トードウォリアーの知性
頭上を見上げると、広葉樹の枝は、大きな振幅をもって揺れていた。誰かが思いきり揺すぶったようにも見える。のみならず、枝の幹に近い部分には、何やら黒っぽいものが乗っかっているような感じ。一体、なんだろう。猿の仲間だろうか。それとも……
「§∴☆■¶¶〆◎£、∀※⊆*‰⊥▲○@≒∥∈!!!」
ナスル殿下の怒号が響いた。ザリーフの翻訳によれば、「ヒルが降ってきたくらいでビビるんじゃない、バカヤローどもが!!!」という意味らしい。リザードマン30人の精鋭は、すぐに気を取り直し、特大ヒルを手で掴んでは、川へ投げ捨てている。
精鋭の活躍により、程なくして、特大ヒルは一掃された。こちらの被害はゼロ。ザリーフはずり落ちそうな大きなメガネを押し上げ、やれやれという顔で、
「はぁ~、ビックリしたなぁ~。特大ヒルの習性で、木の上から降ってくるのは知ってたけどな……」
この特大ヒルは、南方独特の種類で、普段は木の上にいて、下を動物が通りかかると、木からポトリと落下、その動物にピッタリと吸い付き、血を吸うという。大きいだけあって、その吸引力は強力とのこと。
「これが特大ヒルですか。口はどこにあるの?」
先刻は悲鳴を上げたアンジェラは、気分が落ち着いたのか、1匹だけ取り置いた特大ヒルを木の棒で突っついて観察中。例によって、ザリーフが先生になって、「ここはこうで、あそこはああで」と解説している。
ナスル殿下の号令により、小舟の一団は再び動き出した。特大ヒルが降ってきた時は驚いたけど、終わってみれば、別に、どうということはなかった。
ただ、ひとつ気にかかるのは、先刻、頭上を見上げたとき、枝に乗っかっていた黒っぽいものの正体。これはわたしの推測だけど、トードウォリアーが木に登り、枝を揺らして特大ヒルを落下させたのではないだろうか。もしそうなら、トードウォリアーはわたしたちに対しては敵対的で、今後も、同じようなこと(つまり、妨害や襲撃など)が繰り返されることになるだろう。
その時、不意に……
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本日2回目のトードウォリアーの声が響いた。わたしたちは、直ちに舟を停止させ、身構える(特に頭上に注意して)。しかし、今度は、いくら待っても、何事も起こらなかった。そして、いつしか、トードウォリアーの声も止み、辺りは静寂に包まれていった。
今のは、なんだったのだろう。先刻の特大ヒルが降ってきたことも含め、「これ以上進むな」というトードウォリアーの警告(あるいは嫌がらせ)だろうか。ならば、「醜くて愚かな」とされるトードウォリアーの知性も、案外、バカにできないかもしれない。
やがて(こんなところにいつまでも止まっていても仕方がないので)、ナスル殿下が再び号令をかけ、舟はよどんだ水の上をすべるように動き出した。




