頭上から降ってきたもの
一夜明け、わたしたちは、さらに先を目指した。耳を澄ましてみても、聞こえてくるのは動物の鳴き声や小鳥のさえずりばかり。昨日の特徴的な「@@@………………」、すなわちトードウォリアーの声はない。ナスル殿下も何事もなかったかのように、例によって、音程を外れた下手な歌を響かせていた。
「あの花は、何? では、あそこを飛ぶ蝶は??」
アンジェラの質問攻撃も相変わらずで、博識のザリーフも、さすがに答えに窮することが多くなってきた。ここまで来ると、リザードマンでも、ほとんど足を踏み入れたことはないらしい。まさに秘境探検ツアー。地形や植生も、ハッドゥの町を出た時とは、かなり違っていて、川の流れは緩やかながら、川幅はかなり細くなってきていた。両岸からは、背の高い広葉樹が川にせり出すように伸びていて、昼間でも太陽の光が届きにくい。
そればかりではなく……
「あぁ~! 痛っ!!」
ヤブ蚊の襲撃は、さらに勢いを増し、プチドラが悲鳴を上げる回数も増えていった。
わたしたちが町を出てから……、だんだんと時間の感覚が麻痺してきたみたいな気がするけど、少なくとも2週間くらいは過ぎていると思う。
このところは、行けども行けども同じような景色が続いている。背の高い広葉樹の薄暗い森の中、よどんだ川の水の上を小舟が進む。今はどの辺りを進んでいるのだろう。わたしにはまったく分からない。ザリーフなら、ある程度、見当がつくだろうと思ったけれど、
「さあ~、どこら辺やろなぁ~。分からんけど、多分、このまま進んで間違いないはずやで。多分な」
ずり落ちそうな大きなメガネを外し、ハンカチで拭きながら言った。楽天的なのか鈍感なのか知らないが、それはさておき、舟を操り、さらに先へ、どんどこどんと進んでいくと、どこからともなく……
@@@……………………… @@@……………………… @@@………………………
何日かぶりに、カエルの鳴き声のようなトードウォリアーの声が聞こえてきた。この前は夕食時だったけど、今回は昼間。わたしたちは、舟を動かすのを止め、船の中で身構えて攻撃に備えた。
しかし、次の瞬間、頭の上から、何やら黒っぽくてブヨブヨしたものがボトボトと、数多く降ってきて……
「きゃー!!!」
アンジェラが悲鳴を上げた。
「何! どうしたの!? ……げっ!!!」
よく見ると、アンジェラの足下には、熱帯特有の特大のヒルがうごめいていた。しかも、悲鳴はアンジェラだけではなく、リザードマン30人の精鋭も、口々に驚いたような大きな声を上げている。無理もなかろう。なんの前触れもなく、川にせり出した広葉樹の枝から、特大ヒルが雨のように降り注いだのだから。




