宮殿にて
次の日、わたしは馬車に揺られ、宮殿に向かった。プチドラは、わたしを見上げ、
「マスター、こんな時に宮殿に出かけていって、大丈夫かな」
「『大丈夫』って、どういう意味?」
「帝国宰相から、今度はどんな無理難題をふっかけられるか知れないよ。それに、ツンドラ候が『変質者として捕まった』という話の前には、『マスターとツンドラ候が駆け落ちした』みたいな噂が流れてたようだし……」
「そうね。でも、大丈夫よ、きっと。根拠はないけど、なんとなく」
わたしは、いつになく楽観ムード。ツンドラ候を連れ出したのはわたしだけど(ただし駆け落ちではない)、帝国宰相にその証拠を握られているわけではない。それに、「幸福とは、他人の不幸を眺めることである」と、ある箴言集に出ている。
程なくして、馬車は宮殿に到着。
わたしはプチドラを抱いて馬車を降り、帝国宰相を捜した。ところが、あちこち歩き回ってみても、なかなか宰相は見つからない。
「いないわね。あの爺さん、どこをほっつき歩いてるのかしら」
「仕方ないよ。帝国宰相も忙しいだろうし、毎度毎度、都合よくいかないと思うよ」
常識的には、確かにそのとおりなんだけどね……
なおも歩き回っていると、やがて、長い廊下の先に、やや肥満気味の3人の人影が見えた。腹を突き出して、いかにも「私はエライ」という調子で、ふんぞり返って歩いてくる。この3人組は、アート公、ウェストゲート公、サムストック公のトリオだっただろうか。以前に一度(だったと思う)、廊下ですれ違ったことがあるけど、わたしでさえうろ覚えなのだから、この3人は(身分としては自分たちよりはるかに格下の)わたしの顔など覚えていないだろう。ただ、挨拶なしですれ違って難癖をつけられてはかなわないので、とりあえず、最敬礼しながら待っていると、
「ほっほっほっ、これで帝国宰相もお終いですな。ゴールデンフロッグなど、現実に存在するわけがない」
機嫌よく話をしながら、近づいてきた。
「いや分かりませんぞ。万が一の場合には、いかがいたしますかな?」
「その時はその時のことですよ。一応、手を出してはならぬことになっているが……」
3人は、ここで話を止めた。廊下の片隅で頭を下げているわたしの姿が目に入ったようだ。あまり他人に聞かれたくない話をしていたのだろう。3人は、ジロリとわたしをにらみつけ、ばつが悪そうに「ゴホン」と咳払いをすると、そそくさと足早に去っていった。
わたしは顔を上げて3人の後ろ姿を見送りながら、
「ゴールデンフロッグって、現実には存在しないのかしら? もしかして、単に伝説上の存在??」
「さあ、どうだろう。残念ながら、ボクにもよく分からないんだ。とにかく、黄金の蛙のことなんだろうけど……」
プチドラにも分からないなんて珍しい。一体、なんなんだか……