしれない。あるいは、突然のトードウォリアーの襲撃にも対応できるように、常時、臨戦態勢を整えているのだろうか。
一方、アンジェラの好奇心は相変わらずで、初めて見る動植物に興味津々。ただ、この辺りまで来ると、ザリーフにも、分からないことの方が多くなってきて、
「この花、なんやろなぁ、初めて見るで~。花の真ん中に開いた大きな穴は、なんやろ。口かなぁ~。食虫植物やろか。それにしては、穴が大きいなぁ。ほな、食虫植物ちごて、恐怖の人食い食人植物かぁ?」
ザリーフもアンジェラと一緒になって、舟から身を乗り出し、岸辺に咲く怪しげな花をじっとのぞき込んでいる。
なお、プチドラは、ヤブ蚊に体のあちこちを噛まれ、
「ぶぅ~……」
ブスッとした表情で体を掻いている。どういうわけか、ヤブ蚊の被害はプチドラに集中しているようだ。ヤブ蚊にとって、プチドラの血液が、特別に美味しいのかもしれない。
そして、さらに何日か、密林の中で同じような光景を目にしながら、同じように川をさかのぼっていくと、突然……
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またまた、カエルの鳴き声のようなトードウォリアーの声が聞こえてきた。わたしたちは即座に舟を停止させ、戦闘態勢を整える。
ナスル殿下は、ショートソードを抜き、
「≡√※∮\〆、&▲⊥◇★○Å∥¶¶◎£!!!」
ザリーフの通訳によれば、「愚かなカエルどもめ、ヤツらを返り討ちにしてやれ!!!」ということらしい。リザードマン30人の精鋭は武器を構え、油断なく周囲に気を配っている。
「来た、来た、来たでぇ~ 今度はなんやろなぁ~」
ザリーフは小舟の中で小さく身を伏せ、少し不安げに、キョロキョロと辺りを見回した。前回は特大ヒルだったけど、今度はなんだろう。頭上を見上げてみると、川に覆いかぶさるように木の枝が広がっているだけで、特大ヒルや怪しい影みたいなものは見えない。とにかく、わたしたちは戦闘態勢を整えたまま、その場でじっと待機。
ところが…… 今回は、どういうわけか、待てども待てども何事も起こらない。




